この山はどこかおかしい7
周囲の空気に流されるがままに戴冠式を受け女王として即位してしまった。
これが同調圧力というものなのね?
私に今後の国の運営を任せるなんて、どうにかしているとしか思えない。
そもそも、ユーグラシア王国にはゾルニオッティ王が居たはずでしょ?
どこに行ってしまったの?
「新たなユーグラシア王国の繁栄を願い、女王陛下に敬礼!」
ダンッ!
あ―もう、女王陛下だなんて恥ずかしい。
私はそんな器ではないっての。
「ダーリン、ほら玉座に座って偉そうにしないと」
ユーナ、言い方ぁ!
偉そうにする気も女王になるつもりも無いのだけれど、ひれ伏すみんなが顔を上げ視線を私に向ける。
アイドルとして、みんなの前で歌っているときは注目されていることが喜ばしいけれど……うぅ、こんな感じで視線を集めるのは恥ずかしいわね。
私が行動しないとずっとひれ伏しているみんなに申し訳が立たない。
玉座に座らせて貰う。
「ダリア女王陛下、万歳!」
「我らユーグラシア騎士団はダリア女王陛下に忠誠を誓います」
ラウラが近付き、私の前で跪く。
「女王陛下、お手を……」
「えっ? ああ……」
右手を前に出すと、ラウラが手に取りキスをする。
うぅ……恥ずかしいよぉ。
これが夢なら早く覚めて欲しいわ。
それか、みんながこの場から去ってくれたら肩の荷が下りて一安心できそうだ。
「「はっ! 女王陛下の仰せのままに!」」
ボワッ……
「えっ!?」
目の前の騎士団や王城に仕える侍従など大勢の人が黒い霧と化し消滅してしまった。
あの消え方は何?
どうして、人間が黒い霧になって消滅するの?
「もう、ダーリン。せっかく出てきたのに……」
「せっかくって……えっ?」
「あ――あ、また封印するわけぇ?」
ボワッ……
私の隣にいたユーナやルーシィも霧散して消滅してしまった。
静寂が城内を包み込む。
先程まで喧騒だった場が嘘のようだ。
「な……何よ? もしかして、私の中に居る誰かがまた?」
また殺ってしまったとでも言うの?
違う、誰かのせいにして私が罪から逃れたいだけだ。
私が……私が今度は城内にいたすべての人を闇で飲み込んだのだ。
私に良くしてくれたこの国を滅ぼしてしまった……。
王様がどこにも見当たらないのも、すでに闇に飲み込まれた後だからなのだろう。
君主と騎士団たちが居ない状態では、この国はいつか勇者軍に攻め込まれ占領されてしまうかもしれない。
スノーティア各区の村人たちは無事なのかな?
ずっと、頭の中に靄がかかっているけれど、ライカンが存在したことははっきりと覚えている。
ライカンは退治できたのかな?
それとも、逆に村人たちがすでに全滅している可能性もあるのよね?
生き残りが居ないとも言えない。
助けを待っている人がいるかもしれない。
でも、私一人だけではライカンの群れによって血祭りにあげられるだけだ。
「どうしようも……無いの?」
『リア、私だけでも外に出して下さい。生きている村人が居るのなら助けに行ってきます』
レベッカ?
そう……貴女まで闇に堕とされ私の中に来たのね。
ライカン化が解けているのは良かった……って、違う!
何が良かったよ!
「ごめん……ごめんね……レベッカ……私に優しくしてくれた貴女にまで手をかけてしまったのね……」
『リア……どうか、泣かないでください。こちら側はとても良いところですね。コンスタンや団長、ラウラとも一つになれて、とても気分が良いです』
良いところ……?
こちら側って何?
でも、良いところなら別に構わな……って、ダメ!
これは私を惑わそうとしている罠に違いない!
私の中にいる何者かの仕業だ!
「くすくす、なかなか渋といわね。セントホルン山での山籠り生活もそれなりに効果があったってことか」
自分の口が勝手に動き、理解のできないことを口にし始めた。
以前にもこんなことがあった。
やはり、私の中に別の誰かがいる!
「あんた、誰よ! 私の身体を使って好き勝手しないでよ! 今すぐに私の中から出ていって! 」
「くすくすくす、無理に決まっているでしょ?」
「出ていかないなら嫌でも追い出してやる!」
「へぇ、どうやって?」
どうやって?
自分の心に棲み着いている者を排除する方法なんて思いも付かない。
でも、絶対に方法はあるはずだ。
入ってこれた以上、出ていく方法だってあるに決まっている!
「くすっ、方法なんてあるわけないじゃない」
私の考えていることを読まれている?
……私の中に居るのだ、当然か。
「今は無理でも方法を探してみせるわ。あんたの勝手にはさせないから!」
「くすくすくす、勝手にしているわけじゃないのだけど……貴女の同意があって行動していることよ」
「嘘言わないで! だったら、何の罪もない人を殺さないでよ!」
「殺してなんていないわよ。そうね……見せてあげる」
身体が勝手に動き、床に手を当てる。
「ダークドール」
ズズッ……
床から闇が湧き出し、人の形を形成していく。
それも一人ではない。
10……20……まだ増えるの?
「女王陛下! 厳正な戴冠式を中断するなどと、神聖な儀式を何と思っておられるのですか!?」
「あ――はいはい。ごめんね、ラウラ。後できつく叱っておくわ」
ラウラたち騎士団が床から現れた。
全員、闇に飲み込まれた被害者たちなの?
見たことも話したこともない騎士団の人だって居る。
もしかして、私が無意識に殺っていた!?
「くすくす、これで分かったでしょ? 亡くなっていたら、このような会話なんてできないわよねぇ?」
あんたが芝居しているだけかもしれないでしょ!
絶対に信じては駄目だ。
こいつの前で隙を見せたたら、その一瞬に私も飲み込むつもりに違いない。
「闇の世界は世界の概念そのものが違うの。死など存在しないのよ。だから、みんな幸せそうな表情をしているでしょ」
『そうですよ。ここは悪いところではありません。とても幸せな場所なんです。リアも早く来て下さい』
『ダーリン、レベッカの言う通りよ。私をここに連れて来てくれてありがとね!』
『ダリアさん、お母さんといつも一緒になれて私もとても感謝していますよ』
『ま、居心地は悪くないわけぇ』
これは悪魔の囁きだ。
この世界では無い別の世界に強制的に連れてこられて、そこで幸せそうに暮らしているなんてことあるはずがない!
「くすくすくす、貴女は幼少の時から望んでいたわよね? 戦争など無い幸せな世界を作りたいと……。でも、それが不可能なことも知ったはず。人間の醜さを知ったおかげね」
私の記憶を勝手に覗いて、自分も見ていたかのように話すな!
あんたには分からないわよ!
あの時から続くどうしようもできない葛藤で今でも私は苦しんでいるのよ。
「くすくす、せめて辛い思いをしている人たちにできることは無いかと悩み動き、得意の音楽を活かし難民キャンプや戦場で歌を歌い笑顔を与えた。でも、それは偽善」
「偽善じゃない! それがきっかけでアイドルになったのは事実よ! でも、アイドル活動なんてついでなの! 私の歌で少しだけでも幸せを届けられたらって思って行動しているの! アイドルで得られた収入で難民たちのもとに物資補給もできるようになれた! それのどこが偽善だって言うのよ!?」
「くすくすくす、自分のできることで限界を感じていたのも事実でしょ? いつまでも終わらない戦争、人間同士で争うことで生まれてしまう辛い思いをする第三者……。人間さえ居なくなれば争いも難民も存在しないって、心のどこかで気付いていたでしょ?」
「うるさい! うるさい、うるさい、うるさぁぁぁい!」
「くすくす。私は貴女、貴女は私。善人ばかりのユーグラシア王国の住人たちも長い冬で辛い思いをしていた。なんとかしてあげられないかなって思ったでしょ? だから、こちら側に連れてきて救ってあげた」
「あんた……まさか!?」
「ゆーグラシア王国全域をすべてダークミストで飲みこんだでしょ? あっ、覚えていないわよね? ぷーくすくす」
パリパリパリ……バリン!
「私が……一国を滅ぼした? ……い、いやぁぁぁぁぁ!」
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