この矛盾はどこかおかしい4
「何を笑っている? 何か隠し玉があるのなら今のうちに出すことをおすすめしよう」
「きゅふふふ……だが、男相手に私も無抵抗で死ぬ気など無い……リュージ!」
えっ……俺?
俺になんの用があるんだよ?
「さっさと酒を用意しろ!」
「酒……あっ、そうだった。酒ならここにあるぞ!」
「よこせ!」
手元にある缶チューハイをいくつか杏樹に投げ渡す。
戦闘中だというのに飲むのか?
いや、飲むんだろうな。
グビビビ
あら、良い飲みっぷり!
じゃなくて、一気に全部を平らげやがった。
「お前……舐めているのか? それとも今生最後の酒のつもりか?」
「うぃ――……ヒック。さっさとかかっれこひ」
酔うの早いな。
酒に強くないなら飲むなよって言いたいが、すでに手遅れだよな。
「ふん、そんなに酔ってしまっては戦えまい……なんともつまらんな。しらけさせやがって! もう……終わりにしてやる。次は生き返らないように肉塊に変えてな」
ドンッ!
ラグナが杏樹の傍まで一気に間を詰め殴りかかる。
「どっせぇぇぇい!」
ヒョイ
「うぃ――」
あんなに酔って躱したのか?
酔いで足元がふらついたのか……たまたまだろうな。
「まぐれなどいつまでも続かんわ!」
ズドドド!
「ぬぅぅぅん!」
ラグナが目に見えないほどの速さで連続パンチを杏樹に浴びせる。
ヒョイヒョイ
どれも杏樹に当たっていない!?
……いや、あれはたまたまじゃない。
あの不規則な動き……映画で見たことがある。
まさか……酔拳か?
「ふぉら、さっさとかかっれこひ!」
「ぬぅん! いつまでも幸運が続くと思うな!」
ズドドド!
ヒョイヒョイヒョイ
バシッ!
トリッキーな杏樹の動きにラグナが追い付いてこれていないのか?
酔拳の不規則な動きで突然繰り出される足蹴りをまともに食らってるし。
だが……一撃が弱いのか、ラグナにもダメージがない。
「くくく、その動き……楽しませてくれるねぇ! 99%の俺とまともに殺り合えるとは嬉しい限りだよ! やはり、黄泉から帰った奴は強くなる……俺の理論は間違っていなかった!」
いや、黄泉に行ったら普通は帰れないと思うんですけどね。
杏樹はどうやって生き返ったんだ?
それが謎のままだよな。
心臓の鼓動が人よりかなり遅くても、大剣で貫かれたら生きてるはずないしな。
欽治の見間違いだったのか……いや、バトルにおいては詳しい奴だし見間違えるなんてないだろうな。
蘇生魔法なんてものはこの世界に無いのはすでにわかっているし……まるでわからん。
「ヒック……もぅ、終わりかぁ?」
なんか杏樹の足元がさっきよりさらにおぼつかなくなってきているが酔拳だよな?
酔いが回って、危ない状況なんじゃないのか?
「そのような拳法があるとはな……世の中は広いものだ。では、本気で行くか」
ゴゴゴゴゴゴゴ
力を貯めこむラグナ。
遂に本気か?
「先に言っておくが99%と100%の壁は圧倒的に違う。貴様も死ぬ気でやらんと消えるぞ」
「かはっ……」
「ルーシィさん、大丈夫ですか?」
「こりゃ、凄い闘気なわけ……手負いのこの身体には堪えるわけね……うっ!」
ルーシィさんがまた吐血した。
顔色もさっきより悪い。
やはり、どこか内蔵が……?
急いで治療をしないと、ルーシィさんが……。
しかし、俺は治療魔法を習得していない。
いや、できないんだ。
なぜなら、ヒーラーじゃないから……どれだけレベルを上げても治療魔法は取得できないようになっている。
変なところで拘って作られている世界だよな。
ドサッ
雪が何の前触れも無く倒れた。
確認すると気を失っているようだ。
「リューくんも気をしっかりと持たないと意識が飛ばされるわけ!」
さっきから頭の中がぐらぐらするのはラグナの闘気の影響なのか?
確かに気を抜けば、何かに頭を強打したような感覚に襲われそうだ。
こんなところで全員、意識を無くしたら大変だぞ。
だが……ぐっ、これはずっと耐え続けるのは辛いものがあるな。
「雪ちゃんは……気を失ったけど……うっ! ……大丈夫なんですか?」
「気を失うだけ! 死にはしないけど……みんな気を失うとお終いってわけよ!」
やっぱ、そうなるよな。
ここにいる全員、ラグナの闘気に当てられて気を失うとそのまま捕らわれてしまうし、俺や愛輝は人生が終わってしまう。
だが、さすがに頭が割れそうだ。
杏樹……さっさと何とかしてくれ!
「ハァァァ……100%ォォォ!」
ドゥン!
周辺の空気が変わった。
……あれ、強烈な頭痛もいつの間にか消えている。
「あれが……ラグナの本気?」
「勝てないわけ……」
この空気でわかる。
もはや、次元が違う。
最終形態のスリードと対峙したときと同じ感覚だ。
足元がガクガクと勝手に震えだす。
俺が相手にしているわけでもなのに何を怖がっているんだ……俺。
欽治が何に怖がっているわけもようやくわかった。
これは……チートでも勝てない……例え、杏樹でも。
「うぃ――、ヒック……」
「……来ないのか? なら、こちらから行かせてもらおうかね?」
ドン!
ズドドド!
バキィ!
杏樹のトリッキーな動きでも躱せていない。
早すぎて何をしたかわからないが杏樹が何度か殴られ空中に浮き上がったのはわかる。
ドンッ!
「うぐ……かはっ!」
「少しは酔いが冷めたかね?」
「……ああ、まさか武者小路流奥義でも歯が立たない奴がいるなんてな。合格だ、逝かせてくれ……」
奥義だったの、あれ!?
他の技のほうが強そうだったぞ!
いや……まさか、また騙しているつもりか?
「くくく、素直でよろしい。では、酔いが冷めたところで真っ当な力と力のぶつかり合いといこうじゃないか! それで肉塊に変えてやろう」
「きゅふふふ……これで私は逝ける!?」
グワッ!
ブンッ!
ドン!
「ガハッ!」
両手足がぼろぼろの状態の杏樹に真っ当な技が繰り出せるわけも無く、ほとんどサンドバッグのように一方的にやられ続けている。
やはり、こいつには勝てないか……くそっ、敵の本拠地に乗り込んだのが失敗だったか!?
「……ふむ、どうやら100%はやりすぎのようだったな。節制しなければ」
ドサッ
杏樹がボロ雑巾のようになり地に伏せる。
まさか、死んだ……のか?
「杏樹!」
「杏樹っち! ……ごほっごほっ!」
「ルーシィさんは少し安静にしていてください。このままじゃ……」
「心配してくれてありがとなわけ。でも……」
ルーシィさんも必死に呼びかけるが答えない。
このままじゃ、本当に全滅だ。
何か……何か方法はないか!?
「無駄だよ……すでに死んでいる」
「なっ……ラグナァァァ! あんたって奴は……ゴボッ!」
ルーシィさんがラグナを睨めつける。
これでチェックメイトなのか?
足の震えがさっきからまったく収まらない。
俺は今回こそ死ぬ……そんなの嫌だ!
何か方法……くそっ、恐怖で思考がまとまらないのか?
「さて……できればそこの女とも闘ってみたかったがそのザマではな。だが、せっかく100%になったのだ。無駄だとしても抵抗してみないか? おい、そこのクソザコ……どうだ、最後の悪あがきでもしてみないかね?」
俺をご指名!?
む……無理だ。
足が……いや、身体が動かない。
恐怖で固まっているのか。
スリードのときとまったく同じ状態だ……し……死ぬ!?
「……恐怖で固まっているのかね? くくく、惨めだな」
こっちに来る。
今回はユーナもいないし、トマトジュースであいつを誤魔化せるって、そんな都合の良いこと無いよな……くそっ!
スリード戦でわかったはずだ!
逃げないといけないのに、なぜ身体が動かないんだ!?
「安心しろ。頭を潰して一瞬で終わらせてやる」
ラグナが俺に向けて大振りのパンチを放ってくる……死!?
ズガァァァン!
……あれ、生きている?
「ぬぅぅ……誰だ!?」
何が起こった?
ラグナを見ると、こいつの胸に大きな矢が突き刺さっている。