エルフ、チャーハンを食べる その5
気を付けて、といわれても、いったい何にどう気を付ければいいんだ、と思っていたらスマートフォンに着信が来た。
ほたるだった。
「すみません」俺はアイノさんにいって、電話に出た。
「どう? 話は進んだ?」ほたるがいった。
「進みすぎて、ついていけない」
「それはよかった」
よくないよ。
「晩ごはん、もうすぐできるから、そっち持って行こうか? 今日バイトないんでしょ」
「ああ、そうだな。助かる」
「アイノさんも?」
アイノさんは俺たちの通話の内容を察したみたいで、玄関を指さしている。自分はもう帰る、と伝えたいのだろう。
「いや、もう帰るみたい。あ、あと、メサはお腹が減ったから、俺が食べさせた」
「何作ったの?」
「玉ねぎチャーハンとスープだけど」
ほたるが、うっ、と言葉に詰まった。
「作ってやるから。来いよ」
これがラノベだと、「べ、別に京ちゃんの玉ねぎチャーハンが食べたいわけじゃないんだからねっ」というセリフが来るわけだが。
「ヨシカさんも京ちゃんも、なんで私より料理が上手なのよ」ぐちぐちとほたるが愚痴り始めた。
ほたるの料理だって、十分おいしんだけどな。
「んー。まあ、あれだな。持って生まれたセン――」
ぶちっ、と通話が切れた。
まったく。
アイノさんがくすくす笑っている。
「じゃあ、私は帰ります」
俺が立ち上がると、メサもぴょこん、とこたつから出て、ついてきた。
スニーカーを履きながら、アイノさんがいった。「今日のメサの熱のこと。心配しなくても大丈夫ですから」
「病気とかじゃないんですね」
「ええ。でもまた、こういうことがあるかもしれません。だから、いっておきます」アイノさんは、俺とメサを振り返った。「メサには、悲しいとか、悔しいといった負の感情がちゃんと理解できていないんです」
俺はメサを見た。
「えへへ。実は、そうなんです」照れ臭そうに、メサはうつむいた。「その存在は知っているのです。小説にいっぱい出てきますから。でも、私にはそれがどういうものなのか、よくわからなかったのです」
アイノさんも……いや、アイノさんは『こちら』の人間と同じだといっていた。
「私、お墓で、初めてわかったのです。悲しいって、どいう感じなのか。そしたら、急に体が熱くなって……」
「たぶんこれからも、メサがそういう負の感情を自覚したら、同じような症状が出るかもしれません。でもすぐに治まるはずです」
「大丈夫ですよ、ウキョウさん!」メサが俺の手を握った。「寝たらすぐに治りましたから!」
「あ、ああ」
「それじゃあ、また明日連絡入れます」アイノさんがいった。
俺はうなずいた。「お気をつけて」
手を振って、ドアに向かいかけたアイノさんが、ぴたりと立ち止った。
「それと、右京さん」
アイノさんは振り返ると、ずいっと俺に顔を近づけて、俺の手を握りしめた。
「は、はい」
「ヨシカさんのお店、何時からでしたっけ」
俺とメサはこたつに入って、ほけーっとほたるが来るのを待っていた。
「なあ、メサ」俺はいった。「もしかして、『向こう』の世界ってさ。ここよりも高次の、いわゆる四次元の世界ってやつなのか」
メサはうなずいた。
「ウキョウさんたちは――『こちら』の方たちは、自分たちの世界を三次元と呼んでいるんですよね」
メサは右手を横に伸ばした。「x軸」
左手を上に伸ばした。「y軸」
左手を横に下した。「z軸」
俺はうなずいた。「それが三次元の世界だ。そして、四次元はそれに時間の概念がプラスされたものだという説がある」
「その考え方は間違っていません」メサはいった。「『向こう』の世界で時間というファクターは、可塑性のある物質のような形で認識されているのです。ウキョウさんたち『こちら』の世界の方々に実感することはできないのですが……」
「じゃあ、どんな感じなんだ。『向こう』の世界のメサが、『こちら』の世界にいるのって」
「そうですねぇ。たぶんですけど、ウキョウさんが、二次元の、アニメの世界に入っちゃうような感じですかね」
俺は自分がアニメの世界に入り込んだところを想像しようとした。二次元ってことは、奥行きがないから……ええと……。
「まったくわからん」
「そ、そうですか」メサはゆらゆらと体を揺らし始めた「あ。でもでも。日本ってアニメが盛んですよね」
「まあな」
「それって確か、重要な意味があったよーな、なかったよーな。あったよーな。ふわわわわ」
メサは大きなあくびをすると、こてん、と横になって、すこーっと寝息を立て始めた。




