表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

カーナビ

作者: 鈴木和

春を少し感じ始めた頃の深夜の1時。


最近あまり車に乗っていなかったこともあり、少し慣らし運転と決め込むことにした。

交通量が少ないこの時間帯を運転するほうがストレスも少なくて軽いドライブと洒落込むのが俺は好きなのだ。


部屋から鍵と免許、そして携帯電話を持って駐車場へと向かった。



車に乗り込むと独特の匂いがする。俺はこの匂いが好きだ。

最近ドラレコが壊れてしまったため、携帯をダッシュボードの上に設置。

前方が写っていることを確認し動画録画ボタンを押した。


自宅から海岸沿いを1時間程度走るコースもいいのだが、今回は余り知らない道を適当に走ってみることにする。

エンジンを掛けて車を出す。

今日はいつも以上に冷えると思った。



深夜2時。

適当に走った先はどこかも分からぬ山の中だった。街灯も無く大変暗い。

まだ季節的には冬寄りのせいか虫の鳴き声も聞こえない。ただ木の葉のさざ波が耳の鼓膜を震わせる。


なんてところに来てしまったんだか。

流石に気味が悪く早く帰ろうとナビに登録してある自宅を行き先に設定し車を出した。


適当に走ったので来た道など当然覚えていない。ナビが無ければ完全に迷子であろう。

そう思いながら道なりに、時折ナビから聞こえる指示で分岐を曲がりつつ30分ほど走ったところで違和感を感じ始めた。


…おかしい。

行きの際に山道を運転したのはせいぜい20分程度だ。

なのに30分も運転して何故山から出られない?



道を間違えた?


山の車道は工事の関係でよく迂回路を走らせたりする。

俺がその案内を見落として進入禁止の分岐に入り込んだのかもしれない。


いや…それにしてもナビの通りに走ったのに更に山奥に入り込むなんてそんなことがあるのか?


とはいえ本音はそこまで焦ってはいなかった。


確かにこれが徒歩なら遭難に近い状況だが、俺は車に乗っているのだ。

しかも獣道ではない。アスファルトの車道だ。転落さえ気を付ければ移動に困ることはない。そのうち繁華街にも出るだろう。


そんなことを考えていたら



『目的地に到着しました。案内を終了します』


と、突然カーナビの音声が聞こえてきた。


…着いた場所は自宅でもなんでもなく、鬱蒼と茂った森のど真ん中だった。


なんだここは。


一度車を降りてみる。

別に何があるわけでもないただ無数の木が広がるだけの空間。

ヘッドライトの光以外の灯りもない、ただ闇だけが広がっている。



ナビ設定を間違えた?

いや、確かに自宅で設定したはずだ。なのになんでこんな場所でナビが突然終了したのだろう…。


……寒い。

冷たい季節風以外の何かが身体を震わせる。


本能がここにいてはいけないと警告を出す。早くこの場を離れなければ。

俺は急いで車に乗り込み、逃げるように車を走らせた。もう一度ナビを自宅に設定して。



今度は無事に自宅近くの駐車場にたどり着くことができた。

外は寒いのに汗がどっと吹き出している。


「何なんだ…いったい」


深呼吸し、ようやく落ち着きを取り戻した。

…ふとダッシュボードに取り付けたドラレコ代わりの携帯が目に入る。


3時間も録画しっぱなしだったのか。

ストレージも逼迫するしさっさと消してしまおう。と、思ったが、少し見てみることにした。


行きの1時間を飛ばして、最初にあの森に到着してから家に帰ろうと車を走らせたところで再生する。


音声もちゃんと録れてぶつぶつ独り言を話す俺の声と同時にナビの音声も収録されていた…のだが



「…なんだこれは」


ナビの音声がおかしい。

あの聞き慣れた機械的な音声ではなく、明らかに別の女の音声…いや、これは……


「本物の人間の声だ」


そう理解したとき、耳の後ろあたりがチリチリし、再度、身体中の産毛が逆立った。

なんだ。なんでこんな声が録れている。しかもその声はあろうことか運転する俺に道案内を始めたのだ。


『右に行け…』

『まっすぐ…早くしろよ…』

『遅いんだよ…』


やたらと命令口調で時折攻撃的になる。

おかしい。俺はこんな声は聞いていない。当然だがいままでこのカーナビからもこんな言葉は聞いたことがない。


しかし動画の俺はその声に導かれるままに車を走らせ、やがて「あの場所」にたどり着いたのだ。


『えへへへへへへ』


と、最後にカーナビがいびつな笑い声を残し、案内を終了させた。



…多分いま鏡を見れば、顔面蒼白になった俺が写っているだろう。

だが動画から目が離せない。というよりも周囲を見たくないのだ。何かを見てしまう気がして。


しかしこれでは終わらなかった。

動画の続きを見て俺は卒倒しそうになった。


車の前で何かが動いたと思ったら見知らぬ女がボンネットによじ登って来たのだ。



血だらけのようないかにもな風貌ではなく、妙に「生物」を感じる女だと思ったが当然こんな物は現地では見ていない。

見ていたら気絶する自信がある。


最初はじっと車内の方を覗き込み、次に外に出ていて運転席に戻った俺の方に目線を向け、瞬きもせず動きもしない。


そして俺はその女をボンネットに乗せた状態で再び走り出したのだ。

時間にして約1時間、ずっと女はそのままに走り続ける。


そして…



(おい、待て…やめろ!)


女を乗せたまま、駐車場に着いてしまった。

そう。いま俺が居るまさにこの駐車場に。未だに微動だにせず俺を睨み続ける女…。


そして俺は…その携帯をダッシュボードの上から外し、そこで動画は終わっていた。



「…………」


頭が真っ白になって何も考えられない。

身体が動かない。声が出ない。


分かってる。

こういうとき…目を前に向けたら何もいなくて、安心して横を見たら隣に座ってたりするんだ。


何事もなかったかのように、車から立ち去ればいいんだ。

目を閉じたまま、何も考えずに。


「えへへへへへへ」


きのせい。きのせいだ。耳元で聞こえたが気のせいだ。



「気のせいじゃねえよ」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] ドラレコ等も再生すると案外変なものが映っているかもしれませんね。 なかなか乱暴な口調な霊ですが、主人公はどうなるのか…。 意外と話せる霊ならいいのですが。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ