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さよなら、ライトノベル  作者: Han Lu
第三章
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エルフ、帰還する その3

 明るい陽射しが差し込むリビングで、俺はソファの上に寝転がり、うとうととまどろんでいた。

 メサの鼻歌が聞こえてくる。

 ふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふんふーんふふん。

 そこに、ジャンジャンジャンジャン、と何かを炒める音がかぶさり、何ともいえないうまそうな匂いが漂ってくる。玉ねぎとセロリとピーマンを炒める匂い。ジャンバラヤだな。

 やがて鍋に蓋がされ、すばらくすると、ぐつぐつと煮込む音に変わった。

 そろそろ頃合いだろう。俺はむっくりと起きだすと、ダイニングキッチンに向かう。

「あ。ウキョウさん、おはようございます」

 テーブルについて、スプーンを握りしめているメサは、既に食べる準備万端だ。

「ご機嫌だな」

「はい。歌はいいですねぇ。ラノベもいいですけど、歌は心を潤してくれますねぇ」

 スプーンを揺らしながら、メサはまたふんふんし始めた。

「なんだそりゃ」

「できたぞ」

 親父が器に盛ったジャンバラヤをテーブルに運ぶ。俺は冷蔵庫から昨日の残りの豆のサラダを取り出してテーブルに並べた。

「いただきます」

 俺たち三人はユニゾンでいって、食べ始める。

「はふはふ」メサがジャンバラヤをほおばる。「お、おいしいでふ、シンイチロー」

「そうか。そいつはよかった」

 親父は、メサのためにスパイスは少なめにしてカレー粉を使い、食べやすくしていた。俺としてはちょっと物足りないけど、久し振りに食べる親父の手料理はやっぱりうまい。どこか一本筋が通った味、といえばいいか。荒っぽいけど、なぜかほっこりするのだ。ほたるが食べたら、なんで私の周りの男たちは料理が上手んだって怒りそうだ。

 俺たちはしばし無言で食べ、あっという間にひと鍋平らげてしまった。

「ふひー。お腹いっぱいですー」

 メサがお腹をぽんぽんと叩く。俺は空いた食器を流しに運び始めた。

「あ。ウキョウさん、私やります」

 立ち上がろうとしたメサに親父がいった。

「座ってな。うちは作った者が洗うことになってるんだ」

「親父、もうすぐ出発だろ。今日は俺たちがやっとくよ」と、俺はいった。

「じゃ、任せた」そういって、親父はベランダに出ると、洗濯物を取り込みだした。

 俺とメサは食器を洗い、それが終わると、メサはソファにこてん、と横になった。すぐさま、すーすーと寝息を立てている。

 俺は、床に座って洗濯物をたたんでいる親父の隣に腰を下ろし、親父を手伝い始めた。

「それ、全部読んだのか」

 俺の視線を追って、親父は壁際に積まれているライトノベルの山をちらっと見ると、うなずいた。見たところ、百冊近くはありそうだった。

「ああ。読んだ」親父は畳んだTシャツを、服の山の上に乗せた。「もし、俺がこいつを若い頃に読んでいたら、一冊残らず燃やしているだろうな」

 俺も畳んだTシャツを山の上に乗せる。男が二人いると、Tシャツの数がやたらと多い。親父はちらっと寝ているメサの方を見ると、少し声を落として続けた。

「こいつの本質はポルノだ。いや、ポルノが悪いといっているわけじゃない。俺が気に入らないのは、その本質の上に何重にもベールを覆いかぶせて、本質を見えなくしているところだ。本当はそのベールの奥にあるものに触れたいくせに、遠くからベールに覆われたものをただ見ているだけで満足している。それが何とも気持ちが悪い。なんでベールの奥にあるものに直接触れようとしないんだ」

「さあ」俺は肩をすくめた。「怖いんじゃないのかな」

「ふん」親父は鼻を鳴らした。「それは、まあいい。ところで、お前たちの世代には想像もつかないだろうがな。昔、ポルノ映画というものがあったんだ」

 俺はうなずいた。詳しくはないけど、聞いたことはある。

「アダルトビデオとは違って、あくまでも映画だからな。男女のからみのシーンはあるが、本当に性行為を行っているわけじゃない。だが、逆にいうと、からみのシーンさえあれば、何をやってもいいわけだ。だから、若い監督たちは、低予算で作れるポルノ映画で腕を磨いて、力をつけていったんだ」

 親父は何人もの映画監督の名前を挙げた。俺でも名前を聞いたことがある、有名な監督ばかりだった。アメリカで有名な賞を受賞した監督もいた。

「そいつらは全員、若い頃にポルノ映画を撮ったことのある連中だ。彼らは本当に自由に、ポルノ映画を撮った。シリアスな恋愛物はもちろんのこと、SF、ホラー、サスペンス、コメディ、前衛的な作品まであった」

「でも、お客さんはそういうものを求めているんじゃないよね」

「ああ。だが、ポルノ映画館にいる客なんて仕事をさぼっているサラリーマンか、暇を持て余した学生か、行き場のない老人たちと相場が決まっていたんだ。ちゃんと作品として観ている客はほとんどいないわけだから、別に問題はないのさ」

 親父が何をいいたいか、だいたいわかってきた。

「お前たちがテンプレと呼ぶもの、それはポルノ映画における、からみのシーンだ。それさえ入れておけば、あとは自由だ。ならば、とことん利用して、力をつけるなり、新しいものを生み出すなりすればいい」親父はちらっと、ラノベの山を見た。「ただ、こいつらにはガッツがない。ラノベというジャンルを突き破り、その向こう側へ攻め入ってやろうっていう気概みたいなものがまったく感じられない。だがそれは、作者たちだけの問題ではないかもしれないがな。今の時代というやつが、そうさせているのかもしれない。そうだとしたら、どうしようもないことだが」

 親父は最後の一枚をたたみ終わると「さて、そろそろ行くか」と、立ち上がった。

 リュックサックを肩にさげて、寝室から出てきた親父は玄関に向かう。まるで、近所に散歩に出も出かけるような軽装だ。スーツケースは配送サービスですでに空港に送ってあるとはいえ、これから地球の反対側に旅立つ人間には見えない。

 むっくりと、メサがソファの上に起き上がった。

「ふわわわわ。あれ。シンイチロー、もう行っちゃうんですか」

「ああ。右京のこと、よろしく頼むな」

「はい。任せてください!」

「あと、こいつもな」

 親父はリビングのチェストの上に置かれたケースを指さした。

「大丈夫です。エルフはベイビー・ドラゴンと仲良しなのです!」

 ケースの中では、親父が送ってきたグリーンイグアナが元気に草を食べている。

「そうか」親父は笑ってメサの頭に手を乗せ、髪の毛をくしゃくしゃにすると、「じゃあな」といって、出ていった。


「なあ、メサ」

 首をかしげて、メサが俺を見る。

 俺たちは、ベランダに面した窓際の床に座って、夕暮れ色に染まっていく空をぼーっと見上げていた。

「みんな危機は去ったっていうけど、ほんとうにそうなのか」

 メサは目を伏せた。

「俺にはどうしてもそうは思えないんだ。いつか突然世界が暗転してしまうような気がしてならないんだ。メサ。本当に、何も感じていないのか」

 メサは首を振った。

「感じてません。でも、私もこのまま何事も起こらずに、ずっとこの世界が続いていくとは思えないです。思えないけど……」

 メサは両ひざを立てて、その上にちょこんと顎を乗せた。

「もし何かが起こっても、私は兄さんの仮想空間にいたときみたいに、ウキョウさんを守ることができないです。それがとても悔しいです。もしも、本当にあんなことが起こってしまったら。もしも、ほたるさんやヨシカやシンイチローやアイティが、怖い目にあったら。私は……。私は、悲しいです。苦しいです」

 メサの目からぽろぽろと涙がこぼれ落ちて、彼女の小さくてつるつるした膝小僧を濡らした。

「大丈夫だよ」俺は、メサの頭に、手を乗せた。「もし、何かが起こっても、みんながいる。リーリンさんやダオたちがいる。反地平面から戻ってきた人たちも、同じ気持ちのはずだ。何かが起こったら、みんなでがんばってなんとかする。だから、心配するな。な?」

 メサはうなずいて、ごしごしと手で目元をぬぐった。

「あー、こら。目をこするな」

 俺はティッシュペーパーでメサの涙を拭いた。鼻水も出ている。新しいティッシュペーパーで鼻を押さえると、メサはちーん、と鼻をかんだ。

「お風呂ためるから、入ってこい」

 メサはこくんとうなずいた。


 俺とメサにはわかっていた。

 いつか必ず世界に大きな変化が訪れることを。

 それが始まってしまったら、もう誰にも、どうすることもできないだろうということを。

 そしてそれは、何の前触れもなく、突然始まった。

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