幼馴染の妹「お兄さんのえっちで淫らなママになってあげます♡」
ダメだった。
どうしてか今日だけはベッドから起き上がれなかった。
「どうしたんだ、俺……」
いつもなら『怠い』『面倒くさい』とか言いつつも出勤できるんだけど、気持ちが入らない。
なんとか風邪なので……と電話して休暇を取れたけど、この状態では明日はどうなるか。
現に朝から用を足す以外、ベッドから動かずにただずっとぼうっとしていた。
「もう夕方か……」
カーテンの隙間から覗ける景色はすでに薄暗くなっていた。
そんなにも経っていたのか……。
体力的には十分に休みは取れたと思う。
それでも気持ちが前向きにならないのは……。
「はぁ……明日からどうなるんだろう」
上京してきた慣れない土地で知らない間にストレスでも溜め込んでいたのか。
少しでも仕事に行く気になれていたらいいけど……。
一度そう考えてしまうとどんどん深みにはまっていく。
だけど、軽やかなチャイムが憂鬱に浸っていた俺を現実に呼び戻した。
「こんな時間に誰だ……?」
宅配も頼んだ記憶はない。仕事仲間もまだ勤務時間。
なら、勧誘の類かな。放置でよし。
しばらくしたら帰っていくだろう。
しかし、俺の予想は裏切られ、二度三度とチャイムが繰り返される。
「……なんだよ、しつこいな!」
八つ当たりの気持ちもあったんだろう。
どたどたと床を踏み鳴らしながら、玄関に向かって思い切りドアを開けた。
『しつこい!』
そう怒鳴ろうとしたが、言葉は出る寸前で引っ込んだ。
なぜなら、家の前にいたのは俺のよく知る人物だったからだ。
「お、お兄さん、こんばんは。あの……ご迷惑でしたか?」
春町夢乃。俺の幼馴染の妹が不安げな瞳で、こちらをのぞき込んでいた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺が住むマンションの隣部屋には幼稚園からの腐れ縁が暮らしている。
夢乃ちゃんはそいつの妹だ。
小さい頃から一緒に遊んでいた彼女は姉と違って大人しい子だった。
だから、高校進学のために上京したって挨拶に来た時はビックリしたっけ。
通勤時間と彼女の家を出る時間が被っていることもあって駅まで喋ったりはしているけど……。
「……っ……っ」
こうやって落ち着いて話すのは久しぶりだ。
彼女も緊張してるのか、さっきからキョロキョロと目が忙しない。
それとも俺の部屋の汚さに驚いているのかもな。
お世辞にも綺麗に整頓されているとは言えない。
「ごめんね。散らかっているけど……」
「い、いえいえ! お構いなく!」
ブンブンと左右に頭を振る夢乃ちゃん。
彼女のツインテールが一拍遅れてペチペチと顔を叩いた。
「いたっ」
「だ、大丈夫?」
「は、はい! 大丈夫です!」
今度は縦に荒ぶるツインテール。
そんな彼女の様子がおかしくて、笑うのを堪えられなかった。
「ご、ごめんね。なかなか見れない光景だったから我慢できなくて」
言い訳をしながら、彼女の顔を伺う。
からかわれたと思って怒っているだろうか。
恥ずかしがって真っ赤にしているかもしれない。
正解はどちらでもなかった。
彼女はホッと安堵したような、慈しみすら感じられる優しい笑顔をしていた。
「よかった……」
思わず見惚れてしまい、言葉を発せない俺を置いて夢乃ちゃんは続ける。
「お兄さん、やっと笑ってくれました」
「……え、え?」
「……気づいてなかったんですか?」
彼女の言葉の意味が理解できず、口ごもる。
それじゃあ、まるで俺が笑ってなかったみたいじゃないか。
「お兄さん。ずっと辛そうな顔していましたよ」
い、いやいや! 確かに前向きに出社した覚えはないけど、それでも表情くらいは取り繕っていたはずだ。
だけど、彼女は俺の心の声さえも論破していく。
「朝の時も目に元気がなくて……お兄さんはもしかしたらずっと辛い思いをしているのかなって思ってて……」
「……そんな風に見えてた?」
「えっと、その、はい……」
言葉の勢いは控えめでも、その瞳には揺るぎない確信が見て取れる。
そっか……。俺にはこんなに心配してくれる人がいたんだな。
自分の状態を把握したことよりも、そっちの方が嬉しかった。
毎日忙しなく時間を浪費していく中で、どこか失っていた人とのつながり。
独りを感じて精神が摩耗していたのかもしれない。
その証拠にさきほどまでと比べて活力が沸いてきた。
「……夢乃ちゃん、ありがとう」
感謝の意を示すべく頭を下げる。
すると、彼女はまた一気にアワアワと落ち着きをなくす。
「そそそんなっ! お礼を言われることなんてしてませんから!」
「いいや、何でも言う。ありがとう。おかげで調子が戻ってきたよ」
「えへへ……」
小さな頭を撫でると彼女はくすぐったそうに目を細める。
昔を思い出すな。こうやってされるのが夢乃ちゃんは好きなんだっけ。
「よし! お礼に今日の晩御飯は俺がなんでも奢ってあげよう!」
「えっ!? いいですよ、別に!」
「遠慮はいらないぞ? 俺は夢乃ちゃんのためならなんだってしてあげたいんだ」
「……なんでも、ですか?」
……ん? なんだか雰囲気が変わったような……気のせいか。
「男に二言はない。もちろんだとも」
「じゃあ、私……お兄さんにしてあげたいことがあるんです」
「それだとお礼にならないじゃないか」
フルフルと首を振る夢乃ちゃん。
「これは私が私のためにしたいことですから……やっぱりダメですか?」
どうやら夢乃ちゃんの意思は固いようだ。
俺は損しないし、頼んでいるのはこちら側。
折れて、彼女のやりたい風にさせてあげるのが大人の対応だろう。
「わかった。それで俺になにをしてくれるの?」
「それじゃあ、ここに寝転んでください」
そう言って夢乃ちゃんは膝をポンポンと叩く。
スカートから張りのいい健康的な太ももが見え隠れしていた。
……いや、冷静に分析している場合じゃないだろ。
「ゆ、夢乃ちゃん? これはいったい……」
「私、ちゃんと調べてきたんです。こういう時って男性は母性を求めるんですよね?」
「うん……ん?」
「だから、その恥ずかしいんですけど、お兄さんを癒してあげたいから……えいっ!」
いきなり彼女に引っ張り倒された俺は顔面から彼女の太ももにダイブする。
柔らかな感触と女の子特有の甘い香りで頭の中が真っ白になった。
「えへへ……どうですか、お兄さん。膝枕、気持ちいいですか?」
『はい』か『いいえ』の二択で聞かれればもちろん『はい』と答える。
膝枕ってこんなにもすごいのか?
ただ寝ているだけだっていうのに、ものすごく癒されていく。
頭からつま先へかけて太ももヒーリングによって疲れが抜けていくようだ。
「いっぱい私に甘えてください。私、お兄さんをたくさんたっくさ~ん癒してあげたいんです」
ゆっくり頭を撫でられる。
包み込んでくれる温かさを持った小さな手。
それでも夢乃ちゃんを生まれた時から知っている俺には大きく成長したと感じられた。
「なんでだかわかりますか……?」
気が抜けていたところに耳元へのささやき。
いや、ちょっと待て。
夢乃ちゃんはどんな体勢をしている?
俺の後頭部に当たっているふにゅふにゅと柔らかい感触は……まさかあれだろうか。
前にかがむように体を折りたたまないと俺の耳近くでは囁けないだろう。
「ゆ、夢乃ちゃん?」
「……今は幼馴染の妹の夢乃ちゃんじゃありませんよ。だって、私のお願いは……」
太ももと胸に挟まれ、理性と本能のはざまで揺れ動いている俺の意識。
彼女はそこへ割り込むように、耳を通して直接脳へ届ける甘い声で想いを口にする。
「お兄さんのえっちで淫らなママになってあげます♡」
プツンとなにか張りつめた糸が切れる音がした。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
俺は仕事に対して熱心に取り組めないダメな人間だ。
そのくせ自己管理もできない典型的な生きるためだけに働く社畜。
社会を回す歯車になれているかさえ、わからない。
ついこの間まで生きる活力を失っていたような男。
だけど、そんな俺にも理解のある彼女ちゃんがいます。
「はーい、お兄さん。今日もママにいっぱい、い~っぱい甘えて元気出しましょうねぇ」
「バブバブ!」
「元気いっぱいだね。お仕事よく頑張ってきました~。えらいぞ~」
「キャッキャッ!」
あの後、俺は夢乃ちゃんに想いを伝えられて晴れて付き合うこととなった。
それと同時に赤ちゃんプレイにハマった。
彼女の底知れぬ優しさが俺を童心に帰らせるのだ。
初めこそ抵抗していたけれど、夢乃ちゃんが望んでいる。
それでいて、俺のストレスも軽減される。
決して夢乃ちゃんの豊満な胸に負けたのではなく、お互いにウィンウィンだからばぶぅ……。
頭をぎゅっと抱きしめられる。
こうされると俺はもう抵抗ができない。
夢乃ちゃんからはマイナスイオンが出てると思う。抱擁されるだけで全身から疲れがなくなっていくから間違いない。
俺はもうきっと夢乃ちゃんがいないと生きていけないだろう。
そんなレベルにまで達している気がする。
「ふふふ~。おにい~さん」
でも、こんな愛の形があってもいいと思う。
だって、彼女は笑顔でとても幸せそうなのだから。
この世界は他の誰にも邪魔されない俺たちだけの世界。
「これでお兄さんはずっとずーっと私と依存したまま、ですね?」
あの日から何度も何度もささやかれ続けた言葉を聞いて、俺も「もちろんだよ」と返すのであった。
このまま二人は永遠に一緒に暮らして、二人だけで幸せな人生を送りました。