この矛盾はどこかおかしい5
いったい、何が起こったんだ?
周囲を見回すが、動けるような人影など無い。
それにあのラグナに刺さっている大きな矢……あれって中世の武器でたまに見かけるバリスタ専用の大矢じゃないのか?
バリスタなんて、この辺にあったか……いや無かったはずだ?
ドスッ!
「ぬぉぉぉ……おのれ、小癪な!」
ラグナの右足に今度は突き刺さる。
音もなく飛んでくるから、避けようがないのか?
どこから撃っているのかわからないけど、遠距離からならよく当てれるな。
相当な射撃手みたいだ。
ピピピピ
「え……スマホの着信? リューくん、代わりに出てくれる?」
「あっ……はい」
ラグナの気が逸れているうちに、ルーシィさんのポケットからスマホを取り出す。
「もしもし、お母さん?」
「え……その声はニーニャさん?」
「その声は……リュージさんでしたか?」
「はい……それよりどうして、ニーニャさんが?」
「詳しいことは後で……私がそこの大男を何とかします。もう少ししたらユーナさんが来てくれますので、その後すぐに撤退を!」
「わ、わかりました。あ、あのニーニャさん……」
すでに通話は切れている。
お礼を言おうとしたが……ま、生きていたなら今度で良いか。
ドスッ!
「ぐぬぬぬ……誰だ、小細工などしやがって!」
「はは……さすが、あっしの愛娘なわけ」
「ルーシィさん……まさか、このバリスタって?」
「伝説級の狙撃手による超長距離狙撃ってわけ……ここなら……おそらく、ゼファー岳の山頂付近かな?」
なっ!?
首都からでも、うっすらと見えるカビル山脈の最高峰から?
直線にしても、数十キロはあるぞ!
ドシュッ!
今で4発目。
すべてラグナに命中している。
左胸、右足の太腿、左腕、そして今度は右肩近くに当たった。
胸を貫かれているのに何で死なないの?
「どこのどいつだ……こそこそと卑怯な……ぐぉぉ!」
だが、ラグナのダメージは大きいみたいだ。
一点突破をする弓矢のような細い攻撃はこいつには有効打みたいだな。
全身を強固な筋肉の鎧で固めていても、一極集中した攻撃は効くか。
……そういえば、ニーニャさんがユーナが何とかかんとか言ってたが。
そんな人影らしきもの見当たらないんだが……どこだ?
ヒュン!
「わっと! ええと……この辺りに?」
「ゆ……ユーナ!?」
テレポートで跳んできたのか?
だが、どうして?
捕まっていたわけでは無かったのか?
「あ……こらっ、リュージ! 私の眷属である貴方が簡単に死んでは私が困るのよ! 今回だって……」
ガシッ
「お……おいっ!」
「生きていて良かった……本当に……うぇぇ……」
感極まってかユーナが俺を抱きしめてくる。
俺もユーナを軽くハグする。
かなり長い間、会っていなかった気がするな。
「すまんな……お前のトマトジュースのおかげで助かったよ」
「も……もう! そうだ、ニーニャんのお願いで来たから、テレポートですぐにここから去るわよ!」
そうか、ユーナもテレポートが使える。
これなら逃げれる。
「わかった!」
「何者か知らぬが……貴様かぁぁぁ!」
ダッダッダッ
ラグナがユーナに近付いてくる。
くそっ……みんなを一か所に集めている時間が無い。
「ぬぉぉぉ!」
グゥン!
ラグナが大きく拳を振り上げる。
「と……跳ぶわよ!」
「仕方ない! やってくれ!」
「行かせぬわ!」
ドォン
まさかの拳覇……あれ、無事だ。
「き……貴様!?」
「きゅふ……きゅふふふ」
杏樹!?
生きてやがったのか?
いや、ラグナが死んだと言っていたし……生き返った!?
んな、馬鹿な!
「まさか、この世界に私を二度も逝かせられる人物がいるとはな! だが、そんなことはどうでもいい!」
ガシッ!
「きゃ! ちょ……ちょっと! 杏樹、苦しいわよ!」
「おぉぉ、この香り! まさしく、私のユーナだ!」
ユーナに抱き着き頬ずりをしている。
そんなことは後にしろ!
今はとにかく、逃げないと!
「ははっ……なんとか、みんなを一か所に集めたわけ……」
ルーシィさん……俺たちが馬鹿やっている間に集めてくれたのか。
「ユーナ、跳んでくれ!」
「わ、わかったわ!」
「貴様ら! 逃がし……」
ヒュン
ドサッ
「に……逃げて来られた!?」
「おぉぉ……私のニーニャまで! えっと、ここは楽園ですか?」
ばふっ!
杏樹が躊躇なくニーニャに抱きつく。
今回は避ける暇も無かったようで……くぅ、俺も抱き着きたいなぁ。
「ちょ……ちょっと! 杏樹さん!」
ニーニャさんの服装がいつもと違うから、一瞬誰だか、わからなかった。
後から聞いたことだが、エルフ族に代々伝わる戦闘服らしい。
いつもより露出が多いから、可愛さも何倍にもアップして……むほぉぉ、エルフ族の戦闘服を考案した人、センスあるぜ!
「ニーニャ……助かった……わけ……」
「お母さん!? 大丈夫ですか!?」
「ここはちょっと冷えるわけね……」
そりゃ、そうだ。
辺り一面、雪景色だし。
どうやら本当にゼファー岳の一角らしい。
この距離から撃ったのか?
ラグナどころか、街のタワーもほとんど見えないぞ。
晴天のため、なんとか街がうっすら見える程度だ。
「ユーナ、MPはまだ残っているか? ルーシィさんや欽治のためにホスピリパの病院に行くべきだと思うんだが?」
「そうね……そこなら安心だし。それじゃ、もう一回跳ぶわよ!」
ヒュン
ホスピリパの病院前まで来た。
俺は一足先にルーシィさんを抱えて院内に入る。
以前来たときに診察をしてもらったパリピ先生にロビーで会うことができ、先生もルーシィさんは知っているようで、すぐに緊急治療室へ運んでくれた。
「ルーシィさん……」
「大丈夫ですよ、ユーナさん。お母さんはエルフ……生命力は強いですから」
「ニーニャさん、今回は助かりました。でも、あいつらに捕まっていたはずでは?」
「そうですね。お互いに一度、情報交換でもしましょうか」
「そうよ、リュージ! 無事なら無事って先に言っときなさいよね!」
「そうだな、先に俺のほうから」
スリードにやられた後、ルーシィさんに助けられたこと。
俺が元はこの世界の住人で半分が神族ってこと。
その母親がユーナと同じと言うこと。
魔界へ行って救恤の使徒と対峙したこと。
勇者の城へ潜入し、ダリアと欽治を救出したことまでを伝えた。
「え……ちょっと、待って!? え……えっと……それじゃ、リュージは?」
ユーナは困惑しているな。
そりゃ、そうか。
俺だって未だに半分は信じ切れていないし。
「私は未来の私からお手紙をいただいて知りました。どうやら、リュージさんは産まれたときから、ずっと無意識に神の力を放っていたようですよ」
「神の力? 信力ではなくてですか?」
「ええ、それが何かは今の私にはわかりませんが。未来からのお手紙にも書かれていませんでしたし」
以前、未来の手紙を読んだニーニャさんが驚いていた内容はそれが書かれていたからなのか。
でも、神の力って?
今のニーニャさんにはわからなくて、未来にニーニャさん……いや、ダリアの言いかたで言えばパラレルワールドの未来のニーニャさんには感じられた力か。
……おいおい、それって……ルーシィさんが以前言っていた……いや、すでに戻ることも叶わない場所だし、これ以上は考えるのはよそう。
「次は私たちの武勇伝ね!」
「そうだな……うん? 武勇伝?」
「えっと、実際に私たちが捕らわれていたのは合ってるんです。けど、あのZ指定モンスターのおかげでうまく逃げることができたんです」
やっぱり、そうだったんだ。
捕らわれていたであろう場所である地下室は無人だったし。
これはあの怪獣型スライムに感謝しないとな。
「でも、ダーリンと欽治は捕まった直後に別々にされちゃってね。それで救出するために作戦を練っていたのよ」
「そうだったのか……それでどうして俺やルーシィさんがあそこにいるとわかったんだ?」
「ユーナさんの予知夢ですよ」
「予知夢?」
「そうなの……ふふん、ニーニャんはすぐに信じてくれなかったけど」
「内容はどういったものなんだ?」
「わからないの」
「は? 内容がわからないのに、俺たちの存在を知れるわけないだろ?」
「予知夢を見たのは確かなんだけど、あの場所にリュージがいるっていうのはなぜだか理解できたわ。欽治やルーシィさんまでいることはわからなかったけど」
俺の居場所だけわかった……これは俺とユーナの血が繋がっているからとかか?
でも、予知夢のおかげで助かったのは本当だしユーナに感謝しないとな。
ニーニャさんが少しの間、信じてくれなかったっていうのがちょっとショックだったけど。
「とにかく、それで今に至ったってことよ……感謝しなさい!」
感謝はしてるが……こいつの偉そうにしている理由が半分神だからってことがわかるとすごく腑に落ちるよな。
おそらく、今は信仰欲でものすごく気持ちがいいんだろう?
それでイったりするなよ……杏樹と変わらないくらい変態になってしまうからな。