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7

 心無しか薬草につけられたハリエットの顔は疲れているが、首についていた黒い痣は薄くなっている。

 幻覚症状が減っているようだ。


「この調子で何日か続ければ、蜃の幻覚症状も消えていくと思う」

「この臭いのを我慢しろと?ナルは相変わらず鬼畜だな」


 イーサン、失礼だから鼻つまむなよ。

 人体に害はないんだから。

 それでも可哀想なので、俺はうちの主力商品でもある消臭剤を渡してあげる。

 冒険者の奴らの中には、風呂に何日も入らない汚物もいる。着ている装備を洗濯をしないアホも。

 鎧などの洗浄は、専門職じゃないと難しいから仕方ないだろうが、魔物の中には匂いに敏感な種類もいるからな。

 そんな不潔な奴らでも、臭いを元から断つような消臭剤を作ったのだ。

 ちなみに、中年夫婦の奥様方にも人気である。

 


「気に入ったら購入してくれ。放っておいても、匂いは一時間ぐらいで消えると思うけど」

「重ね重ねありがとうございます」


 執事が受け取り侍女に渡すと、侍女はやつれたハリエットを連れて部屋へと戻っていった。

 今日は色々あったから、ゆっくりと休んでほしいものだ。

 これで依頼は終わりだ。

 依頼書にサインを貰うと、執事がお金を払ってくれた。

 もしかして伯爵では無く執事長が依頼したんじゃないよな?

 うん、考えないようにしよう。

 俺としては半日の稼ぎとしては十分なぐらいだ。

 薬草も手持ちのものでどうにかなったし。

 まあ心許ないから少し補充はしたいが。


「また何かあったら気軽に依頼してくれ」

「よろしければ、本日はもう遅いのでお泊りになっていったらいかがですか?食事もご用意させていただきます」

「お言葉に甘えさせていただきます」


 え、面倒。

 早く終わったから今から乗り合い馬車に乗れば、着くのは遅くなるが町につく。

 丁重に断ろうとしたら、それよりも先にイーサンが返事をしてしまう。


「俺は帰るぞ。晩餐用の服なんて持ってきてない」


 貴族の食事は色々と面倒なのだ。

 宿の提供はすると言っていたが、空いている使用人の部屋か何かに泊まるぐらいの気持ちだった。

 それに色々と気を遣うから、出来れば帰りたい。

 

「服なんて何でも構いませんよ。私的な食事会ですし。お嬢様を治して頂いた恩人なので、これぐらいはさせてください」

「断ったらお前の方が悪者だな」


 置いていきたい。

 だが、イーサンがまた何かやらかすんじゃないかと思うと心配になる。


「それに、出来ればお嬢様の明日の状態も確認してほしいのです。大丈夫だと言われましても心配なので」


 まあ確かに心配は心配だろう。

 最初に見たハリエットの狂乱具合を見れば、心配だろう。

 それに俺は医者じゃないからな。

 いくら侯爵子息であるイーサンが大丈夫だと言っても、俺はただの平民だしな。

 それぐらいのアフターケアはするべきだろう。


「お言葉に甘えさせていただきます」


 そう返事するしかなかった。



 食事までに、書庫があるなら見たいと伝えると、執事は嫌な顔もせずに手配してくれた。

 さすが元辺境伯。

 書庫の中の本は兵法や武器についての本が多かった。

 興味深くて、また来たいと思ってしまった。

 食事の準備が出来たと執事に呼ばれるまでイーサンと二人で書庫に籠もってしまった。

 イーサンも大人しかった。


「気軽な食事会ですので、作法などは気にしないでください」


 社交辞令で執事は言ってくれるが、絶対嘘だろう。

 一応学園で礼儀の授業を受けていたので、大丈夫だろうが。

 イーサンは貴族だから当然のように受けているが、やはりフルコースは緊張する。

 ハリエットも何故か気合を入れた服に着替えて、イーサンに一生懸命話しかけている。

 イーサンは無視しているが、ハリエットに笑顔が戻ってきて良かった。だが、男を見る目はなさそうだ。

 愛人は大人しく伯爵の隣に座っている。

 こっちは諦めたらしい。

 カオスな状態だが、俺はせっかくなので開き直って堪能する事にした。

 普段食べられない手の込んだ料理が多かった。

 食事も終盤になった所で、バルテ伯爵が思い出したように言う。


「娘を治していただいたのだ。依頼金とは別に何か欲しいものはあるか?」

「……依頼金は貰っているので必要ありません」


 執事が払ったんじゃないかという考えが外れた事で、一瞬答えに詰まったが、丁寧に固辞する。

 借りを作ったりするのは面倒なのだ。

 あの時融通したからと無茶な事を言ってくるのが、貴族という生き物だからだ。


「そうか。そなたは平民の割に欲が無いな」


 身の程は弁えておりますよ。


「ナルの代わりに私から要望があるのですが」


 ふざけんな、面倒な事を言い始めるんじゃねぇよ。


「オルコット子息の頼みでしたら聞かない訳にはいけませんね」


 バルテ伯爵は口調は慇懃だが怯えてるように見えてるぞ。

 トラウマになってるんじゃないか?


「先程チラリと聞きましたが、この砦には魔物を寄せ付けなくなる非常に効果の高い結界があると聞きましたが、それを見させていただいてもいいでしょうか?」


 おい、せっかくスルーしたのに蒸し返すんじゃねえよ。

 それってこの家の軍事機密的なものだろう。


「お前、失礼だぞ」


 小声で嗜める。


「ナルだって気になるだろう?」


 気にはなるが不評をかってまで見たいとは思わない。


「別に見てもらうのは構わんが、今祭壇への道は崩落していて入れない。遺憾な事だが、そのせいで結界が張れず、娘が魔物にとりつかれていたのだろう。今は砦の者を総動員して撤去をしているが、まだ数日かかるだろう」

「オルコット家は魔法に長けているのはご存知でしょう?よろしければ私が取り除きましょうか?」

「有り難い申し出ですが、実は祭壇への道は魔法が使えないのですよ」


 その言葉にイーサンの目が光った。


「それは事実でしょうか?」

「まあ。そのせいで手作業での作業になってしまい、撤去に時間がかかっているのです。地場の問題らしいのですが、昔からそうなのです」

「結界なのに魔法が効かないとは興味深い。ますます行きたくなりました」

「気になるなら行っても構わない。案内の者をつけよう」


 イーサンはウキウキしているが、俺はパスだな。

 せっかくスルーしたんだから知らないままでいたい。


「じゃあ俺は周辺の薬草の採取でもしてるよ」

「お前も気になるだろ?」

「知りたくない」

「いいから来い。何かあっても私の権力で揉み消してやるから安心しろ」


 全く安心出来ない。

 

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