ドッペルゲンガーよりも恐ろしいもの1
ここ何日かで使った無駄な時間の多さに、思わず頭を抱えたくなる。
味をしめたマックスは朝だけでなく、夜もいきなり飯を食いにやってきたりする。
せめて何か持って来いと言ったら、解体前の魔物を手土産に持ってくるようになった。
おかげでタンパク源と魔物素材は増えた。
冒険者を軸に活動していない俺は、頻繁にダンジョンに潜れないから、助かると言えば助かる。
今のところトータルではマイナスだが、手に入れた素材を加工して売れば、そこまででもない事に、追い出す口実がなくなって、悩ましい所だ。
だけどな、せめて解体してから持って来いよ。
丸のまま持ってこられると、解体に時間がかかるだろ。
何でも自分で解体すると上手くいかないという。
むしろギルドでは解体しないで持って来いと言われるらしい。
不器用だとは思っていたが、どれだけ出来ないんだよ。
マックスは一人だったりその時々でどこかの冒険者に混じってダンジョンに潜ったり、討伐依頼に出ている。
今日はどこに言っただとか、一緒に依頼に行ったチームと呑みに行くだなんて毎日楽しそうに話すのを、俺は黙って聞いている。
というか、後から来たくせに既に俺よりもこの町に馴染んでないか?
嫉妬なんかしていない。
俺の本業は冒険者ではなく薬屋だからだ。
今日も朝に来て、良い依頼が無ければダンジョンに潜ると言っていた。
どこまで潜れるか挑戦するのにハマっているとの事だ。
もちろん後片付けなどしないで出て行った。
もう探しつくされたこの町のダンジョンは、最下層までの攻略マップまで出ていて、どの層にはどんなモンスターが居るとかも分かり切っている。
宝箱も取り尽くされていて目新しい物は無いが、その分安全性は高い。
この町が初心者向けと言われている由来でもある。
もちろん、この町の住人はみんなダンジョンマップを持っている。無料で配布していたらしい。
この店にも先代の爺さんが買っておいてくれているので、本に装丁してライブラリーに収納している。
つまり、そんなマップを買うのは新人冒険者だけだという事だ。
俺が思い出しながら普段の倍以上のパンを買い占めていると、店番をやっているトビーが軽口を叩いてきた。
「引きこもりのくせにこんなに食ったら太るぞ」
「大丈夫だ、俺だけが食う訳じゃない」
トビーはそばかすだらけの顔で驚く。
「まさか、ナル彼女でも出来たのか?」
トビーは年下の癖に俺を呼び捨てで呼ぶ、クソ生意気なパン屋の息子だ。
ココと同じ年で、生まれた時からダックウィードに住んでいる。
「違う」
「だよな、良かった。ナルなんかに彼女出来る訳ないもんな」
あからさまにホッとしたような顔をされてムカつく。
憎まれ口を叩くトビーが、実はココの事が好きなのは知っている。
だが、この年頃に良くある事なのかトビーはココと会うと意地悪ばかりしてしまうから、恋の進展は全くない。
ココはトビーのようなヒョロヒョロではなく、冒険者のような逞しい男が好きみたいだし、その上意地悪ばかりしているものだから、嫌われてると言ってもいいぐらいだ。
そもそも、あの過保護な親父を打ち倒せないとココは手に入らない。
順調にこじらせているから憎まれ口ぐらい、大人として甘んじて受けてやっている。
「なんだよ、その顔」
「別に何でもない。それより早く会計しろよ」
「はいはい」
憎まれ口を叩きながらも、毎日のように店の手伝いをしているトビーが、パンを紙に包んでくれる。
「というか、店の奥が静かだが、今日は親は居ないのか?」
「月に一度の会合に行ってるんだよ。だから今は一人。親父に用なら、3の鐘には帰ってくるよ」
そういえばトビーの親は、今年の町の商店の代表だったな。
持ち回りで回ってくるらしい。
代表に選ばれると領主の館で、ギルドの代表やらと毎月の報告をしなければならない義務があると聞いた事がある。
そこで様々な事が決められるという。
余所者である俺が代表になる事は当分無い。
って違う。
今引っかかったのはそこではない。
カウンターの後ろにかかっているカレンダーに、ご丁寧に赤く丸印がついている。
「ヤバい、月末じゃんか!」
「あ、ああ。そうだな。そう言ってるじゃないか。目まで悪くなったのか?」
こんな所で話してる場合じゃない。
言葉とは裏腹に、丁寧に包んでくれた大量のパンの袋抱え、慌てて買い出しへと走った。