この領域はどこかおかしい1
「ナデシコ、貴女でもどうにもできませんの? あの堅物爺さんがそっちに行く前に片付けて欲しいのですけれど……」
「何とかしたいのはこっちも同じだって。逆に手伝って欲しいくらい」
「そうは言われましてもねぇ? もっと専門的な内容がわからない限りは無理ですわ」
この仮想世界に詳しい人がいれば良いのか?
モナ先生なら、あたしより詳しいしホークに会わせても良いかな?
「専門家じゃないけど、仮想世界のことをそれなりに詳しい人なら知ってるよ」
「そうですの? だったら、その方とお話できないかしら?」
「ん、連絡を取ってみる」
モナ先生にメールを送る。
世界の危機だし助けてくれるとは思うけれど、モナ先生も自分の仕事があるからな。
医者という手前、患者を放っておく訳にはいかないだろうし。
プルルル……
モナ先生からの連絡だ。
「ナデシコさん、今なら時間が空いていますので大丈夫ですよ。どこまでお力になれるかわかりませんが……」
「ん、こっちこそ助かる。今、起きている事件の解決に協力してくれる人がいるの。ホークって言って、あたしの世界の住人なんだけど……」
「ええ、問題ないですよ。ただ、仮想世界へ行くのは危険ですので、そのホークさんとはどうやって連絡を取れば?」
そっか、モナ先生が仮想世界に入るのは危険なんだよね?
NLGに接続しなければ、ディーテに意識とアカウントを奪われることは無いし、聞き取りづらいかもしれないけれど、この方法しか無いか?
「原始的な方法だけど……ほい」
通話口に通信機をあてる。
方法はあたしを介しての電話でのやり取りだ。
これなら、仮想世界にはあたししかいない状態になる。
「ホーク、モナ先生と繋がっているよ」
「えっ……早いですわね? も、もしもし?」
「はじめまして、モイラ・ナラティブです」
えっ、モナ先生の本名ってモイラだったの?
知らなかった。
あたしが知らないということは、ダリアも知らないんだろうな。
「よろしくですわ。早速ですけれど……」
「ええ、それは……」
「なるほど! それは素晴らしい考えですわ!」
「そして、記憶媒体として……」
ここから先は何を言っているのか、あたしでもまったくわからない。
天才同士では通じているようで、二人きりの世界に入っている。
あたしは解決策が見つかるまで休ませてもらおうかな?
モナ先生との電話回線を開いたままにしておけば問題ないだろうし。
「……コ! ……デシコ! 起きなさい!」
ホークが呼んでいる。
目を覚ますと、8時間ほど時間が経っていた。
通話時間も8時間53分……そんなに長い間、話していたのか。
「ナデシコさん、二人で話し合って一つの可能性が見出だせました」
「ナデシコ、さっそく試してみるんですの」
「えっと……何をすればいいの?」
ホークが説明してくれるが、意味がまったくわからない。
何とか理解できたのは、あたしのHPが0になるごとに強制的に戻ってくるこの家が特殊な空間であることくらいだ。
「ナデシコさん、貴女は13年という長い時間をかけて、仮想空間の一部に貴女自身が具現化できる場所を作ったんです。言い換えれば、そこは貴女だけの仮想世界なんですよ」
ここがあたしだけの仮想世界?
「そして、その世界と貴女は強く結びついていますの。いいえ、もっと大きく……そう、貴女の意識はその仮想世界そのものなんですのよ。だから、貴女がゲーム世界や仮想世界のどこで倒れても、そこで復活できますの」
ホークの話では、アバターはあたしの表面上の意識だけを入れて動かしているのだと言う。
深層意識は容量が膨大で、アバターに収まりきらずこの空間上に漂っているようだ。
だから、あたしが本当の仮想世界へ渡って、そこで力尽きてもこっちの空間でまた目覚める……うーん、やっぱり理解が及ばない。
「ナデシコさん、その空間がある限り貴女は不死身なんです。ただ、一歩でも隣にある仮想世界に出ると、HPやスタミナなどの数値が決定付けられて、消費し続けると最後には消滅するという、仮想世界の絶対的ルールに囚われてしまうのです」
「これはあくまで仮定に過ぎないけれど、その空間を仮想世界内で展開させることができれば、貴女が支配する世界で戦うことができるんですのよ」
あたしの全部を仮想世界へ持っていくってこと?
例えると、アウェイではなくホームで戦うってことで良いのかな?
「でも、どうやってこの空間を広げるの?」
「だから、考察の次は実験ですのよ。場所を仮想世界へ移して試してみますの」
「ナデシコさん、その空間……いえ、テリトリーと言ったほうがいいかも知れません。そのテリトリーを自身で操作することができれば、義体に入ることも簡単になるかもしれませんよ」
そっか、あたしのすべてを移動させる方法させ確立できれば、保存先を義体の中に作るだけで良い。
これは頑張るしか無いね。
「ディーテはそのテリトリーをある程度操れるようになっていると思いますの。しかも、その範囲を徐々に広げている可能性が高いですわ」
「ええ……ですから、ディーテという者のテリトリー内では、自分自身に有利な何でも有りの状態になっています。それを今度はナデシコさんが使いこなし、ディーテをテリトリーに閉じ込めることができれば……」
「勝ち目はありますわ」
「ほんと!? それなら頑張る!」
ディーテを一方的にボコれるなら、やる気も出るからね。
自分の世界から出て、BDの世界へ移動する。
このゲーム世界は町以外は荒野だから、何か起きても対処しやすい。
「なんか、改めて見ると魔界のような風景ですわね」
「スリードたちが転移装置で現れた場所もここだけど、魔界と似ているから?」
「そうかもしれませんわね」
「へぇ、魔界……ですか?」
モナ先生が興味を引く。
あまり心地良い場所では無いけれどね。
ミミのようなピグミーは可愛いけれど、悪魔たちはウザったいし。
「それでどうやって持ってくればいいの?」
「ナデシコさんが家だと思っている場所を、まずはそこに呼び出してみることから始めましょうか」
「そうですわね。ディーテが襲いかかって来るとは限らない以上、自身で意識的にテリトリーを展開できるようになったほうが確実ですわ」
テリトリーを展開する。
うーん、イメージが沸かない。
家を持ってくるイメージなんて、そもそも持ち運びできる家なんて無いもん。
「仮想世界は現実では無いんですのよ。もっと、現実離れしなさい!」
現実離れなんて、そんな簡単にできるわけないじゃん!?
「ナデシコさん、まずは先ほど居た場所を強くイメージしてください」
「ん……イメージ……イメージ」
………………。
駄目だ、何も起きない。
「家の中だけはなく、外見も細部までしっかりとイメージすることですわ」
「外見まで……」
そういえば、ヒメに石化されかけて、この世界に跳んで来たときは、真っ黒い空間だけだったな。
それがいつの間にか自分の部屋みたいになっていって……最近では外見も家になっていた。
まったく不思議に思わなかったけれど、こうやって思い返すと不思議な現象だ。
そうか……自分だけの居場所を無意識のうちに望んでいたから、部屋ができて帰るための家の形もできていたのかな。
今、帰るべき場所を強くイメージ……。
ヴ……ヴヴ……
小さなノイズが走る。
ディーテが現れる前兆に似ている。
けれど、今はあいつじゃない。
ヴヴ……ヴヴヴ
「ん……展開」
ヴォン
あたしが無意識のうちに帰っていた家がBDの荒野に現れる。
「やった!」
「実験成功ですね! ナデシコさん、おめでとうございます」
「さすがですわ」
でも、この家ではとても戦う場所なんて言えない。
次は中身をただの空間にして、もっと広げなくてはいけない。
「その家の中はどうなっていますの?」
「そうですね、中に入って確認してもらっていいですか?」
家の中に入ると、BDの世界に来る前と同じだ。
この空間があたしの全部なんだ……。
「特に変わりはないよ」
「それなら、次の実験に移りますわよ」
「次はテリトリー内でナデシコさんがしたいことをイメージして、その事象を起こしてください」
先にそっちの練習か?
確かに家の中に連れ込んだだけじゃ、意味が無いからね。





