2
簡単に食えるものを買い込んだ俺は、この前加工出来るようにしておいた薬草を火にかけ直す。
しくじった。
いつもはこんなヘマしないのに。
マックスが来てバタバタしていたから、月末の納品日の事をすっかり忘れていた。
薬草が温まる前に買ってきたパンを大量に切って、別のでかい鍋に湯を沸かす。
時々薬草の入った鍋をかき混ぜながら、大量の野菜と肉を適当に切って鍋にぶち込む。
そして、パンにハムとチーズを挟んだものを作っていく。
今の段階では煮ているだけだが、この後飯を作るヒマもなくなるだろうから、あらかじめ大量に作っておく作戦だ。
いつもは暇な俺の薬屋にも、修羅場は月に2回程ある。
月の半ばにあるギルドへの納品と、月末納品を契約している店への大量納品の時だ。
いつもは余裕を持って少しずつ作って置く。
収入の大半はこの2件の注文だから打ち切られてしまうと、流行っていないこの店の経営に大打撃を与える。だから、絶対に落としてはいけない。
毎月決まった本数を必ず買い取ってくれるから、普段冷やかしばかりのこの店の経営だって成り立つのだ。
そもそも「夜明けの烏亭」を雇ってダンジョンに潜ったのだって、月末に納品する薬の素材が足りなかったからだ。
数日分の食料のストックを作ったら、午後の開店の三の鐘がなってしまっていた。
火を弱めて、外出中と書いてある札を外して、カウンターに引きこもる。
客から見えない所でストックしておいた別の薬草を、作業用の手袋をはめたままナイフで細かく切り刻む。
成分が逃げないように粘りが出る程細かく切り刻むのはただの作業だが、骨が折れる。
とにかく時間がかかる。
もっと効率の良い薬草もあるにはあるのだが、そうすると原価がかかって利益が少なくなってしまう。
そんな無駄は断じて許されない。
一枚ごとに切り刻み終わると別の入れ物に入れ、席を立ち、鍋の確認をしながら素早くかき混ぜる。
そして、切り刻む作業に戻る。
その間も依頼の終わった冒険者達が店の中に入ってくる。
入ってきた冒険者に目を光らせながらも、作業を中断させない。
時々手癖の悪いやつが店の商品を盗もうとする。
現行犯で捕まえないとしらばっくれられるから、目を離す事は出来ない。
それでも盗んでいく奴はたまに居る。
冒険者っていうのは、なんて嫌な生き物なんだろう。
金が無いから盗もうだなんて思考が、犯罪者としか思えない。
金が無いなら冒険者なんてするな、マジで。
二年で学んだ俺は、決して需要の高いポーション類は棚に置かないようにしている。
冒険者がズカズカとカウンターへとやってくるから、手袋を外してナイフを置く。
「なあ、ポーションって少し安くならないか?」
は?
時間が無いっていうのに値切って来るんじゃねぇよ。
本当に学習しない生き物だな。
「なりません」
短いつもの事だから、短く答える。
「いつもここで買ってるだろ」
「なりません」
ああ、時間が足りないっていうのに同じ事を言わせるんじゃねえよ。
「ちっ、本当に使えねぇな。とりあえず3本くれよ」
「ありがとうございます」
俺はさっさと棚からポーション3本をカウンターの上に置く。
冒険者は叩きつけるように、値札通りの料金を払って去っていった。
結局買うのかよ。
金額を確かめてから引き渡す。
次の作業をしようとしたら、別の冒険者が話しかけてくる。
こっちはさっきの奴よりかは幾分丁寧に話しかけてくる。
「上級麻痺ポーションはあります?」
俺は即答する。
「棚にあるのが全部です」
「え、頼めば作ってくれるって先輩が。材料はあるんですよ。明日ダンジョンの27階に行くのに、どうしても必要なんです」
知るか。
「棚にあるのが全部です」
中級以上の特殊ポーションは素材が特殊な為、依頼を受けてから作成しているので、予備は無い事になっている。
今は個別の依頼なんか受けていられない。
時間に余裕のある時だったらいいが。
俺のいつも以上に冷たい対応に冒険者は「ギルドに訴えてやる」と本性を出しながら出ていった。
ギルドは町のポーションの品揃えにまで文句をつける権利はないから、無駄だと知っている。
文句があるならギルドで買え。
特殊なポーションは少量ならギルドにも置いてある。
いつ何が起こるか分からないからだ。
ただし上級が頭につくとなると、ギルドもわざわざ王都から輸入しているから、俺が作るより2倍ぐらい高くなるが、本当に必要なら出せるだろう。
出せないなら身の丈に合ってないっていう事で諦めればいい話だ。
ダンジョンは逃げないのだから。
ま、冒険者の生死など俺が気にするだけ無駄な事だ。
あいつらはクカラッチャという黒くてピカピカした汚い場所の好きな魔物並にしぶとい上に、すぐに繁殖するからな。
こんなくだらない言い合いに時間を使うのは無駄だ。
嫌なら来なければいいのに、あいつらは今日言った事など忘れて明日にはまた同じ事を言う。
本当に冒険者って記憶能力のない生き物だな。
その後も冷やかしやら普通に必要なものを買いに来た真っ当な客を相手にしていると、時間は瞬く間に過ぎていった。
七の鐘がなると同時に店を閉める。
減った棚の薬を確認して、帳簿につけながら作っておいたサンドイッチをかじる。
店の締めが終わって作業に戻ろうとすると、ドアが叩かれる。
俺は用意しておいたバスケットを持ってドアを開ける。
予想通りマックスが居た。
「ナル、腹減った。今日の飯はなんだ?ちゃんと手土産もあるぞ」
「忙しいから今日は帰れ」
「何でだよ、入れろよ」
「帰れ」
有無を言わさずバスケットを押し付ける。
マックスは俺とバスケットの中身を交互に見たあと「分かった」と素直に頷いた。
いつもこれぐらい空気を読んでくれれば楽なのに。
「朝も来るなよ。俺は忙しい」
「は?なんで」
「土産もいらんから持って帰れ」
全部聞く前にドアを閉める。
チラッと見えたが、また解体の面倒そうな魔物がマックスの足元に居た。
ギルドでやってもらえ。
とりあえず食い物が手に入ったからか、マックスはドアを破壊する事もなく食い下がってくれた。
今度から相手するのは面倒だからこの手を使おう。
俺はその後も釜に向かいながら作業を続けた。