この救済はどこかおかしい6
制服をすぐに着て兵舎へ向かう。
ほとんどの騎士はすでに集まっている。
みんなも消えた村人たちのことが心配なようだ。
本当にこの国は国民すべてが思いやりがあり優しい人たちばかりだ。
これも陛下のおかげなのだろうな。
団長が前に立ち、騎士全体に話しかける。
「昨晩、北西地区の村人も消えた……これで行方不明者はすでに600人を超えている。相変わらず決定的な手がかりは無く、周辺をくまなく捜索するしか我々には方法がない。そのため、本日の捜索範囲は地区外を広範囲に行うことにする。これは巡回も兼ねながら行うためだ。確証はないのだが、村人の消失には何者かが関与している疑いがある。村人の捜索を重点的にしつつ、怪しい者がいた場合は捕縛することを許可する。メンバー分けは昨日と同じだ……みんな、すまないが今日もよろしく頼む」
「「はっ!」」
黒いシミや正体不明の沼のことは黙っているつもりか?
団長になぜ、そのことを言わないのか質問した。
「団長、昨晩お話した内容は? 消失の原因であると思われる黒い沼やその痕跡である黒いシミのことをなぜ伝えないのです?」
「なんだ?」
「黒い?」
「昨晩、北西地区の村人が消える瞬間をレベッカが目撃したそうだ」
「「な……なんだって!?」」
「レベッカ、本当か!」
「みんなも薄々、気付いていると思う。この消失事件は何者か……いや、勇者軍の能力者が関与している疑いがある。奴らは狡猾だ、決して一人で行動せずツーマンセルで捜索に当たってくれ。黒いシミに関しては屋外ではすでに雪に埋もれているため、本日の任務終了時に伝えるつもりだ。まずは捜索に集中してくれ! では……行動開始!」
「「はっ」」
勇者軍の能力者……確か、使徒と呼ばれる者たちだったな。
彼らがついにこの国にも来たってわけか?
確かにそれなら、女性だけを連れ去るならず者と違う行動をとっていてもおかしくないか?
さすが、団長だ。
私の話だけで、勇者軍の幹部がこの出来事に関わっていることを見抜いたのか。
私はてっきり、勇者軍と関係のない者の仕業だと思ってしまった。
ユーグラシアの国民と比べると外国の人たちは悪人が多いと思ってしまう悪い癖だな。
そうだ……リアだって心の優しい娘なんだ。
目を見ればわかる。
あの娘のように勇者軍に苦しめられている人は外国にも大勢いる。
悪の大元は勇者軍なのだ。
「レベッカ様、少しお話が……」
「エルカか……どうしたのだ?」
「そのリア様なのですが……」
「リアが目を覚ましたのか!?」
「いえ……まだ、眠ったままです」
「そうか……それでリアがどうしたのだ?」
「一度、リア様のお部屋へ」
エルカに付いてリアの部屋に向かう。
昨日と変わらない、リアは眠ったままだ。
「いったい、どうしたというのだ?」
「これを……」
スッ
エルカがリアの布団をゆっくりとめくる。
すると、彼女の足元のシーツに例の黒いシミが付いている。
どうして、こんなところに?
「昨日の晩までは無かったのです。それが今朝になると付いていたので……いちおう、お伝えをしておこうかと」
「そうか、ありがとう」
黒いシミが消失の原因になっていることはほぼ間違いない。
なら、ここで誰か消えた?
いや、行方のわからないメイドは四人のままだ。
……もしや、リアが狙われているのか?
相手は使徒の可能性が高い……この黒いシミを操作し、広げて沼にならないとも限らない。
団長に伝えて、警護を付けてもらおうか?
……ダメだ、全騎士で捜索に当たるべき事案に私情を挟んではいけない。
メイドなら多少は融通がきく。
「エルカ、私からメイド長に話を通しておくから今日一日、リアの側にいてやってくれないか?」
「え……ええ、わかりました」
「部屋に鍵は必ずかけておいてくれ。あと、そこの黒いシミに注意を払っていてくれないか……絶対に近付かないようにしてくれ。何か異変があったらリアもすぐにその場から離してほしい」
「かしこまりました」
これでなんとかなるか……相手が乗り込んで来たら、エルカではどうしようもできないが、そこまで気にしていたら誰も動くことができない。
私は一度、メイド長にエルカを借りたことを言い、食堂で朝食を済ませ兵舎に戻った。
「レベッカ、来たか。んじゃ、行くわよ」
「ええ、ラウラ。今日もお願いね」
私のパートナーのラウラ。
彼女は宮廷剣術の達人で騎士団の中でも常に成績上位を収めている。
私は……恥ずかしながら、いつも真ん中くらい……いやはや、我ながら情けない。
だけど、正義感は人一倍だと自負している。
「今日は広範囲捜索だから先に北西地区の奥まで行こうか」
「セントホルン山の麓まで?」
「ああ……何もないとは思うがな」
今、この国で話題になっているセントホルン山か。
昔から山岳信仰が深い、この国にとっては最も神に近い山として奉られている。
神といっても神族ではない、正真正銘の神だ。
一年中、氷が溶けることのない山だから氷神を国民の多くは奉っている。
一時間ほど馬を走らせ、やっとセントホルン山の麓まで来た。
道中、ここまで異変があるはずもなく、辺りは静寂に包まれている。
「ん――、ここはいつ来ても素晴らしいな。心が穏やかになる」
「ラウラ、休日ではありませんよ」
「あはは、わかっているよ」
昨晩の吹雪が嘘みたいに今日は晴天で、山の山頂がよく見える。
この国の冬は厳しく、吹雪になると一週間は収まらないときがザラだった。
しかし、ここ三年ほど雪は降るものの、吹雪になる日が少なくなった。
そのため、村人も昼間に外で活動できる時間が多くなり、越冬もそれほど辛いものではなくなっていた。
「こんな晴天が続くのも氷の精のおかげなのかねぇ」
「ラウラ、あなたまで村人と同じように氷の精にお熱なんですか?」
「そりゃ、そうだろう。子どもの頃に何度も聞かされたおとぎ話に出てくるんだから、会えるなら会ってみたいじゃないか?」
この国で育った者なら誰もが知っているおとぎ話がある。
その話に出てくる氷の精はこの氷の大地に生きるすべての生物のために自分の身を犠牲にし、厳しい冬を穏やかにし、短い夏には緑が生い茂る土地に変えたという悲しい話だ。
越冬が命がけの昔の人が考えた話という説があるが真相はどうなのか誰もわからない。
そして、そのおとぎ話の冒頭で氷の精は少女の姿をし、セントホルン山に住んでいたという始まりがある。
「レベッカ……アイスタイガーの足跡だ。気をつけろ」
「え……あ、ああ」
「あはは、人のこと偉そうに言っておいて……レベッカもセントホルン山に見とれているじゃないか」
「す……すまない」
そうだ、今は捜索に集中しなければ。
しかし、アイスタイガーか……村に出てこないことを祈りたいが。
「ガァァァ!」
アイスタイガーが木の上から飛び降りてきた。
完全に油断していた……捜索に集中するあまり、頭上に気を付けていなかったためだ。
「レベッカ! はぁぁぁぁ!」
ラウラがすぐに駆けつけるが、とても間に合いそうにない。
くそっ、まだ何も解決できていないのにこんなところで私は命を落とすのか?
パキィン
ドサッ
アイスタイガーが一瞬に凍って動かなくなる。
氷属性の生物であるアイスタイガーが凍る?
そんなことあり得ない……。
「レベッカ、大丈夫か!?」
「ラウラ……ごめんなさい。完全に油断していた」
「気にするな……しかし、これは」
「ラウラがやったのでは無いのですか?」
「何を言っている? 私が魔法を使えないのはお前も知っているだろう。それにアイスタイガーが凍るほどの魔力の持ち主なんて見に覚えがないぞ」
ガサッ
まだ、何かいる!?
アイスタイガーは群れで行動しない……とすると、他のモンスターか?
「ひゃっ……ひゃぁぁぁ」
ドサッ
クマザサの茂みの中でつまづいたのか、転んで姿を表したのは少女?
セントホルン山にある氷河のようなグレイシャーブルーの髪にスカイブルーの瞳、まるでおとぎ話に出てくる氷の精と同じじゃないか?
「レベッカ……氷の精だ……やっぱり、いたんだ!」
ラウラも私と同じ結論に至ったようだ。
「ひっ! 人様……ごめんなさい! すぐに山に戻りますからぁぁぁ!」
「あっ! ちょっと!」
ガシッ
しまった、その場の勢いでつい氷の精の手を掴んでしまった。
氷のように冷たい肌……とても人間の体温ではあり得ない。
やはり、氷の精本人なのか?
「は、離してぇ! 山に戻りますからぁ!」
どうしよう、団長には誰か見つけたら捕縛しろと命令されているが……。
「お嬢ちゃん、ほらアイスキャンデーあげるから少しお話しましょ」
「ラウラ、どこからそんなものを?」
「まぁまぁ、それより……うっわぁ、可愛い! 本当に氷の精だわ、白い肌に冷たい身体……ん――、抱きついているとひんやりして気持ちいいわ!」
「アイスキャンデー……うまうま」
もう、飼いならされてる!?
氷の精ともあろう者が、チョロすぎじゃないですか!
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