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来店して2時間。
マックスは浮かれすぎたのか寝てしまっている。
金がかからなくていい事だ。
「ねえ、そろそろ追加で頼んだら?」
アディラに呆れたように言われるのも、もう5回以上だが無視する。
俺はチョビチョビと最初に来たドリンクを飲んでいるが、そろそろ限界が近づいている。
もしや今日は来ないつもりなのか?
連日通う訳にも行かないぞ。
今後の事を考えて絶望した時、誰かが入ってきた音がした。
白い汚れそうなローブで顔を隠した誰かが黒服に言われてフードをとると、下から出てきたのは、まさに俺の顔だった。
俺の顔をした奴は黒服に何かを言うと、黒服はすぐに女の子を呼びに言った。
随分と手慣れている。
でも、来てくれて良かった。
危うくマックスに酒を呑ませただけで終わる所だった。
「ナルが二人?」
アディラも驚いたように俺と謎の男を交互に見ている。
「ナル、会いたかったわ」
ココメロのように巨大な胸をもった女が俺の顔をした奴に抱きつく。
「私に気軽に触るな。さっさと席に案内しろ」
「はーい、飲む前は本当に怖いわね」
二人は親しそうだ。
「あの二人を俺達の後ろの席に出来るか?会話を聞きたい」
「わかったわ」
小声でアディラに言うと、アディラがすっと立ち黒服の代りに先導してくれるようだ。
俺の横を通り過ぎる時、ソファーの後ろ顔が見えないように隠れる。
間近で見た感じ背丈も体格も俺と変わらない。
俺の顔をした奴を席に着かせると、入れ替わるように黒服がテーブルに近づき跪いた。
俺と同じ顔の男は偉そうに黒服に酒を注文している。
告げた銘柄はメニューの下の方にある奴だ。
「昨日と同じだわ」
戻ってきたアディラが俺の隣に座って、同じようにこっそりと後ろを伺う。
げ、連日あんな物を飲んでるのか。
しかもココメロ女にも同じものを頼んでいる。
そして二人は慣れたように乾杯して、豪快に酒を飲み干し追加で頼んでいる。
そして、おもむろに俺と同じ顔をした奴はカーラの胸に顔を埋めた。
「カーラちゃーん、疲れたよ」
「相変わらず酔うの早いわね、ナルさん」
「うん、ここのお酒おいしいから」
手慣れたようにカーラは受け入れている。
あまりの暴挙に俺は空いた口が塞がらなかった。
「昨日と同じだわ」
「俺、あれだと思われてたのか?」
俺が言うとアディラはすっと目を反らした。
ふざけるな。
「カーラは優しいね。お前がこのまま従順だったら私の愛妾にしてやってもいいぞ」
「やだー、ナルったらいつもの冗談?」
「冗談じゃないよ。天才的な私の研究が認められればこの店自体だって買ってやれるんだからな」
「はいはい、期待してるわよ」
男は不満そうに口を尖らせているけど、胸から口を離さない。
女は苦笑している。
いつまでもこのイチャイチャを見ているのも腹立たしい。
寝ているマックスを小声で起こす事にする。
「おい、マックス、起きろ」
「うが、もう朝か?」
「寝ぼけてるならこれ飲むか?」
俺は袋から取り出した液体をグラスに注ぐと、マックスは疑う事もなく一気に飲み干した。
「うげげげー」
店内中に響き渡る奇声に周りの目が集まるから、慌てて口を塞ぐ。
アディラが立ち上がり周りの客にすかさず謝っている。
「静かにしろよ、後ろに気づかれるだろ」
「なんだよ、これ。何呑ませたんだよ。口の中すっげえ酸っぱいぞ」
オリジナルの気付け薬バージョン3。
従来のものより酸っぱさを7倍以上増している通常だったら使えないものだが、使う機会があって良かった。
アディラが水差しの水を注ぐと、洗い流すかのようにマックスは何杯も呑んだ。
俺は後ろの様子を伺うと、驚いたようだがもう自分たちの世界に戻っていた。
良かった、気づかれるかと思った。
「うわ、まじでナルじゃんか」
マックスもこっそり後ろを伺って驚いたようだ。
「じゃあさっさと取り押さえてくれ」
ここは居るだけで金がかかるからな。
「まあ待て。少しあの偽物が何を話すか聞いてみようぜ」
確かに俺も気になる。
アディラでさえも勘違いするくらいだ。
俺の顔で何をしているのかも気になるしな。
偽物の男はどうやらカーラを口説き始めているようだ。
しかしカーラは気分ではないのかやんわりと断っている。
「あの子は体を売らないからね。それに引っ張るだけ引っ張って絞りとった方がいいと思ってるんでしょ」
女って怖いな。
俺は絶対行かない。
「でも、なんかマズくないか?」
マックスの言葉を裏付けるように苛立ってきたのか、男の口調が荒くなってくる。
「この愚民の癖に。私の命令に逆らうとでもいうのか。優秀な遺伝子が貰えるだけ有り難く思えよ」
そのフレーズに聞き覚えが物凄くあった。
「ちょっと行き過ぎね」
アディラが不快そうに眉を潜めるが同感だ。
「ああ、今止めてやる」
俺は収納袋に手をかけ、迷わずストックしてある液体を手に取る。そして、ソファの後ろからそいつの頭に向かって液体をかけた。
「うわ、何だ何だ」
変化はすぐに訪れた。
びしょ濡れになった赤い髪の下から、そいつ本来の色である銀髪へと色が変わっていく。
そして、瞳も顔も見慣れたものに変わっていく。
「よお、イーサン。俺の顔で一体何やってんだよ」
「ナ、ナル、何でここに?」
「何でだろうな?」
俺を見たイーサンが指で魔法陣を描こうとするが、酔っているのか上手く発動出来ないようだ。
「マックス抑えろ」
混乱しているマックスに指示を出すと、考えるよりも前にあっさりとマックスが抑える。
「とりあえず、俺の顔でデタラメな事を言ってた分、マックスに殴らせるか」
「やめろ、マックスの馬鹿力でなんか殴ったら私の端正な顔が歪むだろ」
「知るか」
「おお、イーサンだったのか。久しぶりだな。お前もこの町に来てたのか」
「今それ所じゃないだろ?マックス、お前も私が逃げるのに手を貸せ」
「えー、何でだよ」