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訝しげな顔をした執事に連れられて、早速寝込んでいるという娘の診察に向かう。
途中で野太い叫び声のような声と、ドタバタと何かが暴れるような音と、女の悲鳴が聞こえたような気がするが無視をする。
執事も気になったようだが、俺が笑顔で促すと案内を続けてくれる。
中断しない所を見ると、この執事は寝込んでいる娘の事を心配しているのだろう。
きちんとした感性の持ち主が屋敷に居るから、未だに伯爵として踏みとどまっていれるんだろうな。
通された部屋は、カーテンが締め切られて真っ暗な部屋だった。
思わず眉を顰めてしまう。
もう昼の12時は過ぎているというのに真っ暗な部屋に居るだなんて、いくら病人の為だと言っても体に悪いだろう。
イーサンに痛めつけられているであろう伯爵の息子の事は無視する。
絶対飲み歩いて寝ていただけであろう。
「何故部屋を真っ暗にしているのですか?これでは世話をするのも大変でしょう?」
執事は言おうか少し逡巡してから口を開いた。
「……明るくすると、お嬢様が酷く怯えるので」
そんな病、確かに聞いた事ない。
「診察をする為にも明るくしてもいいでしょうか?」
「はい、お願いいたします」
切実そうな響きに本当に心配しているんだという事が分かる。
だが、本職の医者に解決出来ない事が俺に解決出来るだろうか?
まあ、やれるだけやっては見よう。
カーテンを開けると明るい日差しが窓から入ってくる。
明るい場所で見た娘は目に見えてやつれていた。
陽の光が当たった事で娘は目を覚ました。
「……明るい?嫌っ、早くカーテンを閉じて」
全くバルテ伯爵に似ていない可愛らしい娘が起き上がった同時に布団の中へと潜りこんでしまった。
どういう事だ?
と執事に問いかけるが首を振るだけだ。
仕方なく声を掛ける事にする。
「私は君の病気を診る為に来た薬師だ。布団の中に居ては診察が出来ない」
「嫌よ、どうせ貴方も私は怠け病だっていうのでしょう」
怠け病?
「どこも悪くないお嬢様に診察に来た医師が言ったのです」
「違うもん、本当に見えるんだもん。眠っていても起きていても化け物が私を殺そうとしてくるの」
一体どういう事だ?
病気と何かが襲ってくるっていうのは全く話が違うぞ。
「警備体制は万全で、お嬢様の部屋に何者かが侵入したような形跡はありません。なのでお医者様も、判断出来なかったようです」
とりあえず布団にくるまったままでは診察も何も出来たもんじゃない。
俺は無理やり布団を剥ぎ取る。
中に居た少女は緑色の大きな目から涙をハラハラと落としていて、良心が少し痛んだ。
「なんでとるのよ?」
「化け物は明るくなったらすぐ来るのか?」
いきなりの問いかけに娘はポカンとしたような顔をする。
「ううん、いつも突然でいつ来るかは分からないの。暗いと来ないから」
「分かった。化け物が来たら俺達が対処してやる」
「本当?」
「本当だ」
怯える少女に俺は即答する。
もちおん俺の力では中型の魔物を倒すので精一杯だろう。
だけど、ここには力だけはある奴らがいる。
城の魔術師を首になったといってもイーサンは上級魔法まで使えるから、大抵の魔物は殺せる。
それに、近くには首になったが騎士団に入っていたマックスも居る。
「それに、元々ここには化け物を倒せるぐらいの戦力もあるだろう?」
執事に問いかけると、もちろんというように頷かれる。
「当然です。寂れたといってもバルテの騎士団は国一番を誇っています。お嬢様の怖がるものは全て排除致します」
「……分かったわ」
執事の心強い言葉に少女はやっと落ち着いたのか、素直に座る。
勢いに任せて敬語を外してしまっていたが、もう取り繕うも面倒だからいいか。
執事も何も言ってもないし。
「そういえば君の名前は?俺はナル。ダックウィードで薬屋をしている」
「私は、ハリエットっていいます」
「わかったハリエット。少し触れるからな」
俺はハリエットと執事に許可をとってから慎重に体へと触れる。
脈をとると少し弱いが、まあ許容範囲だろう。
ブカブカの寝巻きの下はやせ細っていて、これが通常なのかどうなのかも分からないが、範囲内ではある。
見た目的な異常は何もない。
健康といえば健康だ。
目の下くっきりと黒いクマが浮き出ている事意外には。
寝ていたという割には異常だ。
心身的な何かなのか?
だとしたら薬では治らない。
「つい最近、どこかで魔物に襲われたなどはあったか?」
ハリエットは首を振る。
執事も肯定するかのように補足する。
「お嬢様は外にはあまり出ません。出るとしても森には行きません。第一、護衛が何人もつきますので危険な事はありません」
だとすると原因は何だ?
「やっぱり貴方も私を嘘つきだと思う?」
嘘をついているようには全く見えない。
「その、化け物はいつから出るようになったんだ?」
「二週間ぐらい前からかな。最初は夢の中に現れるようになったの」
「夢?」
「うん。とても恐ろしい姿で私の事を襲ってくるから、必死になって逃げたわ。逃げてる内に疲れ果てると朝になってたわ。寝る度に出てくるから怖くて怖くて。でもどうしても起きてられなくて眠っちゃうの。その度に追いかけられて。一週間前くらいから明るくても現れるようになって、本当に怖いの」
「そうか、分かった」
さすがに服の下を捲るのは躊躇うから侍女を呼んでもらって服の下に発疹などが無いかを確認してもらう。
その間に夢に関する病をライブラリーで探してみる。
もちろん、廊下でだ。
ライブラリーを探している時の顔は正直みられたくない。
病気関連の本はかなりの数を読んでいる筈だが、ハリエットに当てはまる症状は見つからない。
合っても心因性のものばかりだ。
もしハリエットが今まで誰もかかった事のない新しい症状だとしたらお手上げだ。
残念ながら俺は一介の薬師で、病気を診る事は本職ではない。
可哀想だが他の医者を呼ぶしか無い。
でも同じような症状をどこかで読んだ事がある気がするけど見つけられない。
本当に不便だな、俺の能力は。
あんな姿を見てしまったら、頼りたくないけど頼るしかないな。
俺が変な顔をしていたにも関わらず何も言わず、一緒に廊下で待っていてくれた執事に声を掛ける。
「すみません、ブレット様の部屋ってどこですか?」