この矛盾はどこかおかしい2
「ちょっ! うわっ、この汚物が!」
「はははは! 以前のような勢いはどこに行った!」
杏樹も格闘家なだけあって、ラグナとの肉弾戦が目の前で繰り広げられている。
まだまだ本気を出していないラグナ相手に堅実に防御をしつつ、時折、攻撃をするといった感じだ。
ゴゥ!
ドォン!
サッ
お互いに距離を取る。
「くくく、まだまだだねぇ」
「ばっちぃな、あまり私に触れないでいただきたい」
「そうか……ならこれでどうだ」
パァン!
何をしたんだ?
離れた距離でラグナがストレートパンチのような動きをした途端、杏樹が一瞬怯んだ。
「……今、何をした?」
「触れないで欲しいと言ったからな。飛ばしたまでだよ、拳圧をね」
「そうか……それは感謝するべきか? 男相手に感謝する気などさらさら無いが」
まだまだ、お互い余裕だな。
杏樹も本気を出していないのはわかるし。
欽治と同じく、杏樹の本気って見たことが無いような気がするな。
「さて、身体も温まってきたようだし、次は30%でいかせてもらおうか」
「汚物を長時間相手をする気など無い……さっさと本気で来い」
「くくく、まぁ慌てなさんな」
ボコボコボコ
ラグナの筋肉がさらに膨れ上がる。
やっぱ、これって最終的には100%中の……ゴホン!
ギュン
早い!?
一気に杏樹との間合いを詰め近寄る。
いや、まだ少し距離があるけどなんで止まったんだ?
「おっと、忘れていたよ。触れないでと言う頼みだったな……」
杏樹の近くで両腕を組み仁王立ちをするラグナ。
パァン!
パァン!
パァン!
ドォォォン!
「ぐうっ!」
杏樹が何かに仰け反り、吹き飛ばされた。
さっきラグナ自身が言っていた拳圧というやつか?
「あれはまさか?」
「欽治、あれが何か知っているのか?」
「はい、拳覇です」
「ゲンハ……なんだそれ?」
「空気を叩いて相手に当てる技ですよ。僕のお父さんも使えます。似たような技を剣で飛ばすのは僕でもできますよ」
欽治のお父さん、意外とハイスペックだな。
まぁ、欽治の流派が親父さんが始祖らしいし当然といえば当然か。
拳覇は、ドラ○もんの空気砲みたいなものか。
実物が無い以上、見えないのが難点だよな。
「ほう……お前の父親とやらもそのうち戦えると嬉しいねぇ」
ラグナに聞こえていた?
あの距離で……意外と地獄耳なんだな。
「隙有り!」
ゴゥ!
バキ!
杏樹がラグナの顔面に飛び蹴りをくらわす。
今、嫌な音が聞こえたが。
「くくく、そうでなくてはな」
バキバキバキ
ラグナが変な方向に曲がった頭部を力づくで元に戻す。
あ――、これなかなか死なない奴だ。
首があんな角度に曲がったら普通折れてるでしょ……頼むからあふんしてくれよ。
「変態が……首が折れたら大人しく死んでて欲しいのだが」
お前が言うか!?
「残念だったな! それは無理だ」
スッ
両者が構えを取り睨み合う。
こういうときって両者の脳内では凄い速さでシミュレーションされているとか聞くけど、杏樹の顔つきがマジだし、まさにそうなんだろう。
10分ほど経った、その瞬間。
グンッ!
ゴォン!
ダァン!
さっきより激しい肉弾戦が繰り広げられる。
ラグナはパンチを主軸としたスタイル、杏樹は蹴りが主体のテコンドーみたいな技が飛び交っている。
ガンッ
杏樹が時折、ラグナからまともに一撃を受けるがびくともしない。
それに比べてラグナは杏樹の蹴りを受けるたびにダメージが入っているように見えるけど……あれ、こんな感じだったか、ラグナの強さって。
「なぁ、なんかラグナの奴、弱く感じないか?」
「何を言っているんです。あれは完全に僕らなんて視界に入っていないから、闘気が伝わってこないだけです。少しでも、こちらを意識されるとまた恐怖で固まってしまいますよ」
そうなんだ?
今は杏樹以外まったく視界に入っていないというわけか。
へたに援護しようものなら、恐怖で動けなくなるなら放っておくしか無いよな。
うん、杏樹、一人で頑張ってくれ。
ザッ
「はぁはぁはぁ」
「いいねぇ……30%でここまで付いて来られる相手は久しぶりだ」
「はっ! 付くのは美少女だけで十分なんだがな……」
杏樹の息が上がっている?
あの、疲れ知らずの体力バカがどうして?
「はぁはぁはぁ……」
「くくく、おいおい息が上がってないか?」
「……りだ……」
「何だと?」
「もう無理だ! こんな環境問題にもなりそうな汚染物質を相手にしたくない!」
そっちかよ!?
やっぱ、変態の称号はお前だけで十分だったよ!
「欽ちゃ――ん!」
ガバッ
「ちょ……ちょっと……杏樹さん! あん!」
ひぃぃぃ!
時と場所を考えることができんのか!?
この変態は!!
「このかほり……癒されるぅ」
「ラグナ! ちょっと休憩なわけ!」
ルーシィさんがとっさに注意を自分に向けるようにラグナに語りかける。
だが、戦える相手は杏樹に頼るしかない。
ダリアが目覚めてくれれば、逃げることも可能なんだが、なんで意識を取り戻さないんだ?
「くくく、ルーシィ。たぎってきた所で余計な水を差すなよ」
パァン!
ラグナが欽治に抱き着いている杏樹に目がけて拳覇を放つ。
「ガハッ!」
え……どうして、欽治が血を吐く?
「き、欽ちゃん?」
「迂……闊で……した」
ガクッ
「お……おい? 欽治?」
「貴様!? 欽ちゃんに何をした?」
「お前相手に放ったんだがな。どうやら、そこの女は相当脆いようだ。期待して損したよ」
まさか、空気の圧力だけで相当な重力が欽治にかかったのか?
杏樹が平然としているから威力の程度を計り違えていた。
欽治のあの吐血からして、内蔵をやられたっぽいぞ。
「大丈夫、欽治っちはあっしに任せるわけ! リューくん、手伝って!」
「は……はい!」
外部に傷は無い。
やはり、重力がかかりすぎて……最悪、内臓破裂を起こしているか?
「仕方がない。そいつとも楽しめるかと思っていたが、脆すぎるなら先にトドメをさ……ぐふぇ!」
ヒュゥゥゥ
ズガァァァン!
ラグナが吹っ飛んでいく。
杏樹の一撃?
今までの比じゃない。
「……さん」
えっ?
「貴様は絶対に許さんぞぉぉぉ! この肥溜め野郎がぁぁぁ!」
杏樹は怒りに満ちている。
怒髪冠を衝くってこのことと言わんばかりの怒りようだ。
「リュージ! 酒を持ってこい!」
え……酒?
こんなときに何を言ってるんだ?
ガタッゴトゴトゴト
建物の瓦礫をいとも簡単に持ち上げ、ラグナが起き上がる。
「ふはははは、良い一撃だねぇ。そうか……怒りで本気を出すタイプか、お前も」
杏樹の今の一撃も効いていないか?
いや、左腕が変に曲がっている……折れたか?
「よくも、欽ちゃんを! ぶっ殺してやる!」
「そう来なくてはな。いいぞ! いいぞ! 50%ォォォ!」
ボコボコボコボコ
それでもまだ半分の力か。
ラグナ、節制の使徒だけはあるってとこか。
自分の力を節制するとか……、言葉の意味を使い間違えてないか?
救恤の使徒もそうだったし。
グンッ!
ダァン!
ガッ!
またも杏樹とラグナの壮絶な肉弾戦が始まった。
杏樹も先ほどまで本気を出していなかっただけあって、今は力が拮抗しているようだ。
だが、これが杏樹の本気ならマズい。
100%のラグナには敵わないってことになる。
「リューくん、そこしっかり押さえるわけ!」
「あ……ああ、すみません」
「消毒にアルコールが必要なわけ! どこかに無いかしら?」
アルコールか?
杏樹もさっき酒を持ってこいって言ってたし、どこかで調達できればいいんだが。
「ぷは――!」
雪は呑気に缶ジュースを飲んでいる。
お前の兄ちゃん、ヤバいってときなのになんで取り乱さないんだ?
ん……缶ジュース?
荷物になるから持ってきた覚えは無いんだが。
「雪ちゃん、その缶ジュースは?」
「あそこのお店にあったよ。店員さんいないし、喉乾いたからもらってきた! お兄ちゃんの分もあるよ――」
サイダーと乳酸飲料とビールか。
んんっ?
ビール……酒だ!?
まさか、あの店って酒屋か?
「ルーシィさん、アルコールがもしかしたら手に入るかもしれません! 消毒用じゃありませんが」
「この際、お酒でも構わないわけ! 取ってきて!」
今の話を聞いていたようだ、話が早くて助かる。
今は無人となった店に入ると思った通り、酒屋だった。
アルコール度数の高い酒だけもらっていき、ルーシィさんに渡す。
「よし、そこで倒れている欽治っちのクローンも連れてきて!」
「こいつですか? どうして?」
「肺が破裂しているわけ! ホムンクルスなら臓器も同じわけ!」
「まさか……ここで移植手術を!?」
「魔法でね!」
倒れている欽治のとなりに黒子を置くと、ルーシィさんが欽治と黒子の胸に手を添える。
呪文を唱えると、次第に両手が鈍い光を放つ。
まさか、切開せずに移植できるのか?
魔法って便利だな。
20分ほどその状態が続いている。
たまに杏樹のほうを見てみるが、ラグナは楽しそうに杏樹は怒りに満ちた顔付きで肉弾戦を繰り広げている。
そういや、杏樹が酒をくれって言ってたな。
今は渡したくても無理だし、放っておくか。
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