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「終わったか、イーサン」


 ドアを開けると、イーサンは四つん這いになっているブレットの上に座りながら、何故か指にワルドの花を挟んだまま金貨の数を数えていた。

 ワルドの花は主に貴族の女性が好む、茎にトゲがある花だ。色々な色があるが、赤が特に人気がある。何故持っているのかの疑問は、絨毯に散らばったワルドと倒れた花瓶、そして心無しか貴族の割にはボロボロの服を着たブレットの姿ですぐに分かった。

 こいつ、人の家で実力行使したな。

 金貨を数えるのに夢中なのか、イーサンは俺が入った事に気が付いていない。

 椅子にされているブレットは何故かキラキラしたような目で床を見つめている。

 壁際には、イーサンに色目を使っていた伯爵の愛人がへたりこんでいた。

 カオスだ。


「そこをどけっ」


 ドタドタと廊下を走りながら、大量に汗をかいたバルテ伯爵がやってくるのが見えた。

 俺は一歩横に逸れるとバルテ伯爵は部屋に飛び込み床に這いつくばった。


「お、お待たせいたしましたオルコット侯爵子息」


 そう言いながらバルテ伯爵は白金貨を恭しく掲げる。


「遅い」


 イーサンは無造作に受け取り、服の中にある収納バッグにしまった。

 その中にゲロも一緒に入っている事は指摘しなかった。



「なんだナル。お前も終わったのか?」


 ようやく俺に気が付いたのか、イーサンは何事もなかったかのように膝を組み替えた。

 バランスが変わったからか、ブレットが呻くとすかさずイーサンが手に持っていたバラを鞭に変形させ、ブレットのケツを叩いた。


「ほら、しっかり支えろ」

「はい、申し訳ありません」


 従順に返事をするブレットが心無しかが興奮しているようで、はっきり言って気持ちが悪い。

 この短時間で何が起きたのか、絶対に聞くまい。

 俺はこの部屋の状況をマルっと無視する事に決めた。


「まだ終わってない」

「相変わらず仕事が遅いんだな。私の方は今終わった所だ。さっさとこんなカビ臭い場所から帰りたいのだが」


 イーサンが喋る合間に鞭を振るうと、ブレットが喜んでいるような声を上げている。

 バルテ伯爵は後退り、愛人と抱き合い震えている。

 見た時は明らかに愛人とエロ親父って感じだったが、案外お似合いだったようだ。


「イーサン、夢の中で化け物に追いかけられて実体化するって現象聞いた事があるか?どっかで読んだような気もすんだが思い出せなくて」

「夢?心因性のものではなく?」

「なく」


 イーサンは考え込む。


「確か隣国の文献に、そのような症状が伝染病のように感染していったという記録があったたような気がする。クレイ・ハンスの冒険録の七巻だ」

「分かった」


 イーサンが読んだ事があるというのなら、俺も読んだ事があるだろうから、ライブラリーにあるだろう。


「興味が湧いた。私もその患者を見てみたい」

「行くのはいいが、患者が怯えるから椅子は置いていけよ」

「もちろん」


 わざとらしく体重をかけながらイーサンが立ち上がると、ブレットはイーサンを見上げながらモジモジとし始める。

 イーサンは氷のような冷たい目でブレットを見つめながら凄んだ。


「これに懲りたら、金輪際私の手を煩わせるような事はするな」

「は、はい。あの」


 イーサンは無言で四つん這いのままのブレットを蹴り飛ばした。

 バルテ伯爵と愛人は悲鳴を上げたが、蹴られた当人は何故か「ありがとうございますっ」とお礼を言っている。

 次代でバルテ伯爵は貴族で無くなるかもしれないと、不安になる光景だったが、俺には関係ないか。


「おい、ナルさっさとしろ」


 俺はため息をつきながら放心状態の執事をつついて再起動させた。

 自分を取り戻した執事がハリエットの部屋に俺たちを案内し、ノックをすると侍女が出てきた。

 そして、一緒に居るイーサンを見て頬を染める。


「異常はあったか?」

「うなじの部分に見慣れない黒い痣がありました。いつからあったのかは分かりませんが……」

「わかった。部屋に入るけど、イーサンにも診させてもいいか?」

「確認してきます」


 侍女はすぐに部屋に戻ってしまった。

 一応イーサンは身分が高いから、それなりの身支度が必要なのだろう。

 病人に無理をさせるようで申し訳なくなる。


「私を待たせるだなんて傲慢な娘だな」

「イーサン、相手はまだ子供だぞ」


 不機嫌そうにイーサンが言う。

 執事は顔を引きつらせながらも聞いてないフリをしてくれた。

 まさか病人相手にブレットにしてたような事をするんじゃないよな?


「ナルが気を使うだなんて、明日は槍でも振るんじゃないのか?それとも、マックスが言っていたのは本当だったのか?」


 病人や小さい子供に優しくしない程外道ではない。

 マックスとイーサンには優しくする必要がないからしないだけだ。

 はっきり言わないと通じないからな。


「マックスが何か言ってたのか?」

「ナルの好みは学園に通う前ぐらいの少女だと。それを聞いて、学園時代ナルに浮いた話がなかった事に納得した。それに、しつこく花街に誘って悪かったと反省したのだぞ。この私が」


 あまりの妄想に思わず咳き込んでしまう。

 心無しか一緒に外で待っている執事の俺を見る目が鋭くなった気がする。

 つーか、マックスは一体何を言ってるんだ?


「何でも、今は定食屋の娘に惚れてるのだとか。守銭奴のナルが自分で飯を作れるのに通っている店だと聞いている。しかし、言わなくても分かってると思うが、お前のその思いは犯罪だからな。私は友人を兵士に引き渡すだなんて非道を犯したくはない」


 そんな心配は全くもって必要ない。

 つーか、俺だってたまには人の作った飯が食いたくなる時ぐらいあるからな。


「イーサン。マックスの言った事は全て妄想だ。事実じゃない」

「じゃあ何故花街に行かなかったのだ?何か病気じゃないかとマックスと心配したのだぞ」


 誰もみんなお前らのように女の事ばかり考えてる訳じゃないからな。

 それに、俺はやっぱり初めては心の通った相手と……

 ってそんな木っ端恥ずかしい事、二人に言える訳ないだろう。

 絶対馬鹿にしてくるだろ。

 つーか、何で貴族の家で、しかもまだ学園に通う年齢にもなっていない少女の部屋の前で花街の話をしなきゃいけないんだ。


「あの、準備が出来たようですが」


 心無しかドアを開けた侍女の目も冷たいような気がした。

 違うからな。

 

いいね、ブックマークなどありがとうございます。

とても喜んでいます。

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