この戦争はどこかおかしい2
しかし、謁見の間でずっと待っているのも退屈だな。
辺りを見回していると、一人のゴブリン兵が何か読んでいる。
「何を読んでいるんですか?」
「ああ、これか? 単なるスケジュール帳だよ」
守衛のゴブリンにもいろいろと予定があるみたいだな。
少し覗き見ると20時間くらい仕事で、残りの時間は就寝時間、休みの日は無い。
おいおい、マジかよ。
ブラック企業ってレベルじゃないぞ?
どれだけ悪環境な現場なんだよ。
他にも兵士はいっぱいいるのだし、このゴブリンだけに見張りさせなくてもいいのではないのか?
「ゴブリンさん、お休みの日って無いんですか?」
「休み? 何だいそれは?」
そうか、魔王軍に支配されているときは強制労働の上、さらに重課税なんだよな。
それが何百年もずっと続いているとしたら、ゴブリンやオークたちにとってはもはや当たり前のことなんだ。
重課税が課されていない現在のほうがかなり快適でもあるってことか。
だが、睡眠時間が四時間って……いつか、絶対に身体壊すよな?
「他の兵士さんたちもこんなスケジュールなんですか?」
「ああ、どこも同じくらいだろうね。本当に姫様の優しい心遣いに感謝しているよ」
いやいやいや、十分ブラックですから!
ああ、慣れって怖い!
コッコッコッ
「待たせたな! で、どこのどいつだ? あたいと話したい奴ってのは?」
「セツ様、ユキ様の側付きのドレイク殿です」
「なんでぇ、この前のガキんちょか? どうだ、上手くやってるか?」
「はい、おかげさまで……それより雪様と魔王軍の会談についてお話に参りました」
「ああ、そういえばそんなのがあったな。どうだった? あっち側の無条件降伏か? それとも戦争か?」
こっちはこっちで物騒だな。
「いいえ、この国の自治を認めていただき、勇者軍との戦いにおいては互いに協力するとのことで……」
「ああ!? 認めていただいただぁ? ざっけんな! それじゃ、この国がもともと奴らの土地だったのと同義じゃねぇか!」
もともとって……それが事実みたいなのだが?
まさか、知らなかったのか?
「そんなもん却下だ! 受け入れられん! おい、ゴブ兵!」
「はっ!」
「戦争だ! 全員に準備をさせろ!」
「はっ、直ちに取り掛かります!」
「ひ、姫様!」
ふざけんな!
戦争なんて簡単に言えても、死ぬのは相手だけじゃ済まないんだぞ。
これじゃ、話し合いに行った意味が無いじゃないか!
まさか、会談が破断すると思い込んでいた?
……この姫様だ、有り得そうだな。
そもそも勝ち目があるのか?
もとから気性が荒い雪だが、あまりにも考えが無さすぎる。
それとも、何か作戦でもあるのか?
いや、あっても戦争なんて許されないが……。
「おい、ガキんちょ! お前は自室で待機だ」
「姫様! まさか、本当に戦争を?」
「当然だ! まずはこの大陸全土を支配下に置くのがあたいの目的だからな! その次はアルス大陸の勇者をぶっ殺し、そして最後にガンデリオン大陸の神々を粉々にして……これで世界征服の完了だ! あははは!」
まさかの世界征服かよ!?
いやいやいや、あまりにも無謀だっての!
「さて、あたいも準備するか……おい、人形共!」
「「ヒャッハー! セツ様、何か御用がおありで!」」
「あたいを軍議室まで運べ」
ならず者共に担がれて、謁見の間を去って行く雪。
このままじゃ、本当に攻めかねないぞ。
勇者軍のほうはどうするつもりなんだ?
今の膠着状態が互いの均衡を守っているというのに、こっちからそれを崩すと隙を生むことになりかねない。
いや、確実に勇者軍はその隙を逃さずに攻め込んでくるだろう。
そんなことになったら魔王軍と勇者軍の両軍から攻撃されて……最悪じゃねぇか!
止めなければ!
でも、どうやって止める?
子どもの俺に何ができると言うのだ?
せめて雪が近くにいてくれたら、彼女に告げ口をして止めて貰えるかもしれないのだが。
『リュージ、お話があります』
ふぁっ!?
何だ……突然、頭の中に声が響き渡る。
『リュージ、私です』
この声はプログラム?
そばに欽治がいないのにどこから話しかけているんだ?
『プログラムか?』
『肯定。貴方も一度亡くなったため私が貴方の中で起動する準備が整いました』
『やっぱり、俺は馬車の中で欽治に殺されたのか?』
『肯定。それはもう綺麗に首が落ちました』
怖いこと言うんじゃねぇよ!
だが、死んでも生き返る……俺の予想通りだったな。
『それで話って何だ?』
『貴方も一度亡くなったため、仮面を被り生き物の魂を定期的に摂取してください』
『俺もなのか? まさか、俺も放っておいたらモンスター化してしまうのとか?』
『肯定。それから、欽治はまだ貴方の一度目の命を接取しただけです。数が圧倒的に足りません。至急、魂を接取させてください』
マジでか!?
俺が死んでも、少しの時間稼ぎにしかならなかったっていうのかよ。
『欽治が再度モンスター化するまで時間はどれくらいあるんだ?』
『もって一時間ほどです』
一時間!?
たったの!?
やべぇ……こんなところでモンスター化されたら、ローウェルグリンが滅びかねないぞ。
『この近くでモンスターの狩場は無いか!?』
『ここから数十キロ先になります。とても間に合いません』
『だが、ここで被害を出すわけには……そうだ! 勇者軍の駐屯地が近くにあったはずだよな?』
『ここから北西に約3キロです』
3キロか。
一時間あれば、子どもの俺たちでも間に合う距離だ。
人間を大量虐殺することになるが、俺たちの村を襲った連中の仲間だ。
慈悲は必要無い。
『欽治はどこだ? すぐに連れて一緒に行くぞ』
『案内します』
はぁぁ……もう!
問題が次から次へと出て来やがる。
戦争準備は早々とできるものじゃないだろうし、後回しでも大丈夫だろう。
余計な火種を生むわけにはいかないが、駐屯地にいるならず者たちを全滅させれば、勇者軍もどこが襲ったか伝わらないはずだ。
何人たりとも逃してはならない。
……全滅させてもらう。
『欽治はどこまで散歩に行ったんだ?』
『現在位置はここから北に1キロの地点になります』
……何を勝手に城の外に出てやがんだぁ!?
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