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さよなら、ライトノベル  作者: Han Lu
第一章
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エルフ、チャーハンを食べる その3

「皮肉なものです」アイノさんはいった。「イセカイものが流行れば流行るほど、人々が異世界を想像することはなくなっていきます。『こちら』の人々が、異世界への想像力をどんどんなくしていくにしたがって、二つの世界をつなぐ力も弱くなっていきます。その力がなくなってしまったら、どちらの世界も存続できなくなります」

「鳥たちの道なのです」とメサがいった。

「メサはそう名付けています」アイノさんは、メサの頭にそっと手をのせた。「二つの世界をつなぐ道のことを」

「でも……」俺は頭を整理しながら、疑問を口にした。「イセカイものの小説が流行ったくらいで、人々の想像力がなくなったりするんでしょうか」

「もちろん、人々の想像力全てがなくなってしまうわけではありません。なくなってしまうのは、あくまでも別の世界のことを想像する力です」アイノさんはいったん言葉を切って、また続けた。「世界中でイセカイ小説が流行する頃、個人向けの『イセカイサービス』が登場します」

「イセカイサービス?」

「AIが顧客の趣味や志向に合わせてイセカイを構築し、そのイセカイに顧客が転生する物語をVRで提供する娯楽サービスです。物語の導入はだいたい同じです。事故などで死亡したユーザーがイセカイに転生や転移し、そこでユーザーの願望を満たすようなストーリーが展開します。物語のフレームはテンプレートですから、誰にでも受け入れやすく、手軽に楽しめます。人々にとってイセカイとは、あくまでも自分の願望を満たすための舞台装置という認識になっていくのです」

 アイノさんは視線を落とした。

「その頃にはもう、本当の意味での異世界を描くファンタジー小説を書く人は、誰もいなくなってしまいます。そんなものは誰も求めてはいないからです。そんなものを読まなくても、人は誰でも簡単に自分だけのイセカイにアクセスすることができる。でもそこには、別の世界を想像する力というものはいっさい作用しません」 

 俺の手には、まだほたるからメサが借りてきた本が握られていた。

 俺はあらためて、その本を眺めた。

 そんな俺をアイノさんとメサが、じっと見つめている。

「右京さん。集合的無意識って知ってますか」

 俺はうなずいた。個人を超えて、人類すべてが共通して持っている無意識の領域。神話や古典的な物語にも直結する概念だ。

「知ってます。大学は心理学専攻だったので。今は休学中ですけど」

「臨床ですか?」

「はい」

「じゃあ、箱庭療法とか」

「実習でやりました」

「私は大人になってからもう一度大学に通って、心理学を勉強しました。ユングの考え方は正しいです。ふたつの世界を結ぶ力は、『こちら』の人たちの集合的無意識がベースとなっています。そして、集合的無意識を支えているのが、物語の力であり、ファンタジーの力なのです」

 アイノさんが振り返ると、そこにはたき火をかこんだ、俺たちの遠い先祖と思しき人たちがいた。いつの間にか周囲は暗闇に覆われている。満天の星空の下、彼らは火の回りに座って、輪の中のひとりが話す言葉に耳を傾けている。話をしている男はたぶん一族の長で、みんな彼の話を熱心に聞いている。その声は聞こえないが、男は身振り手振りを交えて、十人ほどの彼の一族に語りかけていた。ときおり、幼い子供が、驚いたり、怖がったりして、そのたびに年かさの子供たちから、からかわれている。

「原初の物語が生まれた瞬間です」メサがつぶやいた。

「暗闇の恐ろしさ、自然の脅威と恵み、獣たちとの戦い、生きること、死ぬこと。それらは物語という姿を借りて、連綿と続く人々の生の連鎖の中を伝わっていくのです」アイノさんがいった。「そろそろ戻りましょう、メサ。疲れたでしょう」

「大丈夫です!」といった直後、メサのお腹がぐうーっと鳴った。「お、お腹は、大丈夫じゃないみたいです!」


 再び鳥たちに導かれて、俺たちは駐車場に戻ってきた。

 ボールが来る前と同じ位置で静止している。

「収束」メサが告げると、ボールはぽとりと地面に落下し、とたんに世界から音が戻ってきた。

「右京さん。突然のことで、混乱されていると思います。」アイノさんがいった。「もしおひとりで考えたいのなら私はここで別れますが」

「いや」俺は答えた。「もしよかったら、もう少し話を聞かせてください」

「わかりました」

「アイティも、ウキョウさんのおうちへ行きましょう」メサがぴょこんと跳ねた。

 アイノさんが俺を見た。

 俺はうなずいた。「お願いします」

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