この魔界はどこかおかしい2
「あっらぁ、やだ。ヒューマンの子ども? なんでこんなところに?」
あれが救恤の使徒?
ピンク色の長い髪で女性のドレスに棘付きの肩パッドを装着している。
……世紀末感を出すか女装に徹するかどっちかにしろよ。
あのオカマが使徒?
……スリードのように変身するとかかな?
スリードが特徴的過ぎたのか、あのオカマからは格好以外ではまるで迫力が感じられない。
「あっしが雪っちを掴んで、すぐにテレポートでここに戻るまでリューくんはここで待機」
「えっ? あいつを放置するんですか?」
「あっしにも無理なものは無理ってわけ。あいつのステータスがそれを語ってるわけよ」
すぐにアナライズで見たのか、バトルじゃ覗き見はもはや当然なのかもしれない。
俺も救恤の使徒にアナライズをかけてみる。
えっ……筋力□□□、体力□□□……他のもすべて□だ。
数字じゃない?
「□って……」
「あれはセレクト、いつでも任意でステータスを変えることができる能力」
いつでもステータスの振り直しができるみたいなものか?
なんて便利な能力なんだ。
「可愛くて私のタイプよぉん! こんなところで何をしているの、お嬢ちゃん」
「おじさん、だれ――? 悪いことをしちゃいけないんだよ!」
バッ……オカマの人に対しておじさんは禁句なんだよ、雪!
「あっらぁ、アタクシのこと? ……お嬢ちゃんも救いが欲しいのかしらぁん?」
「救いってなぁに?」
「救いをしらないのねぇん。残念だわぁ。さいっこーに良いことよぉん」
何なんだ、あのオカマは?
もう話し方からして、ちょっと気持ち悪いんですけど。
「あぁぁ、こんな所にいたらゴブリン共にすぅんごぉい目に遭わされちゃうわぁん! 仕方がないから、アタクシが救ってあげる!」
グワッ
どこが救いだよ!
手に持っている鞭を雪に向けて振り下ろす。
「ぐばはぁ!」
ならず者が雪を庇った?
そうか、今は雪の支配中なんだっけ。
「何なのぉ? お前たち隊長のアタクシに逆らうつもりぃん?」
「ああん? 俺たちの主はこのユキ様だけだぜ!」
「こいつを殺っちまええ!」
「「うぉぉ!」」
ならず者共が救恤の使徒に襲いかかる。
これは雪が操りきれていないのか?
でも、ご主人が雪だって言ってるし精神支配はできているようだ。
「やだわぁん、隊長を忘れるなんて……仕方がない、救いを与えてあげるわぁん!」
「死にさらせや! コラァ!」
ズドォォォン!!
「「へげばっ!」」
ならず者共が救恤の使徒の一振りで血を吹き出し吹き飛び倒れていく。
やられ役のことはどうでもいいとして、一瞬だがすごいものを見た。
筋力90000、素早さ9999、体力0、その他も0。
今はすべてが□に変わっている。
アナライズをかけたままなのでわかったが、鞭がならず者共に当たる瞬間にステータスが固定されたように見えた。
ステータス画面のあの□はわからないことを表示しているんじゃない。
つねに数字がものすごい速さで変わっているスロットのような状態なんだ。
使徒ってもしかして、こんな化け物ばかりなのか?
変態の杏樹や脳筋の欽治が可愛く見えるほどだ。
「雪っちを連れて、一度逃げるわけ!」
「は……はい!」
ルーシィさんが雪の元にテレポートで移動する。
「あっ、コギャルちゃん! この人ね――、すっごい悪い人なんだよ!」
いやいや、見たらわかるでしょう。
あと、ルーシィさんをコギャルって言うのお辞めなさい。
「どうでもいいわけ、バックレるってね!」
「え――? なんで――?」
雪が駄々をこね始める。
こんなときに何をやってるんだ!
救恤の使徒は何やら静観しているようだが。
「駄々をこねないの!」
「やだ、やだ、やだ――! 悪い人は更生しないといけないんだよ――!」
んまぁ、雪の言ってることも最もですけどね。
今はそんなことを言ってるときじゃないだよ、時と場所を選びなさい。
「あらぁ、子どもかと思っていたけど、よくわかってるじゃなぁい。悪人は救ってあげないとねぇ」
「おじちゃん、もう悪いことしない?」
「おーっほっほっほ! アタクシは悪いことは何もしてないわよぉ。困難や災害、貧困に迷える人々に救いを与えているだけよぉん!」
良いこと言ってるように聞こえるが行動は真逆なんですけど……。
「ふ――ん、じゃあ大丈夫だね!」
「お嬢ちゃんは一人で帰れるのかしらぁん?」
「一人じゃ無いよ――。コギャルちゃんとお兄ちゃんがいるもん」
ぎゃぁぁぁ!
俺がいることをバラしてるんじゃなぁぁぁい!
「あら、やだ!? そこのエルフがいないと困るのねぇ?」
「だって、お友達だもん」
「そっかぁ……だったら、これから困るお嬢ちゃんには救いを与えないとねぇ!」
うわぁ、なんて悪質な……誘導の仕方。
救恤の使徒が再び、雪に向けて鞭を振り下ろす。
「ほらっ、言わんこっちゃない! 雪っち、逃げるわけ!」
「ユキ様、危な……げぶっ!」
ならず者の一人がまた庇ってくれた。
「ムキ――! なんて、邪魔な奴なのかしら!」
「あ――! また嘘ついた! いーけないんだ、いけないんだ」
「雪っち、行くよ!」
ルーシィさんが無理矢理、雪を抱えてテレポートをする。
「リューくん、この場から離れるわけ!」
「ダメダメダメ! あの人を更生するの――!」
「雪ちゃん、今は我慢してくれ!」
救恤の使徒は俺達を探しているのか、渓谷の下で辺りを見回している。
残念だったな、俺たちはお前の頭上の崖の上だ。
「んもぉう、困った人たちねぇ。困っている人には救済を与えないといけないわぁん……感知魔法ディテクトぉ」
なっ、そんなものまで習得しているのか?
「うふ、見――つけた」
ギュン!
ダンッ!
素早さが一瞬、99999になり瞬時に俺たちの目の前に現れる。
逃げれない……感知魔法をかけられたらステルスも無意味だ。
ダークネススモークも同様だし。
「そこのエルフは勇者様に救済させてあげるとしてぇ……お嬢ちゃんと……あらぁ、やっだぁ! 良い男じゃなぁい! アタクシのタイプよぉん。けど、ここで救済かなぁ、うふっ」
ひぃぃ、俺にはそっちの趣味は無いので遠慮したいです!
「こりゃ、マジでヤバいわけぇ」
「……ちょい、姉ちゃん。放せや……ぶっ殺すぞ」
「へっ?」
ルーシィさんが驚いている。
そりゃ、あんな無邪気な雪が乱暴な言葉を使ったらなぁ。
「せ、雪ちゃ……いや、姐さん! お久しぶりです!」
「おう、あんちゃん。んだよ、このむさっ苦しい場所は?」
「魔界で……ぶげっ!」
何の前触れも無く、雪に思いきり蹴られた。
俺、何も悪いことしてないよね!?
「んなこたぁ、どうでもいいんだよ! このむさっ苦しい場所があたいは気に食わないんだ!」
「えっと……雪っちだよね?」
ユーナが初めて雪ちゃんを見たときと同じ反応だ。
「ああん!? あたいは雪だ! 二度と間違えんな、このババァ!」
「ちょっと……雪っち、パニクってない?」
「ルーシィさん……実は……」
ルーシィさんに雪が二つの人格を持っていることを教えた。
俺はこれから先、何度同じ説明をすることになるのだろうか?
「ユキ様! 探しましたぜ!」
まだ、無事だったならず者共が追いかけてきた。
雪から雪に人格が変わったときは操られた奴らはそのままのようだな。
「ユキじゃねぇ! お嬢だ! てめぇら、一度自殺してみっか? ああ!?」
まさか、自分で死ねって命令したらおとなしく従ってしまうのか?
……こんな危ない能力を子どもが持っているんだからなぁ。
俺は操られないように注意しないとな。
いや、注意しても自覚が無くなっているから無駄なのか……駄目だ、怖すぎる。
「し、失礼いたしやした! お嬢、お怪我は?」
「よぉしよぉし……良いだろう、あたいの舎弟にお前らを加えてやる!」
「「あざ――す!!」」
こういう奴らの使い方は雪ちゃんのほうがうまそうだな。
って、操っているのだった。
「んもぉう、隊長を忘れるお馬鹿さんには地獄以上の救いを与えてやらないとねぇ! ああ、なんて残酷な世の中なんしょ……うっうっうっ!」
地獄以上の救いってどゆこと?
「んだぁ、オバ……いや、オッサンか? 気に入らねぇな。てめぇら、そこのオッサンを狩れや。オヤジ狩りの時間だ、くひひ!」
「「ヒャッハ――!」」
もう、どっちが悪党かわかんねぇ!
ならず者共が救恤の使徒に一斉に斬りかかる。
ま、結果は思った通り、全員即あふんだったが。
「さぁて、これで残りはアタクシとお嬢ちゃんの連れのみよぉん……さて、どんな救いがお望み?」
「くくく、オヤジ狩りが逆にオヤジに狩られましたってか? こいつぁ、傑作だ」
210人もいたんだ?
この一瞬でよくそれだけの人数を把握できたな。
「あらぁん? 彷徨える子羊ちゃんが一匹増えたところで何も変わらないのよぉん……これも世の中が残酷なせい! だから、アタクシは一秒でも早く救いを与えてあげてるのよっ!」
「へっ、そうだな。子羊ちゃんは救ってやらないとなぁ……てめぇを思い切り痛い目に救出してやらぁ!」
「うふふん、お嬢ちゃん。子羊ちゃんになってるのは貴女のほうじゃなぁい?」
「くくく……てめえは数の恐怖で救ってやらぁ」
数の恐怖ってまさか!?
「舎弟1号から3000号来いや!」
ドドン!
辺り一面に黒いスーツ姿の怖いお兄さん方が現れる。
向こうのほうには自衛隊?
どこかの軍隊らしき服装まで見える。
……ここで戦争でも起こす気なのかよ?