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「うひょー、最高」
マックスの楽しそうな声が霞む程店内は賑わっている。
俺は受付を済まして後をついていく。
今日中に俺とそっくりな奴を捕まえて明日はゆっくり寝るのだ。
その為に栄養剤を二本飲んできた。
そうでもなきゃ寝そうだ。
夜なのに煌々と明るい店内は、貴族の旧宅を改装したという噂だ。
一般の家庭よりも随分と高い場所にある天井には高そうなガラスで出来たシャンデリアが高級感を出している。
入ってすぐの玄関であった場所受付にされ、一歩足を踏み入れるとホールなる。
ソファーと椅子が置かれてボックスのような席になっていて、座ると隣の席に誰が居るか分からないような仕様になっている。
端には酒や料理を出すカウンターになっていて上手い具合に導線が確保されている。
一際目立つ中央に置かれた階段の向こうの2階には、男達にとってお楽しみの場所が用意されている。
実際は商談の為の個室と女達の住む場所が大半だという事は知られている人は少ないだろう。
俺は屈強な受付に料金を二人分払う。
この店は最初の席料は前払いでも金を取られる。
そして、一杯分の飲み物の料金もここに含まれる。
あとは時間経過の後払いになる。
本気の高級飲み屋なのだ。
本当はマックスの分を払うのは癪だが、もし俺のフリをしている奴が逃げ出した時に捕まえる為にも人手はある方がいい。
無駄な出費ではない。
必要な経費である。
「あまりはしゃぐなよ」
「だってナル。王都でもこのレベルの飲み屋はほとんど無いんだぜ?」
すれ違いざまに女達が俺達を見てクスクスと笑う。
鼻の下を伸ばしたマックスが小さく手を振っている。
馬鹿かよ。
「やっぱり今日も来たのね、ナル。いつもの子指名する?」
昼間と違い露出の激しいワンピースだか布だかを巻き付け、髪を高く結い上げたアディラが笑顔でやってくるが即否定する。
「いや、お前でいい」
「私は高いわよ」
「じゃあ誰でもいい」
「俺、俺はノリのいい子」
マックスが元気に言うと、アディラはクスクスと笑った。
「元気な方ね。貴方は初めて見る顔よね?ナルのお友達?」
「はい」
「違う」
「ナル、俺達友達だろ?」
暑苦しいからくっついてくるな。
「フフ、席に案内するわ」
薬の受け渡しをする時はいつも昼間だから夜にこの店内に入るのは初めてだが、床に使っている素材が高すぎて傷がつきそうで恐ろしいぐらいだ。
価値が分からない奴は能天気でいいな。
この家を作った貴族も、まさかこんな利用をされるとは思っていなかっただろうな。
シビルが元貴族の愛人だったという噂は本当だったのかもしれない。
席で待っていると、すぐに黒い服を着た奴が最初の一杯を持ってくる。
限界まで薄くした酒。
それでも高級店らしく、使っている物はいいものだ。
物足りなくさせて、追加で頼ませようというシビルのちゃっかりした顔が思い浮かぶ。
「はーい、連れてきたわよ」
アディラと後ろに髪を2つにくくった女がやってきた。
「キャシーです、よろしくね」
元気に自己紹介をしたキャシーはマックスの隣に座った。
肩が触れそうな程近い距離に、マックスはそれだけでテンションが上がったようだ。
アディラは俺の隣に座った。
「私達も何か頼んでいいかしら?」
「一番上のヤツな」
迷わずこの店の最低料金の酒を頼む。
女たちの酒の料金は俺が払わなければならない。
「えーー、私こっちがいいな」
出た、最初のおねだり。
この女も初めて見た顔だがシビルに良く躾られているようだ。
「ナル、キャシーがこっちがいいって」
「じゃあマックスが払ってやれよ。俺は払わん」
キャシーが指さした酒の値段を小声で教えてやると、マックスは震えてから「オレと同じ酒を飲んで欲しい」と断った。
キャシーは断った事に気を悪くした様子も見せずに、黒服に注文すると、すぐに持ってきてくれた。
そして乾杯する。
うん、うまい。
久しぶりに高い酒を呑んで気分が僅かに高揚する。
これぐらいじゃ酔わないが、セーブしておく。
マックスは一息に呑んでしまい悲しそうな顔をしているが無視する。
キャシーが胸を押し付けると、一気に気分が浮上したようで財布の中身と相談し始めた。
絞り取られるなよ。
「全く、そんなに不味そうにのまないでよ」
「原価と料金について考えてたら、呑めないだろ」
「昨日と全く違うわね」
アディラが呆れたように言う。
「昨日も来てたのか?」
「今日で連続4日目よ。私を指名してくれないのには腹が立つわよ」
「俺じゃない」
「嘘でしょ、ナルだったわよ」
「違う。俺は三日間薬を作ってたから外になんて出る暇なかった」
「確かに、いつもの貴方とはちょっと性格が違うかなって思っていたわ。私の事を知らないフリしてるし。でも、ナルはお酒飲むと変わるのかと思ってたわ」
客商売のアディラが間違う程そっくりって本当に誰なんだ、そいつ?
「そんなに昨日の俺は羽振りが良かったのか?」
「そうね。これぐらい使ったわ」
耳元で告げられた言葉は薬屋の三ヶ月分の収入だった。
驚かないと思ったのに驚いてしまった。
「嘘だろ」
「本当よ。薬屋潰れちゃうんじゃないかと心配になっちゃったわよ。初日は気前よく払っていたけど、この2日はツケで呑んでるから心配だわ」
もしそいつがバックレでもしたら、俺だと思われていたら全て俺が払わなくてはならなくなる。
俺は溶けていく氷を睨みながら落ちそうな瞼を無理やりこじ開けて、ひたすら待つ事にした。
明日は12時と21時の2回更新になります。