この決戦はどこかおかしい8
『いけませぬぞアレクサンダー様!』
『やだぁぁぁ! 俺様は魔王がやりたいのぉぉぉ!』
『おのれ覇王ドレイクよ! 勇者様をそそのかすとは何事か!』
そそのかしてなどいない。
俺は本気だ。
アレクサンダーを魔王にしてやることで無駄な争いが収まるのなら願ったり叶ったりだからな。
それに少なくとも俺は自分で覇王と名乗ったつもりはないぞ。
『魔王と名乗ることを神である俺が許可する』
『ひゃっほぉぉぉい! 爺、聞いたか!? ついに俺様は魔王となったぞ! 神に認められたのだ!』
『えっ? だったら勇者軍って魔王軍になるのか?』
『俺らは魔王軍の尖兵?』
『え――イケメンだけど魔王なら側室やるのやめよっかなぁ?』
『アタクシは認めませんわ!』
ざわざわざわざわ……
周囲がどよめいているな。
だがすでに本当の魔王であったアネモネはナデシコ型に殺されてしまった。
本来ならそれで戦争は終戦に向かうはずなのにそうはならなかった。
原因は2つある。
1つはアレクサンダーが魔王ごっこで世界中を荒らし回っていることだ。
『お前が魔王と名乗ることを許可する代わりに条件がある。1つはこれ以上の虐殺や強奪はやめてすぐに全軍を撤退させることだ』
『なんだとっ!? それは無理だ!』
ふぁっ!?
憧れていた魔王になれるのだぞ?
『魔王とは世界を征服するためにあらゆる悪逆を働く者! 肩書きが魔王なだけでは何も意味がないでは無いか!』
ですよね――!
そうだった!
この世界のいかれた勇者と堕落した魔王に毒されて本来の在り方を忘れていた。
『ふぉっふぉっふぉ。破談で決まりのようですな?』
アレクサンダーが魔王となり本来の魔王のように振る舞うのなら勇者が必要だ。
誰か勇者に……そうだ欽治!
あいつなら十分にやれる!
だがその話は現実に戻ってからだ。
『爺よ、破談にするにはまだ早い。俺が悪逆非道の限りを尽くすのなら止める相手が必要になることも神族ならば理解できているだろう?』
お見通しか。
『俺が許可しなくても魔王と名乗り世界征服をする気は変わらないのだな?』
『当然だ。それこそ魔王の仕事だろう?』
仕方がない。
こうなったら欽治には後から説明するか。
あいつはチョロいから聞こえの良い言い方をすれば簡単に受け入れるだろう。
『勇者なら居る』
『ああ、そうだ! ここにちょうど新たな魔王と勇者が立っている。全世界に向けて宣言しようぞ!』
えっ?
勇者がここに居る?
欽治はグランディアに居るはずだ。
まさかアレクサンダーが畏怖するほどの強者が近くに居るのか?
尖兵が数名カメラをこちらに向ける。
『聞け人族どもよ! 今日からアルス大陸は魔王領となった! 勿論魔王はこの俺様だ! 首都グレンはこれから魔都グレンと改名し俺様の居城も魔王城とする!』
『勇者様、目に余る行動ですぞ! 今すぐお止めなされ!』
『爺貴様はクビだ。俺様に忠誠を誓う者はそのまま継続して雇用を約束しよう。だが反対的な者は1週間だけ待つ。そこの覇王……いや勇者ドレイクの下に行くことを許す!』
ふぁっ!?
……えっ?
誰が勇者だって?
『なるほど……考えましたな。新たな勇者ドレイクよ、歴代勇者に仕えた儂を側に置いてはくださらぬか?』
ちょっ……スリードまで俺を勇者と認めたぁ!?
スリードが俺の前に跪いて夢にも思わなかったことを言い放つ。
この爺さんは勤勉の使徒だ。
使徒とはこの世界では勇者に仕える者のことを指す。
強いし俺としては頼もしい人材だが……勇者を俺がやるの?
嫌だ!
覇王も嫌だが勇者なんて大役を俺が果たせるはずがない!
『きゃぁぁぁ、新しい勇者様ってこの坊や?』
『ちょっと好みかも?』
『将来イイ男になるのは確定でしょ?』
『新たな勇者様――! 私たちを側室に迎えてぇぇぇ!』
ぐへへ、ハーレムができるなんて最こ……ごほん!
いやいやいや、そもそもこんなのは勇者の在り方では無いだろ!
『ええっと……勇者さん? その話は無かったことに』
『する気はない! それに全世界に向けて発信している。俺様を勇者として崇拝していた者どもは悲しむだろうがそんなことなど知らぬ! それよりも一週間後だ。ここに宣言する! 新たな勇者と新たな魔王の戦争を12月24日に開始する! 助けを請う弱者共は新たな勇者に相談しろ!』
それって全部俺に投げて自分が楽をしたいだけでは無いのか!?
ヴヴ……ヴ……ヴン!
突如、目の前が真っ暗になる。
仮想世界が消えたのか?
もしかして試練をクリアした?
俺は何もしていないぞ?
「ぐわぁぁぁ!」
「きゃぁぁぁ!」
悲鳴が聞こえる。
意識はあるのに夢の世界から抜け出せていない?
「あははは! だったら新しい勇者はタナトス様で決まりよ!」
ユーナの声?
タナトスって……相手は闇ユーナか?
まさか俺が眠っている間にアルス大陸に乗り込んで勇者城まで来たのか?
「おのれ! 闇の者は相手が魔王であろうと容赦なく攻撃するのか?」
「当たり前でしょ! 勇者は魔王を倒すのが仕事なんだから!」
「だったら関係のない者まで巻き込むのは何故じゃ!」
「小さな虫を避けながら攻撃なんてしていられないでしょ! 避けないほうが悪いのよ!」
「くそぅ! なんて悪者だ! 俺様が魔王になったばかりだというのに俺様より凶悪な存在が居ては魔王の仕事が減るだろうが!」
えっ?
ちょっと待って!
俺はまだ夢の中に居るんだよな?
アレクサンダーやスリードそれに闇ユーナの声が聞こえるからそうだとしか思えない。
「新勇者殿! なぜ目を閉じておられる? 危険ですぞ!」
スリードが俺に話しかけている。
目を閉じてって俺は開けているぞ。
「おい勇者ドレイク! 貴様の初仕事だ! 何を寝ている?」
アレクサンダーまで俺に話しかけてくる。
まさか故障とかでは無いよな?
仮想世界であろうともここで闇ユーナの攻撃を受けたら即死は免れない。
目をなんとしてでも開けなくてはいけないのに!
「アレクサンダー様、やはりここは!」
「俺は魔王だから余計なことは一切せん!」
そんな悠長なことを言っている場合では無いだろう!
タナトスの目的は全生命体の死滅だぞ!
正直、魔王より厄介な相手だ。