まいごのスゥ
「冬の童話祭2021」への参加作品です。
テーマは「さがしもの」
薄暗い森の中。
アスは、心細い気持ちでとぼとぼ歩いていました。
お母さんに言われて家を出てきましたが、こんな遠くまで来たのは初めてです。
森は暗いし、じめっとしているし、色々な生き物の気配がしているし、アスはもう家に帰りたい気持ちでいっぱいです。
それでも頑張って歩いていると、遠くから泣き声が聞こえてきました。
「うわああん! ママ! ママー!!」
アスがおっかなびっくり様子を伺うと、とても不思議な生き物が泣いていました。
どうやら迷子のようです。
少し迷いましたが、迷子はずっと泣いているばかりなので、アスは思い切って声をかけてみることにしました。
「どうしたの? お母さんとはぐれたの?」
羽根と長い尻尾があって、黄色い毛が生えていて、赤い冠を被った不思議な生き物は、アスが話しかけるとびっくりして泣き止みました。
「名前は言える?」
「……スゥのなまえは、スゥだよ」
不思議な生き物は、スゥというらしいです。
くりんとした可愛らしい目が、アスをじっと見返しています。
「僕はアス。スゥは、どこから来たかわかる?」
アスの問いかけに、スゥは首を横に振りました。
「そっかあ。お母さんのところへ連れて行ってあげたいけど、スゥのお家がわからないとなあ」
「うう……ママぁ…………」
「あっあっ、泣かないで」
また泣き出しそうになったスゥに、アスは困ってしまいました。
すると、遠くの方からじっと様子を見ていたリスが、アスに声をかけてきます。
「ちょっとあんた! その子の親を探してあげておくれよ。そのデカいのにずっと森で泣かれて、あたしたちだって困ってるんだ。あんたなら、その子よりデカいから探せるだろ?」
急に声がしたので、アスはびっくりして振り返りました。
確かに、リスもウサギも小鳥たちも、森の生き物たちはアスやスゥよりもずっとずっと小さいです。
あんな小くては、スゥの泣き声はとても大きくて煩かったことでしょう。
アスは、一番大きい自分が、スゥや森の生き物たちを助けなくては、と思いました。
それに、こんなに可愛いのに、迷子になってしまったかわいそうなスゥを守ってあげられるのは、アスしかいません。
「リスさんは、この子のお家を知ってますか?」
「さてね。北の花畑の方から来たのは見てたけど。ああ、黄色い毛と羽根があるからミツバチの仲間かもしれないよ。花畑にいるから聞いてごらん」
なるほど、スゥは黄色い毛と羽根が生えています。
それに、あちこち飛び回っているミツバチなら、この子のお母さんを見たことがあるかもしれません。
「そっか。スゥ、僕が一緒にスゥのお母さんを探してあげるね」
「アスが? ほんとう? ママにあえる?」
「会えるまで探してあげるよ。ね、一緒に行こう」
「……うん」
花畑とミツバチのことを教えてくれたリスにお礼を言おうとしましたが、アスが振り返るとリスはもういませんでした。
リスは、アスとスゥが話している間に逃げるように遠くへ行ってしまっていたのです。
「とりあえず、花畑に行ってみようか。ミツバチなら、何か知ってるかもしれないよ」
そうして、アスとスゥは北の花畑に行きました。
色とりどりの花が咲く花畑は、とてもいい香りがします。
忙しく動き回るミツバチを見つけて、アスは話しかけてみました。
「ミツバチさん。あなたはこの子のお母さんですか?」
「そんなわけないでしょ。まるで大きさが違うし、羽根の形も全然違うじゃない」
言われる通り、スゥとミツバチは全く似ていません。
スゥはアスほどではないですが、ミツバチよりはずっと大きいです。
どちらにも黄色い毛は生えていますが、スゥの羽は硬い布のような三角なのにミツバチの羽根は薄い紙のような丸なのです。
「羽根があるなら、その子は鳥の仲間じゃないの? 西の湖に行けば大きな鳥もたくさんいるわよ。わかったらさっさと行ってちょうだい。あんたたちみたいなデカいのに花を踏まれちゃたまんないわ!」
ミツバチは、そう言うとさっさとまた忙しそうに飛んで行ってしまいました。
「違ったね。西の湖に行ってみようか」
「……うん」
アスとスゥは、ミツバチに言われた西の湖へ向かいました。
そこにいたのは、大きなワシです。
羽根は黄色くないですが、どことなくスゥと顔が似ています。
それにミツバチよりも大きいです。
「ワシさん。あなたはこの子のお母さんですか?」
アスが話しかけると、ワシはぎょっと目を剥いてアスとスゥを見返しました。
「冗談じゃない。こんな恐ろしい生き物の親なわけがあるか。頭に冠があるから、恐ろしい人間の仲間だろう? 人間の王は冠を被っているぞ。わかったら南の街の城に行け」
早口でまくし立てたワシは、大きな羽根を広げてどこかへ飛んで行ってしまいました。
「……スゥ、おそろしい?」
ちょこんと首を傾げたスゥが、悲しそうに言います。
こんなに可愛らしいスゥが恐ろしいなんて、ワシはどうしてしまったのでしょうか。
「恐ろしくなんかないよ! スゥはかわいい!」
力いっぱい言うと、スゥのくりんとした目がきゅるきゅると動いてアスを見つめます。
アスは、やっぱりスゥは可愛いなと思いました。
リスやミツバチよりは大きいけれど、アスよりも小さくて可愛いスゥ。
やっぱり、スゥのことはアスが守ってあげなければなりません。
「南の街に行こう。人間の王なら、スゥのお母さんのことを知ってるかもしれないよ」
「でも、にんげん、おそろしい」
「大丈夫。僕のお母さんは、人間なんて大したことないって言ってたから。ワシは怖がりなだけなんだよ」
アスは、スゥの頭をそうっと撫でてあげました。
撫でられたスゥはびっくりして、それからくりんとした目をちょこんと下げて笑いました。
スゥがあんまり可愛く笑うので、アスの方がびっくりしてしまいます。
もしもスゥのお母さんが見つからなかったら、アスがスゥのお兄ちゃんになってあげよう、と思いました。
それから、アスとスゥは南の街に行きました。
街にはたくさんの人間がいますが、王の住んでいるところはお城の中です。
お城へ向かったアスとスゥは、すぐに王を見つけました。
スゥとよく似た赤い冠を頭に乗せていたので、すぐにわかったのです。
「人間の王さん。あなたはこの子のお母さんですか?」
「いいいいいえいえいえいえいえ、滅相もございませんんんんん! わ、わたしのような者が、ま、まさかそのようななななな」
人間の王は、なんだかぶるぶる震えています。
やっぱり全然恐ろしくないじゃないかと思いながら、アスはスゥを見ました。
同じことを考えていたのか、スゥもアスを見てちょこんと笑いました。
「それなら、この子のお母さんがどこにいるか知りませんか?」
アスが聞くと、人間の王の隣で同じように震えていた人間が、王にこそりと耳打ちをします。
「あ、ああ、そそそうですな、ひひひ東の山にいるヒュド……いえ、ヘビに聞いてみたらいかがでしょううう。そそそのコ……なな長い尻尾がヘビによく似ていますからららら」
「そうですか。ありがとう、東の山に行ってみます」
「とととんでもないことです。あわよくば共倒れ……いいいいいえいえいえいえ、お気を付けて。できれば二度と来ないで……いやいやいやいやお母さんが見つかるといいですねっ!」
ぶるぶる震える人間たちに、アスは頭を下げました。
人間たちは、アスの頭が近くに来ると「ひいっ!」と変な声を出してぺたんと地面に座ってしまいます。
アスは、人間を見るのは初めてでしたが、とても面白い生き物だと思いました。
こんなに震えていて、とっても親切で、アスは人間がとても気に入りました。
もしもスゥのお母さんが見つからなかったら、お兄ちゃんになったアスと弟になったスゥの二人で、人間の街に住んでもいいかと考えます。
面白かった人間の街を後にして、アスとスゥは東の山に着きました。
人間の王が言っていたヘビはすぐに見つかりました。
なぜなら、とても大きかったからです。
アスのお母さんよりヘビの方が少し小さいですが、ヘビには頭が九個もありました。
どの頭もスゥとは似ていません。
でも確かに、尻尾はスゥとそっくりです。
それに、小さいけれどスゥとそっくりの羽根もありました。
「ヘビさん。あなたはこの子のお母さんですか?」
アスが話しかけると、ヘビはふんっと生温かい息を吐いてアスとスゥにかけました。
なんだか不思議な匂いがします。
「そうだねえ、どうだろうねえ。よく見えないから、もう少し近くまで来ておくれ」
アスはスゥを連れて、ヘビの近くに寄ろうとします。
けれどその瞬間、縦長に割れたヘビの瞳が不気味に光ったように見えました。
なんだか嫌な感じがして、アスはスゥの腕を掴みました。
そのままアスが後ろへ飛び退くのと、ヘビの九個の頭がアスたちのいた場所へ襲いかかるのは同時でした。
牙を剥いて目を見開いた九個の頭が、逃げたアスとスゥを忌々しげに睨みます。
「危ないじゃないかっ!」
「ふんっ。まだ子供でも、あたしの毒の息も石化の瞳も効かない相手だ。今のうちに食ってしまおうとしただけさ!」
一個のヘビの頭がそう言って、残りの八個がまた襲ってきます。
アスは焦りました。
一人ならヘビから逃げることはできそうですが、スゥを守りながらでは逃げ切れません。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。
アスは泣きたくなりました。
でも、アスよりずっと小さいスゥだけ置いて逃げることはできません。
困って困って、とうとうアスは叫びました。
「お母さあああん!!」
そのときです。
ごおっという熱風と共に、ヘビの体が炎に包まれました。
「ぎゃああああああ!!」
熱さにのたうちまわるヘビの向こうから、大きな影がこちらを見ています。
「まったく、なにが『お母さああん』だよ、このバカ息子! ヒュドラなんかにナメられてどうすんの!」
「お母さん!!」
大きな影は、アスのお母さんだったのです。
スゥはヘビがよっぽど怖かったのか、アスにしがみついたまま離れません。
アスは優しくスゥの頭を撫でてあげました。
アスの体に隠れていた小さなスゥに気が付くと、アスのお母さんは「おや?」と目を細めました。
「珍しい。天然コカトリスの幼生体じゃない。アスはともかく、ヒュドラに襲われてこの子も無事なのは、ヒュドラと同じ毒と石化の力があったからね。まだ小さいから、自分で力を使うことはできないみたいだけど」
「スゥは、コカトリス、なの?」
ちょこんと小首を傾げたスゥの、くりんとした瞳が揺らめきました。
「そうよ。鶏の頭とドラゴンの翼、ヘビの尻尾に黄色い羽毛、間違いないわね。今やコカトリスは殆どが飼育されてて、偶然どこかで生まれるのはとても珍しいのよ」
「そうなんだ。スゥ、良かったね。これでお母さんを探せるよ!」
「あんたは何言ってんの」
スゥの種族がわかったので、コカトリスの巣を探せば簡単にスゥのお母さんは見つかるはずです。
喜んだアスを、アスのお母さんはじろりと睨みます。
「コカトリスは雄鶏が生んだ卵をカエルが温めて孵るんだよ。お母さんなんていないし、いたところで鶏やカエルにコカトリスを育てられるわけないでしょ」
「えええええええ!?」
アスの大きな声にびっくりしたスゥが、びくりと動いて目を丸くしました。
暗い森で迷子になって、泣きながら母さんを探していた可愛いスゥ。
なのに、お母さんがいないなんてあんまりにも可哀想です。
だけどアスのお母さんは、とっても素敵な解決策を持っていました。
「まあ、まだ幼生体だしねえ。コカトリスは遠い親戚みたいなもんだし、もう少し大きくなるまで家に来る?」
「!!」
スゥがアスのお家にくれば、スゥにお母さんができます。
それに、これで本当にアスはスゥのお兄ちゃんになれるのです。
「やったね、スゥ! 一緒に家に帰ろう!」
アスは喜んでぴょんぴょん飛び跳ねました。
どすんどすんと地面が揺れて、ばさりと広がった翼を風がすうっと通り抜けます。
けれど、やっぱりアスのお母さんはアスのことをじろりと睨んだのです。
「あんたはドラゴンのくせにまともに飛ぶこともできないの!? コカトリスのことも知らないし、ブレスも吐けず眷属のヒュドラ一匹倒せない貧弱さ! 力と知識の象徴とまで言われたドラゴンの恥晒しだよ!」
お母さんに本気で怒られて、アスは長い首を引っ込めます。
スゥは、きゅるんと瞳を動かしてアスとアスのお母さんを交互に見ていました。
「ニートだかなんだか知らないけど、三百歳にもなるドラゴンがいつまでも親の脛齧って家でだらだらしてんじゃないよ。あんたはもう家を追い出されたんだから、帰って来られないからね!」
「そんなぁ……」
アスは情けない声を出しました。
きゅるんと目を動かして二匹のドラゴンのやりとりを見ていたスゥは、ちてちて歩いてアスのところからアスのお母さんのところへ移動しました。
「アスは、スゥのママ、みつけてくれた。ありがとう。バイバイ!」
スゥは、くりんとした目をとろんと蕩けさせて、にっこり笑いました。
「スゥまで!? そんなぁ……!!」
アスは絶望的な声をあげました。
でも、可愛い弟に可愛い笑顔でそう言われたら、もう家に帰るわけにはいきません。
スゥを背中に乗せたお母さんは、アスを一瞥するとふわりと飛んで行きました。
帰って行く二人を見送って、アスは大きな溜め息をつきます。
「はあ〜ぁ、これからどうしよう。……そうだ、面白くて親切な人間たちのいる街に行こうかな……」
それから、人間の街に再び現れた三百歳の無知で貧弱なドラゴンがどうなったのか。
それを知る者は、誰もいないのでした。
めでたしめでたし(?)