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さよなら、ライトノベル  作者: Han Lu
第三章
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エルフ、帰還する その2

 ぎゅいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいんんんんんんんん。

 みんないっせいに音のした方を振り返った。

 店に置かれているスピーカーから、その音は鳴り響いていた。

 やがてその音は徐々に小さくなっていき……そして、今度はガッガッガッガッと速いリズムでコードが鳴り出した。

 いつの間にかカウンターから出てきたヨシカさんがエレキギターをかき鳴らしている。

「お父さん……」俺の隣で、ほたるが頭を抱えた。

 ヨシカさんのそばには、これもいつの間にかアイノさんが寄り添うように立っている。アイノさんがヨシカさんの前にハンドマイクを差し出した。店に備え付けのカラオケ用のマイクみたいだ。

 ヨシカさんが歌い出した。

 英語の歌詞で、俺の知らない歌だった。

 いや、それは歌というよりも、叫びだった。言葉のカタマリをマイクに向かって叩きつけているような、痛切な叫びの連続だった。

 世の中にはびこる暴力、戦争、差別、偏見、女性蔑視、あらゆる理不尽なものに対する痛烈な批判と、それらに対して徹底的に抵抗することを宣言する内容だった。それらに対して決して退くなとその歌は歌っていた。激しく、短いリズムを刻むギターのリフに乗って。

 それは、キレッキレのパンクロックだった。

 その、二分くらいの短い曲は、最後のコードとともに、唐突に終わった。

 店内が静まり返る。

 ふーっ、と大きく息を吐いて、ヨシカさんが俺の方を見た。

「京ちゃん、感想は?」

 これまで俺はヨシカさんの歌を何度も聴いたことがある。ヨシカさんはギターを弾きながら、俺とほたるによく歌を歌ってくれた。でもそれはアコースティックギターで、ポップスや軽い感じのロックばかりだった。こんなに激しい歌を歌うヨシカさんの姿は初めて見た。そして、その姿は――。

「カッコよかった、です」俺は正直に答えた。

「ありがとう」ヨシカさんがにこっと笑った。俺はその笑いに、凄みのようなものを感じた。

「今のは私が昔バンドをやってた時に作った歌。本場ロンドン仕込みのハードコア。で、今、京ちゃんがカッコいいっていってくれたこの曲、三つのコードしか使ってないの」ヨシカさんはジャン、ジャン、ジャン、と三つのコードを鳴らした。「パンクはスリーコードの曲が多いの。たった三つのコードさえ弾ければ、あとは自分のいいたいことをそこに乗っけるだけで、誰でも歌える。誰でもステージに立って、主張できる。表現できる。誰かに伝えられる。実際には三つ以上のコードの曲もたくさんあるんだけどね」

 ヨシカさんは、ありがとう、といってアイノさんからマイクを受け取った。

「たぶん、私が何をいいたいか、京ちゃんはわかってると思うけど」

 俺は無言でヨシカさんを見つめた。

「スリーコードは、テンプレよ。スリーコードは、最初の十ページまでに入れなきゃいけないお色気シーンと、エロい会話と、ハーレム設定。でも、大事なのはそこじゃない。逆に、それさえあればなんだってできるはず。説明的な文章も、徐々にくつがえしていけばいい。読者はあなたが思っているほど馬鹿じゃない。面白い方へ、感動できる方へ、いつかはついてくるはず。京ちゃん。本来、表現方法にヒエラルキーは存在しないの。特定の表現方法を駆逐する以外に、方法はきっとあるはずよ」

 ヨシカさんのいいたいことはよくわかった。そして、ヨシカさんのいっていることは、たぶん正しい。それでもやっぱり……。

「ヨシカさん、それでも俺は――」

 そしてまた俺の言葉は途中で遮られた。

 今度は、バタン、と突然開いた店のドアの音だった。

 ドアに背を向けていた俺が振り向いたとき、そいつはほたるをそっと脇にどけると俺の目の前に立った。

「おや――」と、俺が口を開こうとした瞬間、強烈な相手の右ストレートが、スパン、と見事に俺の左顎に炸裂した。

 俺は、さっきまでアイノさんが座っていたソファに倒れ込んだ。

「くっ」相手の拳が完璧に顎に入ったため、俺は膝の力が抜けて立ち上がれない。ソファにへたり込んだ情けない状態で、俺はなんとか口を開こうとした。口の中はねっとりとして、血の味がする。

「な、なにすんだよ、親父!」

 俺の前には、久しぶりに会った俺の父親、片桐慎一郎が立っていた。

「なにじゃねぇ、この大馬鹿野郎」親父がどなった。「ちょっと待ってろ」

 そう言い残して、親父はカウンターの方へ向かった。待ってろもなにも、俺は動けそうにない。

 親父はカウンターの平沢教授と、リーリンに挨拶をしている。

「このたびは、うちのバカ息子がお世話になりまして……」

 逆に恐縮――というかビビっている平沢教授と、さすがというべきか、まったく動じずにこにこしているリーリンが親父とやりとりをしている間に、アイノさんが気を利かせて濡れたタオルを俺の頬に当ててくれた。

「大丈夫? ウキョウさん」

「ええ、まあ。なんとか」

「ほんと、相変わらずなんだから」と、アイノさん。

 ダオたちは突然の出来事に、完全に硬直してしまっている。

 親父はまたこちらに戻ってきて、まだソファのそばに立っているほたるにうなずいてから、俺にいった。

「いいか。お前がいなくなってから、ほたるちゃんがどれだけ心配したと思ってる」親父は俺を指さした。「お前はいったよな。どんなことがあっても、ほたるちゃんを守る。ほたるちゃんのそばを離れない。だから、俺もヨシカも心配せずに仕事をしてくれ」

「覚えてるよ」俺はタオルで顎を押さえながら、いった。「でも、しょうがないじゃないか。どうしようもなかったんだ」

「うるせえ!」親父の大声に共振して、テーブルの上のグラスがビーンと鳴った。ダオたちがびくっと震えた。

「んなこた関係ねえんだよ。どうしようもなかったら、それですむと思ってるのか、この間抜け。お前はそれをどうにかしなきゃなんないんだよ」

 怒鳴る親父に、ほたるがいった。

「おじさん、もう……」

「ほたるちゃんは黙っててくれ」親父はそっとほたるを押しとどめた。

「いいか! だいたい――」といいかけた親父の顔に、すごい勢いで飛んできたおしぼりが、べしっ、と張り付いた。

「いいかげんにしな!」ヨシカさんだった。「親子喧嘩なら外でやれ!」

 親父の頬から、おしぼりがずり落ちた。

「ヨシ……」親父は情けない声を出して、両手を上げた。「わかった、わかった」

「ったく」ヨシカさんがため息をつく。

「おじさん、座ってください」とほたるがいうと、親父は「いやいや、ほたるちゃん、座りな」とうながして、ほたるを俺の隣に座らせた。空いている席に親父が腰かけると、すぐそばにいるメサにいった。

「あんたがメサちゃんか」

 メサはこくん、とうなずく。

「あんたにも世話をかけたみたいだな。ありがとう」親父がいうと、メサはぶんぶんと首を振った。

「私がいるのはウキョウさんのおかげなんです。だから私はいつもウキョウさんに感謝しているのです」

「そっか」親父がうなずく。そして、ダオたちに向かっていった。「あんたたちも、世話になったみたいだな。礼をいわせてくれ。ありがとう」

 流ちょうな英語でそういって頭を下げた親父に、ダオたち三人が慌てて姿勢を正した。

「いえ、そんな」とフィフィ。

「俺たちは、たいしたことしてないです」とダオ。

「ウキョウさんを責めないでください」とリエンがいった。「ウキョウさんは世界を救おうと必死に戦ったんです」

「それは知っている」親父はそういって、俺の隣に座っているアイノさんにうなずいた。アイノさんもうなずき返す。

「だがな、いいか」親父は俺に向かっていった。「女の子ひとり幸せにできない奴が、世界なんて救えるわけねぇだろが」

 ほたるは赤くなってうつむいてしまった。俺はとりあえず話題をそらそうと口を開いた。

「もうわかったって」まだ顎がズキズキする。「っていうか、親父、今、こっちにいるのか」

「ずっといたんだよ、お前がいなくなってからな。お前が戻ったから、また仕事を入れ始めたんだ」

「慎一郎は、京ちゃんがいなくなったあと、仕事を全部キャンセルして私たちのそばにいてくれたのよ」

 親父の前のテーブルにグラスを置いて、ヨシカさんがいった。まだギターを背中に背負ったままだ。

「そいつをさげてるヨシを見るのは久しぶりだな」

「ああ」ヨシカさんがいった。「さっき、ちょっとね。それより、慎一郎もライトノベルをたくさん読んだのよ。京ちゃんがいなくなってからね」

「そうなのか」俺は親父を振り返った。

「ああ。読んだ」親父は腕を組んだ。そして、こういい放った。「クソだな」

 ヨシカさんがため息をつく。

「ちなみに、パンクもクソだ。どちらも同じくらいクソだ」

「あんだと、コラ」ヨシカさんが、ガン、とギターを肩にかついだ。

「ちょちょちょ、最後まで聞けって、ヨシ」

「ちっ。ハンパこいてんじゃねぇぞ、慎一郎」ヨシカさんがギターからシールドをぶちっ、と引き抜く。

「全くお前は昔から音楽のことになると……」親父はグラスの中身をひと口で飲み干すと、おもむろに立ち上がって、ドアの方に向かう。

「いいか。初期衝動だけじゃあ何も生まれねえ。そこにとどまっている限り、クソはずっとクソのままだ。ただし、クソはまったく何の役にも立たないわけじゃねえ」親父は俺のほうを見た「クソはな、肥料になるんだ。だったら、クソはクソなりに、立派な肥料になって見せろ。俺がいいたいことはそんだけだ。ヨシ、そろそろ帰るわ。先生、ミス・ヤン、また改めて挨拶に伺いますんで。お騒がせして申し訳ない。アイノ、またあとで」

 ドアを開けて、親父はまた俺の方を振り返った。

「ああ、まだあった。右京、俺の歯ブラシは使うな。あれは豚毛の特注品でむちゃくちゃ硬いから、また口ん中が血だらけになるぞ。じゃあな」

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