彼女の世界 8 ・ 彼の世界 8
<彼女の世界 8>
ホントはもっと色んなことを言おうと思っていた
ホントはもっと伝えたいことがたくさんあった
だけど これ以上の言葉は言えない
もう躊躇わないって 決めてたから
これで本当に最後にするって
「ごめん」と
「ありがとう」
そして「好き」って
これだけはちゃんと伝えたかったから
ちゃんと伝えられたから
これ以上余計なことを言うと 決意が崩れちゃう
もう君に迷惑はかけたくない
私にはこの世界は 君は 眩しすぎるから
だから さよなら
どうか貴方は幸せになって
<彼の世界 8>
「あのね… 貴方のこと 好きだったよ」
君のその一言に 不意に僕の硬直が解ける
「やめろ…っ!」
声を上げ 駆け寄り 手を伸ばす
だけど それは すべて一瞬遅かった
僕の手は空を切り 足は崖の寸前で止まった
その勢いで滑り落ちた砂利が カラカラと音を立て落下していく
その光景に思わず身震いをし 力なくその場に座り込んだ
下を覗き込む勇気など 何処にも無かった
ただ 寄せては返す波の音が響いている
正面では 眩しいほど美しい夕日が海へ沈んで 一面の青は 刻一刻と紅に染まっていく
一度だけ 繰り返す波の音の中に 何かが落ちた音がした
その音が意味することなど 分かりたくも無かった
最後の最後まで 何も言えなかった
その瞬間が訪れるまで 動くことすら 出来なかった
ただ 君を 君の決断を 見ていただけ
予感はあった 分かっていた
なのに 僕は どうすることも出来なかった
後になって気付いた
テレビ台に置かれた帰りの切符が 一人分しか 用意されていなかったことに
もしこれにあの時気付いていたら
君の結末は 変わっていたのだろうか
一人きりの 暗い室内を照らす月明かりだけが 妙に明るかった
君の 最期の笑顔が コマ送りのように 僕の脳裏に焼き付いた
永遠に 消えることはないだろう