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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

ヤークトとフルフト

作者: 小城

 この物語は、フィクションであり、実在の人物、団体、事件等とは、一切、関係ありません。

 昔々、まだ、人間が、洞穴で暮らしていた頃、同じく、洞穴に暮らしていた一匹の獣がおりました。

 それは、今のライオンの仲間でした。普段は、洞穴の中に一匹で暮らし、餌を求めて、草原へと出てくるそのライオンは、その頃は、まだ、大自然の中を歩いていた動物の一匹でしかなかった人間も、馬や牛の仲間と同じように、そのライオンの腹を満たす食べ物のひとつとして、ライオンの爪で襲われ、牙で肉を引き裂かれておりました。


 あるとき、ある草原では、一際、大きなライオンが、一匹、歩いておりました。ヤークトという名前のそのライオンは、体に幾筋もの、傷痕を残しておりました。ヤークトが草原を歩いていたそのとき、丈の長い葦の葉の奥に、二足歩行をした猿の仲間たちを見つけました。彼らは、近頃、この土地にやって来た新参者で、今は、どうやら湿地帯に流れる川の水を飲みに来ているようでした。


 ヤークトは、体を伏せながら、葦の葉に体を隠し、猿の仲間、つまり、人間たちの近くへと、寄って行き、狙いを済ませて、その中の一匹に襲いかかりました。

「あっ!?」

 不意に、ライオンの襲撃を受けた人間たちは、散り散りになりました。ですが、彼らは、湿地帯の泥や長い葦の葉に阻まれて、逃げるのに難渋しております。

「どっ!!」

 それでも、人間よりも、脚力も、体力も、はるかに勝るライオンは、湿地帯の泥や長い葦の葉にも、何ら、囚われることなく、逃げ惑う人間たちを、追いかけておりました。

「あっ……。」

 湿地帯を抜けた草原を駆ける一匹の人間の姿を、ヤークトは見つめました。そして、その人間を標的に定めると、どっと、長い脚を筋肉に漲らせて、ものすごい早さを帯び、逃げる一匹の人間の後を追いました。

「あっ!!」

 くるっと、人間は向きを変えると、ライオンの方を向きました。人間の名前は、フルフトと言いました。フルフトは、ヤークトの方を見つめると、手にした石器の槍を構えました。ヤークトは、速度を緩めず、フルフトの方へ、突っ込んでいきました。フルフトの槍の先の石は、ヤークトの右の前脚の付け根に突き刺さると、フルフトが持っていた槍の柄を折りました。


 フルフトとヤークトは、お互いに、好敵手(ライバル)でありました。ヤークトの体に刻まれた幾筋もの傷痕も、フルフトが付けた物でした。フルフトは、槍が折れた後も、腰に付けた石器のナイフを鞘から抜いて、ヤークトの顔を切り付けました。ヤークトもヤークトで、右脚に、石器の槍先を食い込ませたまま、地べたに倒れたフルフトの体の上から、牙を剥き出して、噛み付こうとしていました。

「(ああ……。)」

 フルフトのナイフは、何度も、ヤークトの顔に傷を負わします。

「(ああ……!!)」

 その一方で、ヤークトの鋭い爪も、フルフトの裸の体を引っ掻き、血を流させておりました。もう、幾度となく繰り返された、この二人の戦いも、やがては、いつも通りに、他の人間たちが、震える手に槍を持ち、フルフトのもとにやって来ることで、終わりを告げました。

「(あ……。)」

 ヤークトは、倒れるフルフトを見下ろしながら、そっと爪と牙を引っ込めました。そして、体の向きを変えると、最後に、人間たちを前にして、ヤークトは、血を流しながらも、大口を開けて、牙を剥き出して、吼え、雄叫びを上げて、去って行きました。人間たちは、皆、ヤークトの巨体に怯え、恐怖しました。それでも、フルフト一人だけは、血を流しながらも、ヤークトの雄叫びに、身を震わせることもなく、お互いの健闘を称えた勇者のように、去り行くヤークトの後ろ姿を眺めていました。


 フルフトのいる人間の集団は、ヤークトを神として、崇めておりました。彼らは、遠い南の土地から、牛や馬の仲間を追い掛けて、この地へやって来ました。そして、ヤークトに出会いました。もう既に、何人もの仲間たちが、ヤークトの爪に引き裂かれ、牙で体を食い千切られています。それでも、彼らは、この地に住むしかありません。というのも、南の暖かい地から来た彼らにとっては、これより北の地は、氷に閉ざされて、寒く、生きて行くことはできません。南に戻るとしても、その地は、もはや、森や林は枯れて、暑いサバンナとなっていました。

「狩りに出るときは、おれがついていく。」

 仲間を前に、フルフトはそう言いました。あるとき、ヤークトが獲物を探して、草原を歩いていると、やはり、また、人間の集団がおりました。彼らは、草原の草を食む牛の仲間を狙っているところでした。その中には、フルフトもいました。彼は、新しい石器の槍を持ち、腰には、いつものナイフを帯びていました。人間たちが、牛に気を取られている中で、フルフトだけは、皆の後ろを眺めて、ヤークトの襲撃に気を配っています。

「どっ……!!」

 ヤークトは、そのフルフトを目がけて、突進しました。もう、何度となく、繰り広げられた二匹の勇者の戦いに、ヤークトも、そろそろ決着をつけたいと思っていました。しかし、その一方では、新しくこの地に来たフルフトのことを、ヤークトは、勇者と認めていました。この地に於いて、ヤークトに敵う動物は、他にはいませんでした。同じ、ライオンの中でも、一際、強く、大きく、たくましいヤークトは、自らに向かって来る敵たちを、なぎ倒し、その爪と牙で、引き裂き、胃袋の中へと詰め込んでいました。そんなヤークトを動物たちは、恐れ、ひれ伏し、彼が来ると、皆、水場を譲り、逃げ出しました。そんな中、新しく来たこの勇者は、ヤークトに勇敢に立ち向かい、彼が持つ、不思議な形の牙や爪を突き立て、ヤークトに傷を負わせました。

「(赤い血……。)」

 そのとき、初めて、ヤークトは、自分にも、他の動物たちと同じように、赤い血が、体の中に流れていることを知ることができました。


「(どっ……!!)」

 この戦いが、永遠に続くことと、いずれは終わることを、同時に願いながら、ヤークトはフルフトに襲いかかりました。既に、フルフトも、ヤークトの姿に気付き、槍を構えています。

「ブオー!!」

 そのとき、ヤークトの存在に気が付いた野牛の群れが、突然、大きな叫び声を上げて、地面を揺らし始めました。その出来事に、一瞬間、フルフトは、気を取られてしまいました。そして、気が付いたときには、もはや、止めることのできないヤークトの爪が、フルフトの体を突き刺していました。ヤークトの、肉食獣としての本能は、胸から血を流すヤークトの頸筋に、自らの牙を突き立てました。フルフトは、死にました。

「死んだ……。……が死んだ!?」

 神の口に咥えられた勇者の姿を見て、人間たちは、皆、野牛と共に、その場を去って行きました。血を流すフルフトの骸を咥えながら、その姿を見送っていたヤークトも、やがて、草原の草むらの中を、洞穴へと帰って行きました。


 フルフトが死んだ後、いつの間にか、この地に、あの奇妙な猿の仲間の姿を見ることはなくなりました。ヤークトも、また、一匹のライオンとして、洞穴の中で暮らしていました。依然、草原では、皆、ヤークトの姿を見ると、そそくさと、あるいは、叫び声を上げて、逃げて行きます。その中の一匹を、また、ヤークトは、今日の晩餐として、何の苦労もなく、捕らえ、食していました。

 あるとき、ヤークトが住む洞穴がある地から、少し離れた所に、あの二足歩行の猿たちが、姿を現すということを、ヤークトは知りました。

「どっ……。」

 それは、紛れもなく、あのフルフトと同じ仲間の猿でありました。

「(ああ……。)」

 かつて、草原で見た勇者の姿を思いながら、ヤークトは、人間たちの群れに向かって、爪を立て、牙を剥き、襲いかかって行きました。

「あ……!?」

 彼らは、やはり、皆、ヤークトを見ると、一目散に、その場を逃れ、散り散りになりました。その中で、ヤークトは、一際、大きく、あの不思議な形をした爪を持っている一匹を、標的に据えて、筋肉を漲らせ、地面を駆けて、行きました。

「ああ……。」

 やがて、その猿は、くるっと、ヤークトの方を向きました。そして、手にした槍を放り投げ、地面に頭をこすり付け、ひたすらに、この神の如き存在の獣に、許しを請い、大地に祈りを捧げました。

「(ああ……。)」

 ヤークトにその意味は、分かりませんでした。しかし、その中に、かつてのフルフトと同じような姿は見られませんでした。生を望み、死を遠ざけようとするその哀れな動物の姿を後に、ヤークトは、今宵の食糧のことも忘れ、そのまま、向きを変えて、洞穴の方へと帰って行きました。


 ヤークトは、一匹のライオンに戻りました。雨が降り続き、雪が降り積もり、その後、草原が林に変わる頃には、また、あの奇妙な猿の仲間たちが、この地にやって来ました。そこで、彼らは、洞穴の中で、朽ち、腐り果てて行く、巨大なライオンの死骸を目にしました。そのライオンの傍らには、おそらく、このライオンの食糧になったのであろう動物たちの骨が散らばっておりました。そして、その中には、おそらく、これも、このライオンの獲物になり、腹の中に収められてしまったのであろう人間の骨もありました。

「これは、いつか昔語りに聞いたこの地の神であろう。」

 その洞穴の中で、特に、新しくこの土地にやって来た人々の目に付いたのは、辺りに散乱する骨の中で、一際、多くの傷痕を負った人間の骨であり、また、この神の体の骨にも、幾筋もの、石器で付けられたのであろう傷痕があることなのでありました。

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