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さよなら、ライトノベル  作者: Han Lu
第三章
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エルフ、大人になる その1

 あれ。

 俺はいったい何をしてたんだっけ。

 確か、ほたるがうちに来て……。

 何か重大な出来事が起こった気がするのだが。だめだ、思い出せない。

 どうやら、記憶が欠落しているらしい。

 目の前のテーブルの上を見る。

 そこには、トールサイズのアイスコーヒーが置いてある。

 自分が頼んだのだろうか。

 普段アイスコーヒーは飲まないんだけどな。

 あたりを見渡す。

 世界的に有名なコーヒーのチェーン店に、俺はいた。

 店内は満席で、皆思い思いの過ごし方をしている。

 勉強をしている学生らしき人、家族連れ、カップル、仕事の打ち合わせをしているビジネスパーソン、ひとりで本を読んでいる人。

 どこの店だろう。

 自分が知っているどの店とも少し違っている気がする。

 まあいいや。そのうち思い出すだろう。

 とりあえず俺がアイスコーヒーに手を伸ばそうとしたそのとき――突然それは始まった。

 ガタン、という大きな音。

 少し離れた場所で、テーブルが倒れ、悲鳴が上がる。

 若い男が、スーツ姿の中年の男に馬乗りになって殴りかかっている。

 何が原因かはわからないが、中年の男は若い男の怒りを買ったようだ。それにしても、こんな場所で……と、思っていると、すぐそばの席の男がふらりと立ち上がった。

 自分の服を見下ろしている。

 どうやら、この騒ぎでテーブルの上の飲み物が倒れ、自分の服にこぼれたようだ。白いTシャツの前面に茶色のシミが広がっている。

 立ち上がったTシャツの男は、自分の座っていた椅子を無造作につかむと、殴っている若い男の後頭部に振り下ろした。

 バキッという音とともに木製の椅子の背もたれが折れ、若い男は床に倒れた。

 バラバラになった椅子の破片が、別の席の上に降りかかった。

 今度はその席にいた二人の男が立ち上がり、二人でテーブルを持ち上げると、Tシャツの男をめがけて投げつけた。グキッというくぐもった音とともに椅子の男は倒れ、勢い余ったテーブルは周囲の席を吹き飛ばした。

 波紋が広がるように、暴力の波は店全体に広がっていった。

 そこには叫び声も怒号もなく、ただ淡々と残虐な行為が繰り広げられていた。

 どこにあったのか、刃物で隣の女性をめった刺しにしている男がいる。

 中年の女性は騒動にまぎれて、ショーケースの中のサンドイッチやパニーニを自分のトートバッグの中に次々と放り込んでいる。

 それを見ていた別の女性がマグカップで中年の女性の頭を殴りつけ、倒れた中年女性からトートバッグを奪っている。

 何が起こっているのか把握できないまま、俺は呆然と立ち尽くしていた。今のところこの異常な事態に巻き込まれてはいないが、それも時間の問題のような気がする。俺は、じりじりと壁際に沿って出口へと向かい始めた。

 出口付近の床では、気を失って倒れている女性の両足をつかみ、下半身裸の男がスカートをはいた彼女の下腹部に腰をガンガンと打ち付けている。側に引きちぎられた彼女の下着が落ちている。その背後からアロハシャツの男が近づき、女性を襲っている男に、持っていた椅子を振り下ろした。頭から血を流し倒れた男を無造作に蹴飛ばすと、今度はアロハシャツの男が、ベルトをカチャカチャと外しにかかっている。

 そのとき、出口の扉が開き、男が一人入ってきた。

 警官だった。

 よかった。俺が警官に声をかけようとしたその時、警官はピストルを取り出して、背を向けて立っているアロハシャツの男に銃口を向けた。

 ベルトを外し、ズボンを脱いでパンツ姿になったアロハシャツの男の後頭部に向けて、警官は発砲した。

 警官の行動には、何のためらいもなかった。

 撃たれた男は頭の半分を吹き飛ばされ、脳と血をばらまきながら床に倒れた。

 店内に響いた銃声に、客たちの動きが一瞬止まった。

 警官は床に倒れている若い女を見て、唇をなめた。そして、右手に銃を持ったまま、左手で自分のベルトの金具を外しにかかった。

 警官の近くにいた数人が拳銃を奪おうと、警官に襲いかかる。

 警官の手から拳銃が吹き飛び、それを奪い合う男たちの争いが起こった。

 周囲の注意がそちらに向いている隙に、俺はゆっくりと出口に近づいていった。

 幸い、今のところ俺に注意を向けてくる人間はいないようだ。

 出口のそばまできたとき、突然ドアが開いた。

 店の中に差し込まれた手が、俺の腕をつかむ。

 その腕に引っ張られるようにして、おれはドアから外に出た。

 そこは商業施設の一角で、そこかしこで、店内と同じような異様な光景が繰り広げられていた。

 そこらじゅうに人が倒れている。

 俺の手を握っている人物は、見たことのない女性だった。

 いや。

 この人、どこかで会ったような……。

「あの……」

 口を開きかけた俺に、その女性がいった。

「私のことがわかりますか?」

 俺は改めて目の前の女性を観察した。

 俺と同い年くらい――二十代前半の美しい女性だった。

 顔は綺麗なのだが……ただ、ちょっと特異な格好をしていた。

 コスプレイヤーなのか?

 ウェーブのかかったショートボブの緑色の髪の毛に、エルフのような尖った耳、緑を基調とした民族衣装のような服。短いスカートからすらりとした足が覗き、やはり緑色のくるぶしまでのブーツを履いている。

 コスプレにしては髪の毛や服装にまったく違和感がない。髪の毛は本物に見えるし、尖った耳も作り物だとは思えないくらい精巧だ。そして、エメラルドグリーンの瞳の色。まるで本当にエルフのような……。

 本物のエルフ……。

 俺の頭の中で欠けていた記憶が次々と蘇ってきた。抜け落ちていたパズルのピースがどんどんとはまっていくように、ここに来るまでのことがフルスピードで頭の中に再現されていった。

 そうだ。

 俺はカレヴァによって、現実世界から別の空間へ飛ばされたんだ。

 ということは、ここはカレヴァの生み出した空間ということなのか。

 そして、目の前にいる女性は……。

 どうやら彼女も俺の変化に気付いたようだ。

「よかった」彼女は微笑んだ。「思い出したんですね、右京さん」

 俺はうなずいた。

 彼女はいった。

「私、メサです」

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