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さよなら、ライトノベル  作者: Han Lu
第三章
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鳥たちの道を往く その5

「それってつまり」フィフィが口を開いた。「明日から一週間以内のどこかのタイミングで、ライトノベルが転移することが可能な状態になるってことなのか」

「そうです」リーリンがうなずく。

「それは、いつ、どうやってわかるんだ」

「たぶん、そのときが来たら、私にもわかると思います」

 そういって、ライトノベルが立ち上がった。

「道が開く状態になったときに、私が鳥たちの道を作って、新しい世界に渡っていくことになると思います」

「あの」ほたるが、恐る恐るといった感じでみんなを見渡した。「その新しい世界って、どういうところなんですか」

 誰もその質問に答えられなかった。

「わかりません」リーリンが沈黙を破った。「そこがどんな世界なのか、その世界の住人がどんな姿をしているのかさえ。まだできたばかりの世界ですから、混沌としているかもしれません。そしておそらく、まだ物語さえ生まれていないでしょう」

 ほたるが側に立っているライトノベルの手を握った。

「そんな……そんなよくわからない世界に、ベルちゃんは行くっていうんですか?」

「大丈夫ですよ、ほたるさん」

「だって。ベルちゃん、今のその姿で向こうの世界に行くんだよね」

「はい。これはウキョウさんからもらった大事な姿ですから」

「もしかしたら、ベルちゃんのその姿は、向こうの世界では異質かもしれないじゃない。それこそ、異形のものとして攻撃されたり、排除されたりするかもしれないじゃない」

「でも、私の中には物語がありますから。たくさんの物語の中には、ええと……」

 ライトノベルは言葉が出てこないらしく、顔を真っ赤にして、えい、えい、と何かを押さえつけるようなジェスチャーをしている。

「ウキョウさん、こういうの、なんていうんでしたっけ。ナントカ圧力」

 日本語で俺に助けを求めるライトノベルに、俺は答えた。

「同調圧力か。peer pressureだな」

「そう、それです!」ライトノベルがぴょん、と飛び跳ねた。

「私の物語の中には、周りの空気や、同調圧力のような見えない力と戦うお話もありました。向こうの世界でそのお話がそのまま通じるとは思いませんけど、私の中にある物語の力は、たぶんどんな世界でも通用すると思います」

 ライトノベルは、ほたるの方を振り返って、その手を握り返した。

「だからほたるさん、心配しないでください」

 リビングに、再び沈黙が訪れた。

「あの。みなさんにお願いがあります」

 ライトノベルがテーブルに座る俺やダオたちを見渡して、いった。

「私に、物語を聞かせてください」


 みんなにコーヒーを注いで回っている平沢教授を見て、慌ててリエンが立ち上がった。

「センセイ、座っててください。私がやります」

「いやいや。コーヒーには自信があるんだ。だから気にしないで」平沢教授は、リエンに座るよう促した。「ポートランドで、リックとさんざんサードウェーブのお店を飲み歩いたからね。それに、君たちには大事な役目があるじゃないか」

「わかりました。ありがとうございます」

「よーし。じゃあ、俺からいこう」ダオが腕まくりをした。「タイに古くから伝わるお話だ。むかしむかし、ある森の近くに怖がりのお百姓が住んでいた――」

 こうして俺たちは、かわるがわる、自分たちの知っている物語をライトノベルに話して聞かせた。

 本が消えてしまっている今となっては、確実に記憶に残っている物語というと、どうしても子供の頃に読んだり、聞いたりした昔話が中心となった。

「こんなことなら、思い出せる限りのお話をちゃんと書きだしておくんだった」

 最初の話を語り終えたダオがいった。

「いいんです」ライトノベルが首を振った。「みなさんの記憶に残っているもので十分です。そうやってちゃんと皆さんの心の中に深く根を下ろしているようなお話が聞きたいのです」

 物語の記憶を保持している俺、ダオ、フィフィ、リエンの四人は、覚えている限りの物語――主に昔話を、順番に語っていった。

 不思議なことに、国が違っても似たような話がたくさんあった。どんな話も、ライトノベルは真剣に耳を傾けていた。

 途中、夕食をはさみ――アイノさんお手製の料理は、シンプルだけどどれもおいしかった。日本人にはなじみの薄いベリーやコケモモを使ったソースも意外と肉に合うことがわかった。サーモンやニシンには、ディルやほかのハーブがたっぷりと使われていて、さっぱりとして食べやすかった。ライ麦パンと一緒にいくらでも食べられそうだった。

 食後のコーヒーを飲みながら、再び語り合いが再開した。ひとつのお話を語り終えると、みんなで感想をいい合ったりもした。いつしか夜は更けていき、やがてリビングに置かれたソファや、アイノさんが床に敷いた毛布の上で、眠くなった者から順番に横になっていった。

 眠そうな目を擦りながら頑張っていたライトノベルも、日付が変わる頃には、ほたるの肩に頭を預けて、完全に眠りに落ちてしまった。


 遠くの方で、バサッと木から雪が落ちる音がして、目が覚めた。

 時計は朝の八時を指している。

 外はまだ暗い。

 日の出まであと一時間半もある。

 すぐ隣から、ライトノベルのすぴーすぴーという聞きなれた寝息が聞こえてくる。

 俺はそっと起き出して、窓際に置かれてある木の椅子に腰かけた。

 窓の外の雪に覆われた木々の姿を眺めた。

 どのくらいぼーっと外を見ていたのか、ふと人の気配がして振り返ると、ほたるが俺の肩に毛布を掛けてくれた。ほたるは台所から小さな三脚のスツールを持ってきて、俺の向かいに腰かけた。ほたるも大きな毛布にくるまっている。

「窓の側はちょっと寒いね」

「でも、家の中はほんとに暖かいな」

「そうだね」

 しばらく無言で外を眺めていたほたるが、おもむろに口を開いた。

「ねえ。私、メサちゃんの――ベルちゃんのことを忘れたりしないよね」

「大丈夫」俺はうなずいた。「もうこの世界は大丈夫だよ」

「うん。京ちゃんがそういうなら大丈夫だね」

 俺はほたるの方を見た。

「だって京ちゃん、私の涙を飲み干してくれるんでしょ」

「ほたる、お前……覚えてるのか、俺が作った詩のこと」

「ちゃんとは覚えてない。でも、なんとなく残ってる」ほたるは自分の胸を指さした。「この辺に、なんとなく」

「そっか」俺はうなずいて、また窓の外を見た。「なあ、ほたる」

「ん?」

「俺はこれから何を書くべきなんだろうな」

「京ちゃんの書きたいものを書けばいいよ。前はあんなこといっちゃったけど。もしかしたら私はそれを気に入らないかもしれないよ。でもいいじゃん。それで京ちゃんのことを嫌いになったりなんかしないから」

「わかった」

 いつのまにか外がうっすらと明るくなりかけていた。

 空が青く染まっていく。

 日本の空にはない、インクのような濃い青さだ。

「ウキョウさん」

 振り返ると、ライトノベルが立っていた。 

「今日、道が開きます」

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