この決戦はどこかおかしい9
ヴ……ヴヴ……
『やっと繋がりましたわ! 坊や……ではなくて新生勇者様! そこは現実ですの!』
ホークの声まで聞こえてくる。
どうなっているのだ?
本当に故障したのなら早く直してくれよ。
……今なんて言った?
ここが現実!?
『詳しい説明は後でいたしますわ! 兎に角そこから急いで逃げてくださいませ!』
『逃げろって言われても身体が動かないんだ。どうしてだよ?』
『身体が動かないですって!? まさか神経系統に異常が?』
「あははは! それそれそれぇ! ダークネスウィンドカッター!」
ザシュッ
「ぎゃぁぁぁ!」
ドロッ
声だけはしっかりと聞こえる。
近くに闇ユーナが来ている。
あいつの攻撃は触れると即死してしまう。
急いで逃げないといけないのに身体はどうして動かないのだ?
「おい、ドレイク! 貴様が勇者だろ! 目を閉じていないでなんとかしろ!」
「きゃぁぁぁ! 新勇者様お助けを――ぐべっ!」
ドロッ
「ドレイク殿! 勇者ともあろう者が助けを求めている相手を見捨てるとはなんたる所業じゃ!」
好き勝手に言ってくれる。
俺だって好きで見捨てているのではない。
身体が動かなければ助けるものも助けられんだろうが!
「くっくははは! 勇者が他人を救わないとはなこれは滑稽だ!」
お前にだけは言われたくねぇぇぇ!
そもそも勇者である証明を受け継いだ能力者が魔王をしたいなんておかしいことを言わなければこんなことにはなっていないんだよ!
「ふふん! 今度こそ闇に堕としてあげるわ! 私と勝負なさい! そこのイケメン!」
中継で見ていた時のことを根に持っているのか?
片手で簡単に闇を祓われたものな。
闇魔法至上主義のタナトス勢にとっては屈辱的なのだろう。
『神経接続は完璧なはずですのに! 新生勇者様こちらで確認できる項目はすべて正常ですわ! 問題があるとすれば貴方の……』
『ドレイクお久しぶりなのですぅ』
『ちょっ! 今は重大な事態ですのよ!』
『まぁまぁ……ドレイク無の境地ですよぉ』
この声は師匠?
無の境地って言ったって身体が動かなければ何の意味も……いや師匠が意味のないことを言ったことは無い。
もしかして本当になんとかなるのかも?
『目を閉じていても身体が動かない状態でも無の境地に達していればその状態はすべて無なのですぅ』
『意味が分かりませんわ』
『ホークに分からなくてもドレイクなら分かるはずですよぉ』
今の俺を状態異常と捉えると確かにそうだ。
無の境地に入れば状態異常が消えるってことで良いはず。
そんなアイテムいらずな能力があって良いのか?
「今の俺様は魔王だ。貴様と相手をするつもりはない」
「なんですってぇぇぇ! 戦いなさいよ! まさかヘタってるの? いいえヘタっているのね!? このヘタレ勇者!」
「腰抜けではないが貴様の相手はそこの勇者だ」
ふぁっ!?
「あっ、あんた! 自称リュージを名乗る神族! どうしてこんなところに居るのよ! 神族は皆殺しよ!」
アレクサンダーさぁぁぁん!
何を言ってくれてんだぁぁぁ!
目が開かないため見えないが闇ユーナが俺に向かってくるのが分かる。
早く早く無の境地に……。
「あんたにはこれがお似合いよ! ダークブリザードアロー!」
バキッバリバリバリバリ!
無の境地に至るほどの余裕がねぇ!
やばいやばいやばい!
ドスッ
なんだ?
魔法が襲ってこない?
「勇者様……どうして戦わないのじゃ? なぜ目を閉じておる? 戦わずとも儂らを使って……ぎゃびっ!」
ドロッ
まさかスリードが身を挺して俺を守ってくれたのか?
俺はまだ勇者をやるって言っていないのに……そんなことをされたらやるしかなくなるだろう!
「爺、最後は勇者を庇って逝くとはな。あいつの勤勉さにはいつも感服する」
「んもう、爺さんなんてどうでも良いの! 私はそこのガキンチョ神族を殺りたいのにぃ! もういっちょダークブリ……」
だが相変わらず俺の身体は動かない。
無の境地に達するためには激しい集中力が必要だ。
それなのに本気で死を間近に感じていると集中がまるで出来ない。
試練中は死亡してもリセットされるからと心の中で安堵していたのだろうな。
「ユーナ姉やめて」
女性の声?
やたらと機械的な声だが聞いたことのある声だ。
「あんた誰よ? ユーナ姉って……」
ドォォォンドォォォンドォォォン
遥か彼方から物凄い轟音が響き渡る。
この音はもしかして……。
ドゴォォォン!
「わわっ!? 何!?」
ぎゅっ
ポヨン
「ドレイクぅぅぅ久しぶりに身体を触れて嬉しいですぅ!」
師匠が縮地で跳んできたのか。
俺の顔面を自分の胸に押し当てて……ゲヘヘ久しぶりの感触こりゃたまらん!
『新生勇者様、今そちらにバハムートさんとナデシコが向かったはずですわ』
師匠は分かるが機械的な声はナデシコ型だったのか。
もしかして新型?
ホムンクルスには飽きたからアンドロイドを造りましたなんてホークならやりかねんな。
……だが製造番号でなくナデシコってホークは言っていた。
うん?
ナデシコって元祖ナデシコのことか!?
ヒメに石化された後行方不明だったが生きていたのか!?
「ミミ!」
ヒュゥゥゥ
ペタッ
俺の頭に小さい何かが落ちてきた。
動いているし生き物か?
ミミ?
「ほんまにこんなとこで何寝てんねん! はよ起き!」
この声って母さん!?
まさか雪の能力が解けたのか?
だが石化して寝かせていたはずなのにどうして?
駄目だ、さすがに情報量が多すぎて脳内整理が追いつかない。
せめて目を開けることが出来ないと声や音だけでは頭が困惑するばかりだ。
「んもう次から次へと雑魚ばっかり集まっちゃって!」
「ユーナ姉思い出して。あたしに名前を授けてくれたのは?」
「名前を授けたって……あっあんたもしかしてナデシコなの!?」
ナデシコはもしかして闇ユーナを説得するつもりなのだろうか?
だがそいつは記憶を持っているだけでユーナ本人ではない。
本物のユーナはホークの部屋で惰眠を貪っている最中のはずだ。
もしくはナデシコ型と一緒に遊んでいるところだろう。
「ん、あたしはナデシコ。見た目は変わっちゃったけどこの通り生きている」
「ナデシコ――! 会いたかったぁぁぁ!」
スッ
「どうして避けるの?」
欽治のときと同じようにハグをするふりをして闇に堕とそうとしたのか?
本当に性格悪いな闇ユーナは。
ナデシコが居るのなら少しは安心できる。
今なら集中して無の境地に到達できるかもしれないな。