この救済はどこかおかしい5
リアの様子を確認した後、自室へ戻り身体を休める。
明日も村人の捜索か、それとも巡回か……どちらにしても忙しい一日になりそうだ。
夜間巡回の騎士は大変だな……窓の外を見ると吹雪いてきたし、今夜も天気が荒れそうだ。
風が窓を叩きつけ、ガタガタと音を上げている。
だが、ベッドで横になると疲れているからかすぐに眠りに就くことができた。
「ラ――ララ――」
……う……んん……。
何の音だ……外から?
風の音で所々聞こえにくくなるが……これって歌声?
「ラララ――」
森のほうから聞こえる……森の向こうはスノーティアだ。
……コンスタンが村人から証言を取った謎の歌声……まさか、これのことか?
吹雪のせいで風の音が歌声に聞こえなくもない……。
だが、またどこかの地区で住人が消されたら……いや、そんなことは騎士として絶対にさせない!
聞き間違いであったなら、それはそれで別にいいのだ。
だが、村人の消失が意図的に誰かによって起こされているなら見過ごすわけにはいかない。
パジャマの上から防寒具を着て、厩舎へ向かう。
ビュゥゥゥ
今夜もやはり凄い吹雪だ。
こんな吹雪の中で外に出る酔狂な村人はこの国には誰一人としていない。
「ラ――ラララ――……くすくす」
ビュゥゥゥ
風に乗って、声がここまで届いているのか?
今はしっかりと聞こえた、これは明らかに人の声だ。
急いで馬に乗り、風が吹き付ける方向へ走らせる。
ドドッドドッドドッ!
この方向はスノーティア北西区か……コンスタンが歌声の証言を取った村人たちが住んでいる地区だ。
ドドッドドッドド……
眼前に馬に乗って同じ方向へ進む人影が見える。
夜間巡回の騎士か……今日は誰だったか?
馬の速度を上げ、人影に追いつく。
「巡回中の騎士ですか? 私は同じ騎士団のレベッカです!」
「おお、レベッカか! お前も聞いたのか!?」
「コンスタン、貴方でしたか。今日は朝から捜索をして、ずっと休めていないのでは!?」
「僕のことは気にしなくていい! それよりも耳を済ましてみろ、吹雪のせいで聞き取りにくいが歌声と……悲鳴だ……それも大勢の! やはり、何者かによる攻撃なのかもしれんぞ!」
確かに歌声だけではなく、悲鳴も聞こえてくる。
風によって声が運ばれ私の耳まで聞こえてくるが、北西区は馬を全力で走らせても20分はかかる。
10分ほど経った後、激しい風の音しか聞こえなくなった。
不気味な歌声とあれほどの悲鳴がパタッと聞こえなくなった?
さらに10分、馬を全力で走らせ北西区に着いた。
「誰か――! 誰か、いませんか――! ユーグラシア騎士団のレベッカです!」
もう、みんなが床につく時間だし静かなのは当然なのだが……。
何軒かは明かりがついているのに、人の気配がまるで無い。
扉もこの吹雪で開かないようにしっかりと施錠され閉じられている。
「コンスタン……まさか……」
「とにかく、すべての家の中を探せ! まだ、誰かがいるかも知れない!」
「はいっ!」
無断で立ち入るのはいけないことなのだが、今は緊急時だ。
鍵のかかっている扉はさすがに私の力ではビクともせず開かないので、窓ガラスを割り家の中に入らせてもらう。
泥棒じゃないけれど……なんか、凄く後ろめたい気持ちになる。
「誰か……誰かいませんか!?」
「……け……て……ぶぇ……」
声が聞こえる……住人がまだいる!?
声のする寝室らしき部屋に入ると恐ろしい光景が目に映る。
黒いなにかに沈みこんでいく……ここの住人か?
片腕だけまだ飲み込まれていないが、ゆっくりと沈んでいく。
「おとなしく見ている場合じゃない! 助けないと!」
ガシッ!
腕を掴み必死に引っ張り上げるが、まったく引き上げられない。
ズズ……ズズズ……
「くっ……なんだ、この力は……ああっ!」
ドプン
住人の片腕を支えきることができず、不気味な黒い沼の中に消えていった。
……いったい、これは何なのだ?
黒い沼は小さくなり、腕が最後に沈み込まれたところに小さく黒いシミができている。
これは……間違いない。
王城の客室にもあったシミと同じものだ。
やはり、村人の消失と王城内での消失は原因が同じだった。
ここはもはや、どうしようもないのか?
他の村人のところへ行かないと……。
他の住居内も必死に探すと、黒いシミは見つかりはするものの、村人の姿はすでにどこにもなかった。
「コンスタン……そっちは見つかりましたか?」
「ダメだ……本当に消えたとしか言えない。明かりがついていた家は暖炉の火も消えていなかったし、まだ温かい紅茶がコップに入っていたりもした」
「私は……一名、発見できたのですが……くっ!」
「何があった?」
不気味な黒い沼のようなものに村人が沈んでいくのを目にしたことをコンスタンに伝える。
「……とてもじゃないが信じられん。だが、お前が冗談を言うはず無いのも十二分にわかっている……うぅむ」
「そうだ……コンスタンが捜索した住居には黒いシミのようなものは見当たりませんでしたか?」
「黒いシミ? いや、特に気付かなかったが……」
「証拠になるかはわかりませんが、どこの家にもあると思います。付いてきてください」
コンスタントと共に何軒かの住居を回り、黒いシミが王城の客室にもあったことを伝える。
「ふむ……確かにどれも見た目は同じもののようだな。これが消えた村人と関係があるのなら北地区と南東地区にもあるはずだ。レベッカ、お前は先に王城へ戻り、団長に伝えてくれ。俺はもう少し、この辺りに住人がいないか探してから戻る」
「はっ! コンスタン、お気をつけて……」
馬を走らせ王城へ戻る。
あの黒い沼のようなもの……勇者軍の攻撃にしてはどこか違和感が感じる。
……そうだ、勇者軍は村人の男性は容赦無く殺すが、女性は檻に閉じ込めどこかへ連れ去ってしまう。
今までも例外無くだ……なのに、今回は男女関係無く消失している。
……あの黒い沼の行き先はあるのか?
勇者軍の仕業なら、男女関係無く連れ去ることにした?
それとも、男女関係無く命を奪ったのか?
……やはり、勇者軍の仕業では無いような感じがする。
王城へ着くと、すぐに兵舎の団長室へ向かうが鍵がかかっている。
夜もかなり遅いし、団長も自室で休んでいるのだろう。
いや、悠長なことは言っていられない。
すぐに団長の自室へ行き、扉を叩く。
ガチャ
「レベッカか? どうした、こんな夜更けに」
「団長、大至急、お耳に入れたいことがございまして……」
団長にも北西区で村人が消失したこと、消失に黒い沼のような何かが関係していること、消失した後には黒いシミが残ることを伝えた。
「そうか……気付かなくて悪かったな。今日の捜索で大勢の騎士は疲れ果てている。日が明けたら、すぐに招集をかける。お前もそれまで休んでおけ。ご苦労だったな、レベッカ」
「はい。では、私はこれで」
「ああ、お休み」
私も自室へ戻り、すぐに横になるが……身体が芯まで冷えただろうか、なかなか寝付けない。
こういうときはお風呂に限る。
大浴場へ行き、湯船に浸かるが失策だった。
気持ち良すぎて湯船で眠ってしまい、溺れかけたところで目が覚めた。
しかも、日が昇りかけている。
よくのぼせずにこれだけの時間、浸かっていられたものだ。
……すでに脱水症状であの世にいるってわけではないよね?





