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さよなら、ライトノベル  作者: Han Lu
第二章
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それぞれの場所 その4 -太平洋上空-

 ポーン! という軽快な音とともに、シートベルト着用のランプが消えた。

 平沢の隣に座っているリーリンがさっそく客室乗務員を呼んで、ワインを頼んでいる。

「先生は?」

 と尋ねるリーリンに、平沢は首を振っていった。「いや、僕はいい」

 ポートランドから成田まで直行便で約九時間。まだ先は長い。あまり酒に強くない平沢は、酔いが早く回る飛行機の中では滅多に飲まないようにしていた。

「機内ではいつも何をしてらっしゃるんですか」

 リーリンの問いかけに、平沢はいった。

「そうだなぁ。たいていは映画を見てるかな」

「じゃあ、ご遠慮なく」リーリンがこくんと首をかしげる。「私も映画は好きです」

「いや。それよりも、少し話を聞かせてくれないか」

「詳しいお話は日本に着いてからでもと思っていましたが」リーリンは素早く周囲に視線を投げてから、うなずいた。「わかりました。お話します」

「夏のコミック・バンケット――夏コミで『トゥオネラ』が大きく動く。君はそういっていた」

 リーリンはうなずいた。

「いったい何が起こるんだ」

 ワインを飲み干して、リーリンはいった。

「その前に、先生は『R⇔W』のインターナショナルバージョンが立ち上がったのはご存知ですよね」

「もちろん。確かまだ試験運用段階だったと思うけど」

「先日、正式版の運用開始がアナウンスされました。すでに、東南アジア各国を中心に投稿作品が急速に増えています」

「投稿作品はすべて英語だったよね」

「はい」

「それでも、欧米より東南アジアの方の認知度が高いんだな」

 考え込む平沢に、リーリンがいった。

「ところで、今年の夏コミは例年よりも一日多く設定されています。その日は同人誌即売会ではなく、主に企業がブースを出したり、イベントを打ったりします。これまでも企業のブースはありましたが、今回は純粋に展示会としての一日です。そして、その日に、『R⇔W』インターナショナルがイベントを行います」

 リーリンは前の座席の下に突っ込んでいたリュックの中からタブレットを取り出すと、操作を始めた。

「そうか。最近は機内でもWi-Fiが使えるようになったんだ」

 平沢の言葉にうなずきながら、リーリンは『R⇔W』のイベント告知のページを平沢に見せた。

 ――特別開催! 『R⇔W』インターナショナルとコミックバンケットのコラボレーション企画。アジア注目の新人作家たちがTOKYOに終結! ワールドワイドで展開するイセカイストーリーズの最前線を目撃せよ!

 リーリンが説明する。

「つまり、アジア各国で『R⇔W』インターナショナルに投稿している作家たちが夏コミのイベントに招待されるということです。各国から新人作家たち、特にイセカイストーリーを書いている人たちが夏コミに集まります」

「『トゥオネラ』の狙いはこれか」

「はい」

「これまで日本のライトノベルの作家たちが何人も行方不明になった。それはリックや僕を襲ったあのカラスたち、『トゥオネラ』の仕業だと君はいった。奴らはイセカイブームに関連しそうな人間たちをターゲットにしてきた、と。イセカイストーリーを扱うライトノベル作家たちやそれを助ける者たちを、だ。そして、今度は東南アジアの作家たちが狙われているというんだな」

「将来、イセカイブームを生み出す重要な役割を担っていくことが予想される、東南アジアのライトノベル新人作家たちが一堂に会するんです。このチャンスを奴らが見逃すはずがありません。これまで以上に大掛かりな攻撃を仕掛けてくるでしょう。おそらく奴らの本体、『トゥオネラ』の生命体が出てきます」

「それで、どうするんだ」

「迎え撃ちます」リーリンはにっこりと笑った。

「迎え撃つ……君ひとりでか」

「いいえ。今回招待されている新人作家たちの中から、協力者の候補を選んでおきました。彼らに協力を仰ぎます」

「協力を仰ぐって……。彼らは実際にあのカラスたちに襲われたわけではないんだろう。そんな簡単に事情を理解して、協力してくれるだろうか」

「少なくとも、世界中で一番この状況を受け入れてくれそうな人種が、彼らだと思いませんか?」

 平沢は苦笑した。「それはそうかもしれないが……」

「それに、彼らを説得する手伝いを先生にお願いしたいんです」

「まあ、そんなことだろうと思っていたよ」

「ありがとうございます」リーリンはタブレットをぱたんと閉じた。「それと、先生以外にも、日本に協力者がいます。作戦の詳細はその人たちと合流したときに説明します」

「それにしても、未だに実感がわかないんだが」

「なんでしょう」

「ライトノベルが世界中で流行して、イセカイブームが起きる。それが本当に人々から想像力――この世界と『トゥオネラ』をつなぐ力を奪うことになるんだろうか」

「もちろん、イセカイストーリーの小説が流行ったくらいで、人々の想像力全てがなくなったりはしません。ただし、別の世界のことを想像する力は確実になくなっていきます」リーリンは再び周囲に視線を走らせてからいった。「未来の可能性のひとつとして聞いてください。イセカイストーリーが世界中で流行する頃、個人向けの『イセカイサービス』というものが現れます」

「イセカイサービス?」

「AIを利用した娯楽サービスです。顧客は自分の望む願望を充足させる異世界物語をVRを通じて提供してもらえる、そんなサービスです」

「なるほど。それはありそうだ」

「人々にとって、イセカイというものは、自分の欲求を満たすための道具でしかなくなります。その頃にはもう誰も従来のファンタジー作品にあったような異世界を想像しようとはしません。そしてそれが進むと……」リーリンは平沢に意味ありげな視線を投げた。「先生にはたぶん釈迦に説法でしょうけど、集合的無意識ってありますよね」

 平沢は少し考えて、大きくうなずいた。

「ああ。なるほど、そういうことか」平沢はリーリンに向きなおった。「『トゥオネラ』とこの世界をつなげているのは想像力、特に物語を想像する力が最も強固なものだと君はいっていた。物語の力、別の世界のことを想像する力、ファンタジーのような想像上のお話を通じて個別の問題を普遍的な問題へと変換する力、それらはすべて集合的無意識に直結するものだ。それらの力に裏打ちされて、集合的無意識は成り立っている。その力が弱まっていくというんだな」

 リーリンは満足そうにうなずいた。

「物語を想像することをやめてしまったら、確かに集合的無意識は揺らぐ。それが二つの世界のつながりを脅かすということか」

「その通りです。ヒラサワ先生」

 平沢はシートに体を預けた。「なるほど。でも、なにか方法があるんじゃないのか。イセカイストーリーを書かない、イセカイブームを起こさないというやり方以外にも」

「私たちもそれをずっと探してきました。そして、先生に協力してもらいたいことのひとつでもあります」

「わかった。でもこれはかなりの難問だ」

「もちろん、それは私たちにもわかっています。すぐに答えが見つかるとは思っていません。ですからゆっくりと考えてください。そういうことで、先生」

 リーリンは前の座席のポケットから取り出した袋をべリッと破き、ヘッドフォンを取り出すと、こくんと首をかしげた。

「オススメの映画、教えあいっこしませんか?」

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