この救済はどこかおかしい3
勇者歴193年1月24日、勇者が魔王に対し戦線布告してから約5年が過ぎた。
ここ、ユーグラシア王国はアルス大陸の最北端に位置する1年のうち、10ヶ月近くが雪と氷に覆われた国だ。
3代目勇者により、ここ5年の間でアルス大陸にあるほとんどの国は勇者が支配するノルド国領に属してしまった。
この国も月に何度かは勇者の配下らしくない振る舞いをするならず者が村を襲撃しにやってくる。
治安の良かった国が他国に脅かされている現状でも、ユーグラシア王国民は国王のためにしっかりと働いてくれている。
私も騎士として、国民をこの身をかけてでも守らないといけない。
しかしここ数年で不思議なことが立て続けに起こりはじめた。
氷の精を見たという目撃例が3年ほど前から増えたのをきっかけに、永久凍土で覆われている土地で野菜が育ったり、村の近くに温泉が湧き出したりしたのだ。
おかげでこの国は困窮の状態から脱することができて嬉しい限りなのだが……。
民の多くは氷の精のおかげだと言って喜んでいる。
こんな時代だし、何かにすがるのは悪くないことだと思うのだけれど、私たち王や民を守る騎士としては勇者軍をなんとかするので精一杯だ。
そんなときに新たな問題が起きた。
昨日から昨晩にかけて、スノーティアの村の二ヶ所の区域から村人が消えたのだという。
今朝、団長の指示により私は北地区のグループに入り村人の捜索が決まった。
「レベッカ、俺はこっちを探す。お前は他のメンバーと共に森の中を捜索してくれ。アイスタイガーには気をつけろよ」
「はっ! 了解しました」
北地区に着いたときは本当に驚いた。
ほとんどの民家の中は昨晩の夕食がそのままで、中には食べかけのものが置いてあったり床に落ちたりして、不気味と表現する以外ないような状態だった。
まるで村人がその場から消えたような感じにさえ見て捉えられる。
「くそっ、遺体さえ見つからん! いったい、どうなっているんだ?」
「ベルンハルト、おかしくないですか? 村人が逃げ出した痕跡がこれだけ探しても見当たらないなんて」
「ああ、俺もそれは村に到着してすぐに気がついた。だが、実際に村には誰もいないんだぞ。いないということはどこかへ移動したとしか考えられないだろ?」
そうだ、その場にいないのは移動したからなんだ。
テレポートという魔法もあるにはあるが、村人の中に使えるものはいない。
民のステータス管理は国の方針で我々騎士によって、年に一度チェックをすることになっている。
テレポートが使えるほどのポイントを知力に振っている者はスノーティアにはいないのだ。
だが、もしもテレポートが使えるからと言って同じ区域にいる住人をすべて連れて、どこへ行ったというのだ?
勇者軍への亡命……それはありえない。
村人のほうが十分に理解しているからだ。
あいつらには話し合いなど通じない、男は問答無用で殺され女はどこかへ連れて行かれる。
それに民からの信頼も厚い王を裏切るような真似を村人がするとは私にはとても考えられない。
何時間もかけ探し回ったが、村人の姿は見当たらず日が暮れかけるころには王城へ引き上げることになった。
「くそっ! 隣の区域の村人は何も知らないようだし、いったいどうなっているんだ!」
「団長、北西区の村人から耳にしたのですが、ご報告してもよろしいでしょうか?」
「なんだ? 気になることだったら何でも言ってくれ」
私と同じ捜索グループに属していたコンスタン……彼は真面目で王から直々に相談事をされるほど頭脳明晰なこの騎士隊のブレーンでもある。
「昨晩、奇妙な歌声が北のほうから聞こえたと言う証言を数十人ほどから取っていまして……」
「奇妙な歌声? それがどうした?」
「いえ……こんな真冬に、しかも夜間に外へ出て歌を歌う酔狂な者はこの村にはいないので妙だと思いましてね」
確かに真冬の夜に外へ出ることは、村人ならその危険性も重々承知しているはずだ。
奇妙な歌声……まさか、勇者軍の新たな攻撃か?
「どちらにしろ、今日はもう日が暮れるし捜索はできない。村の巡回も疎かにするわけにはいかんだろうし、明日は捜索メンバーと巡回メンバーに分けるぞ。それぞれのメンバーは明日の朝、追って知らせる。今日は全員お疲れだったな、十分に身体を休めてくれ……解散!」
この真冬に一日中、外へ出ているのは本当に身体がこたえたな。
そうだ、リアと一緒に先にお風呂にでも入って身体を温めようかな?
他の騎士たちと別れ、リアの部屋へ向かう途中だった。
メイドの一人が私に声をかける。
「レベッカ様……リア様が洗い場でお倒れになられておりまして、まだ意識が……」
リアが倒れた?
心配になり、すぐにリアの部屋へ向かおうとしたときだった。
騎士が大きな声で私を呼び止める。
「レベッカ! 騎士団はすぐに会議室へ集合だそうだ!」
「えっ? 今、解散したばかりですが?」
「内容は集まってから伝えられる。早急に集合だそうだ! 騎士団長から緊急を要する話があるみたいだぞ!」
さっき、解散したばかりなのに……まさか、村人が見つかったのか?
リアが心配だが、村人たちも心配だ。
すぐに会議室へ足を走らせる。
解散したばかりで全騎士団が集まるのにそれほどの時間はかからなかった。
「解散したばかりですまんな。村人の消失と関係があるのか無いのかまったくわからんが……」
団長の顔が歪む。
これは良い話では無いようだ。
「メイド長からの話でな……城内でも消失者が出たようだ」
「「な、なんだって!?」」
「「マジかよ……」」
会議室がざわつく。
私も驚きを隠せない。
また、誰かが消えた?
しかも、今度は城内で?
「2階の各客室には陛下のご慈悲により、さまざまな病で弱った者たちが温泉療法として宿泊をしている。それは皆も知っていると思うだろうが、その人たちが全員消えたのだ。さらに数名のメイドが昨日から行方不明になっている。村人と同じく消失したのかもしれない。日が暮れてしまうが、この城内を含めその周辺まで捜索をお願いできないだろうか?」
騎士団長は配下の私たちの身体までいつも気遣ってくれる。
本当に心の優しい人なんだ。
私も団長のような皆を思いやれる立派な騎士になりたいと思っている。
「何を言うんですか、団長?」
「そうですよ、命令してください」
「あっ、消えた人たちが見つかったら団長の奢りで全員に高級ワインをお願いしますぜ!」
「「あはははは」」
「お前ら……すまんが捜索を頼む……」
「「はっ!」」
リアのことも心配だけれど、今は病人たちを優先しなければ。
見つかれば良いのだが……いや、弱気になってはいけない。
私は城内を探すことになり、各部屋を隅々まで探す。
2階の客間……一人では動けない病人もいたはずだ。
それほど弱った人が介助も無しに一人でどこかへ行くなんてことがあるのだろうか?
シーツは綺麗に新しいものへ変えられている。
そうだ、今日の客室担当者は誰なのだろう?
そのメイドならなにか知っているかもしれない。





