この夜はどこかおかしい2
坑道を抜け屋敷に戻る。
師匠が産んだ卵が置いてあると言っていたが何処に有るのだろう?
「マスター、帰ってきて早々に徘徊ですか? 早く自室に籠もって仕事をしてください。ああ、引き籠もってて貰えるとなお幸いです」
あんれぇ?
オボロの口調が会う度にキツくなってきているのは俺の気の所為かな?
「オボロ、師匠の産んだ卵が有るって聞いたのだが……」
「それなら調理場の奥の食品庫で保管しています。まさか、自分の子どもでも容赦無く食べるおつもりですか? まさに鬼畜の所業ですね。マスターらしいです」
誰がそんなことするか!
そもそもいつ赤ちゃんが生まれるかもしれない卵を食品庫なんかに保管するなよ!
オボロに鬼畜だと言われてしまうなんて特に何もしていないのだが……時間が有る時にオボロとしっかり話してみるべきだな。
食堂から調理室へ向かい食品庫の扉を開ける。
あまり入ることは無かったが以前の時と比べ野菜の種類が増えている。
品種改良で種類が増えたのだろう。
それに食品庫で保存している全体量も増している。
グランディアの人口は右肩上がりで年々増加しているし、どんなことがあっても食糧難にだけはさせてはいけないからな。
ローズもしっかりとそのことを理解して荒れた土地を開墾して田畑の面積を増やしている。
他の悪魔たちを勇者軍が滅ぼしたためグランディール大陸で国家として成立しているのは今やグランディアだけだ。
魔王軍の幹部であった悪魔の他にもグランディア外のゴブリンやオークなど原住民も勇者軍によってほぼ駆逐されてしまった。
言い方は悪いがそのおかげで土地は余るほどある状態だ。
俺が居ない間にアースウォールで囲っていたグランディア領内は首都となり壁外の荒野も開墾したようで広大な畑が広がっている。
そして点々とした村々が形成され始めた。
グランディア周辺の村も俺が神ということもあって良好な関係を築けている。
実際には俺は何も出来ていないし天使であるルカとローズのおかげだ。
首都と各村々は良好な関係だが問題は村同士の諍いだ。
長い年月が経つといずれ問題が起こるのは目に見えている。
同じ種族同士なら優劣をつけたがるのが人というものだ。
それはゴブリンやオークだって変わらない。
勇者軍や魔王軍によって酷い目に遭わされたことも何世代も後の子孫にとっては歴史の一部としてでしか認識されない。
当時の恐怖を知らないと過ちを起こす輩は必ず出てくる。
そういった者が権力を持つ可能性はゼロでは無い。
村々の争いが続き国が生まれるのも歴史として十分に有り得る。
その時にグランディアはどのような役目を得ているのだろうか?
……そんな先のことは気にするだけ無駄か。
俺も寿命が尽きてあの世に逝ってしまっているだろうしな。
ってか風神化することが出来るようになったのに不死の存在には成り得ないのか?
『一度上限が決まってしまうとそれ以上は伸びないにゃ』
完全な土神であったときは不老不死の存在だったがタナトスに奪われ俺にも寿命ができてしまった。
つまり上限が設定されてしまったわけだ。
上限というよりも下限と言ったほうが良いような気もするが定まってしまった俺の寿命を伸ばすことはできないようだ。
「あった。これがドラゴンの卵か?」
食品庫の奥に進むと俺の下半身辺りまでの大きさの卵が一つ置いてあった。
『そうだにゃ。でも命の息吹を感じないにゃ』
有精卵なのに?
だったら中に居る子は成長しきれずに息絶えてしまったのか?
とりあえず卵を地下神殿へ持っていくか。
持ち上げてみると思った以上に軽かった。
まだ肉体そのものが完成していないのかな?
「パパ――!」
「わっ、なんだ……ウンディか」
全く気が付かなかった。
俺を脅かそうと後ろからこっそり付いてきたのだろうか?
思わず卵を落としそうになってしまったぞ。
「早く神になってよ――! 雑魚なのは嫌なの!」
またそれか。
部屋から勝手に出てルカのやつは何をしている?
無闇やたらとフォームチェンジするのは身体の負担が大きい。
通常時の姿でも懐いてくれると助かるのだが……2年の差を埋めるのは大変そうだな。
「その卵食べるの?」
「食べないよ。地下遺跡に持っていくんだ」
「ふぅん……とりゃ!」
ヒュッ
ウンディに卵を奪われてしまった。
ノーマルフォーム時の俺は一般ゴブリンとほとんど変わらないほどのステータスだ。
とてもじゃないが半神相手に敵うはずもない。
ウンディのような幼子でも半神である以上ステータスは非常に高いからな。
「ウンディ、卵を返しなさい」
「パパが神になってくれるなら返してあげる」
そんなに神である俺が見たいのか?
数時間前に見せたばかりだろう。
目をハートにして興奮していたし、さすが眷属の天使が母であることがよく分かる。
だが、ここは父として凛とした態度を取るべきだ。
人々の悪い思念に侵されている状態ではなおさら甘えを許す訳にはいかない。
「いいや、断る」
「だったら、この卵壊すよ?」
ウンディならやりかねないな。
この子も地下遺跡で欽治に見ていてもらうか?
だがルカが黙っていないだろう。
『この子を封印するかにゃ? 生意気なのがさすがのおいらも気が障ったにゃ』
強硬手段に出るのもなぁ……体罰みたいで気が引ける。
うん……封印?
「封印ってなんだ?」
『言葉の通りにゃ。人神の血縁者のみに使える一種の縛りにゃ』
動きを止めるようなものか?
試してみないとどんなものか分からないな。
「さっきから何をコソコソ言ってるの? パパ、早く神になってくれないと本気でこの卵を割っちゃうからね!」
ウンディが卵を床に置き殻に手を添え力を込め始める。
本気で割るつもりのようだ。
「風龍神どうやるんだ?」
『おいらに続いて唱えるにゃ』
風龍神が話していることは俺にしか聞こえない。
頭の中で唱える言葉を口に出して話してみる。
「我が娘ウンディよ、貴様に命ずる。その荒々しい御心を閉じよ」
ドクン
「はふん……」
ウンディが棒立ちになり静かになった。
どこにも傷が付いていないし攻撃をしたわけでは無さそうだ。
「………………」
「これが封印?」
『今、その子は心をドレイクによって閉じられているにゃ』
心を閉じる?
落ち込むとか塞ぎ込むとかとは別の意味らしい。
『言ったことは何でも従う人形と化しているにゃ。にゃっはははは!』
ふぁっ!?
意外と下衆い手段だった!?