この解呪はどこかおかしい16
来ない……すでに1時間くらいは経っているはずなのにホークが来る気配が無い。
来ないなら来ないで別に良いんだが、培養槽で眠っているラグナがピクピクと動いている。
発作とか痙攣とかそんな感じの震えかただ。
なんだろ……この震えかたってヤバいやつだよな?
放っといて良いかな?
……下手に目覚めるとこっちが危ないし、放っておこう。
「ユーナのほうはほとんど完治している感じだな。後は雪のほうだけど……」
「雪殿は特に重症だったでござるからなぁ」
「雪……大丈夫……この中に入っていれば……完治はする」
呼吸をほとんどしていなかったほど重症だったし、思った以上に時間がかかるようだが……これ以上、ここに居座るのは正直言って心臓に悪い。
次から次へと嫌なことが起こるし……ま、敵の本拠地だから当然なんだろうけど。
最悪、ユーナが起きたらいったん戻るか。
ホークが雪を好いていたようだし危険な目には遭わないと思うが……クローンを作りそうだし、やはり放って置くわけにはいかないか。
結局、2人の回復を待つしか無いということだな。
グゥゥゥ
「リュージ殿……吾輩、そろそろ何か食べたいでござるよ」
「我慢しろって、俺だって腹減ってるんだ」
「上にレストランあるけど……敵もいっぱい……」
余計なこと教えなくていいって、愛輝が空腹のあまり暴走したら大変だ。
ユーナに無理矢理、ここに来させられてからすでに6時間ほど経ってる。
地下だからわからないが、外は日が暮れているはずだ。
明日の朝に勇者と何名かの使徒は魔界へ進出するらしいし、それまで何も起こらなければいいが。
「ナデシコ、そういえばホークのデータベースと繋がっているって言ってたが、他にどんな情報があるんだ」
「ん……いろいろ……あるよ。何が……知りたい?」
「そうだな……勇者の最終目標とか」
「検索結果は……世界……征服?」
えっ……勇者が世界征服?
するのか、それとも何者かがしようとしているのを防ぐのか?
普通の勇者なら世界征服をしようとする魔王を退治するのが通例だが。
「えっと、世界征服を……」
「するのが……目標」
あちゃちゃ――……やっぱ、筋金入りの悪党だったか。
スライムの件で、もしかしたら世界救済のためにやりかたはどうであれ、行動に移しているのだと思ったが、どうやら違うみたいだ。
世界征服なんて魔王の仕事だろ?
勇者がそれをするって……何してんの!?
魔王が世界征服を止めるのか……以前、魔界へ行ったことあるが絶対に動きそうにない感じだったし、その件はあり得ないぞ。
「この世界の三大陸をすべて支配下に治めるつもりってことか?」
「うん……アルス大陸はもともと……勇者信仰が強いから……特に手を加える必要性は感じてなかった……みたいなんだけど……スライムの大量発生のせいで……アルス大陸の統一と……男の除去を始めて……二大陸の侵攻を……延期していたの」
そんな裏事情があったのか。
これはスライムに感謝するべき……でもないか。
男の除去ってなんだよ……以前、ホークが言ってた争いを生む原因だからとかそんな理由でか?
女にだって害悪になりそうな存在はいるだろ……男ばっかり敵視してんじゃねぇ!
少なくてもジョンおじさんやパリピ医者は良い人だったぞ、あと俺とかな!
魔界の体たらくは魔王のせいだし勇者が統一してしまうのは有りかも知れないけど、そのためにゴブリンやオークたちが蹂躙されるのは許せないな。
それに神界まで手を出すなんてことできるのか……間違っても神だろ、相手が?
「神界って行ったこと無いんだが、神族がいる大陸だろ? 相手は神なんだよな?」
「ガンデリオン大陸の……データは少ない……ホークも行ったこと無いし……詳細も知らされてない……みたい」
ってことは最後になりそうだな?
魔界は悪魔の下でゴブリンやオークが支配している大陸だったが、神界って何も知らないな。
おふくろのことも何かわかるかもしれないし、一度行ってみたいもんだ。
「そうだ、勇者はどうして救恤の使徒が死んだことを知ったんだ。救恤の使徒は魔界で死んだんだが」
「別動隊が……知らせてくれた」
別動隊がいたのか……あいつの直属のならず者たちは雪の支配下に置かれたと思っていたが、別行動をしていた奴らもいたのか。
「かめらとかいう……機械で取った……映像があるはず」
カメラか……スマホがある世界なら無いほうがおかしいよな。
まさか、別働隊が俺たちの姿を撮ってたりしないよな?
ナデシコが近くの机上にあるパソコンのような機械を操作し、画面に何枚かの画像が映し出される。
「これ……この巨人が……魔界の新兵器みたい」
これは、雪が召喚した人型機動兵器じゃないか。
なるほど……ビーム兵器に直撃した瞬間を撮られた訳か。
ん……魔界の新兵器だって?
「ゴブリンたちに……こんな兵器を作れる……技術があったことに……ホークも凄く悔しがってた……それで戦闘型クローンが……誕生したの」
えっと……そのですねぇ。
「勇者も……驚愕してたみたい……それで救恤の使徒の……仇討ちと言う名目を立てて今回……進行するの」
あの……その……えっとですねぇ。
「勤勉の使徒も……激怒し……」
スミマセンッ!
その兵器……雪が呼び出したものなんです!
魔界の技術なんて無いに等しい古代文明レベルなんです!
やってしまった……俺たちのせいで魔界進出が早まったんじゃないか!?
マッチポンプって言うんだっけ、こういうの。
今回の魔界侵攻が早まったのは俺たちのせいなんだから、せめてンマニエル村長たちや酷い扱いを受けている平民たちは助けてあげるべきだ。
ズズ……
トンネルの向こうから何か聞こえる。
ズズ……ズ
足を引きずって歩いて来ている人影が見える。
まさか、ホークか?
ナデシコがトンネルのほうへ行く。
「ホーク……どうしたの……」
どうやら、そのようだ。
ナデシコが肩を貸し、研究室へ入ってくる。
何があったんだ……また、酷い傷を受けている。
「あ、貴方たち……まだいたんですの?」
「ああ、まだユーナたちが完治しないからな」
「そ……う……」
「おい、大丈夫か? いったい、何があったんだ?」
「貴方たちに……は関係……ありません……わ」
いや、そうかもしれないけどさ。
ホークは椅子に腰かけ、すぐさまパソコンを操作する。
ビービービー!
警報が鳴り、ユーナと雪が入っている培養槽が蓋を開ける。
ドシャァ
ユーナと雪が培養槽から落とされる。
「何するんだ!?」
「その子たちは……もう大丈夫……ですわ」
「本当か!」
「培養液が……十分に……染み込んで……ます……わ。後は……ベッドで……休ませてあげて……くださいな。それより……早く……逃げ……」
ホークは気を失ったようだ。
もっと説明をしてほしかったんだが。
「ん……んん……」
ユーナがゆっくりと起き上がる。
なんていうグッドタイミング。
「あ…れ…ここは?」
「ユーナ、早速で悪いがテレポートだ!」
「えっ……え?」
「取り合えず、病院へ!」
「何なのかわからないけど……えいっ! テレポート!」
ヒュン
ホスピリパの総合病院の受付か?
すでに夜も遅くなっているため無人だ。
雪を先にどこかで休ませないと。
「ナデシコ、雪ちゃんを欽治の病室のベッドで休ませてあげてくれ。確か病室は2015室だ」
「ん……わかった」
ホークの言った通りなら、雪は自然回復するみたいだが……今はその言葉を信じるしかないか。
「よっこらせでござる!」
ドサッ
そういえば、愛輝もいたのを忘れていた。
何か音がしたが……って、ホーク!?
まさか、愛輝が連れてきたのか?
「いやぁ、ミッションクリアでござるな!」
「愛輝、よくやったわ! これでダーリンが目を覚ますわね!」
えっ……ちょっ……。
「早速、ダーリンの所へ引っ張っていくわよ!」
「ユーナ殿、了解でござる!」
待てって、ユーナ、愛輝……。
命の恩人に呪術を移すつもりなのか?
「くくく、ざまぁ見ろでござる! これでダリア嬢のライブも見れるでござるよ」
……この恩知らずどもがぁぁぁ!