この悪魔はどこかおかしい6
「……シ……コ!」
声……?
「ナデシコ!」
ん……いたた。
「ナデシコ……大丈夫なんか!?」
「ミミ……あいたたた……ここは?」
「わからへん、うちもずっとポケットの奥に隠れとったからな」
気を失ってしまった?
あの動く草の茎の部分で足を封じられ、追い打ちで葉っぱで頭に一撃をもらってしまったのか?
何なの……あの草……斬れないし、鈍器みたいに葉っぱの部分は硬いし。
ここは見た感じ、どこかの牢獄みたい。
はぁ、こんなところで無駄な時間を取りたくないのに……でも、考えかたによってはどこかの町に連れてこられたって捉えられるか。
でも、武器は取り上げられているし……先に武器を取り返してから、探索をして地図を手に入れたらいいよね。
コッコッコッ
階段を降りる足音が聞こえる。
「誰か来たで」
「ミミはポケットに入ってて」
ゴソゴソ
「ようやくお目覚めですかな?」
「誰?」
「ふふっ、これは失礼。私は第二柱、強欲の姫であるサキュバス様の執事ヨハンと申します」
ヨハン?
見た目は普通の人間だ。
でも、ここはグランディール大陸のはず……人族はいないはずじゃ?
「貴方……人間? ここって魔界だよね?」
「ふふふ、何もおかしいことはありますまい。我々は同じ世界に生きる生命体……ただ住む大陸が違うだけのこと。私はこの大陸でサキュバス様に忠誠を誓って執事として働かせていただいているのですよ」
「それで、その執事さんがあたしに何の用?」
「いやはや、これは呆けておられるおつもりですかな? まぁ、よろしいでしょう。サキュバス様が謁見の間でお待ちですので付いて来ていただきましょう」
この大陸を支配する7つの柱のうちの一人があたしに用事?
でも、そんなに偉い人ならここがどこだか知っているし、地図も持っているはず。
それにあたしの武器も返して欲しいし、何より牢獄から出ない限りは無駄な時間を増やしてしまうばかりだ。
「ん……いいよ、わかった」
ガチャ
「ふふ、ではこちらへ。あっと……念のために両手は縛らせたままにさせていただきますよ」
あたしの両手を縛っている、この草はさっきの草原にあった草と同じだよね?
無茶苦茶、硬い……普通の手錠なら力付くでどうとでもなるのに……なんてことを考えながら、ヨハンの後を付いて歩く。
左右後方にも逃げないように見張りのゴブリンが槍を突き立てている。
ここはどこかのお城のようだ。
すべて石造りなことから考えて、古代から中世レベルの文明ってことになるのかな。
転移者のおかげで急速に科学が発展したアルス大陸の敵じゃないかも。
「姫様、お連れいたしました」
「やぁっと来たの……遅いわ! この使えないクソ執事!」
ドゴッ
「ガフッ」
「もっと早く連れて来れないの? あたくしも暇じゃ無いんだけどさぁ!」
ドゴッドゴッ
この女が第二柱……強欲の姫?
一見すると悪魔とは思えないくらいの美女だ。
悪魔独特の角と翼はホークのデータベースで見た通り生えているけど。
それより、ヨハンを何度も踏みつけなら罵倒している。
性格は凄く悪いみたいだ。
それより、せっかくの執事をそんなにボコボコにしていいの?
「姫様、今日も……ありがとうございます!」
ヨハン、喜んでるっ!?
「なんか……あいつ、見ていて気持ち悪いで」
「マゾヒストというやつなのかな?」
ヨハンは幸せそうな顔をしながら失神してしまった。
あれが絶頂を迎えるという感じなのかな?
「さぁて、客人……という割には、いろいろとやってくれちゃったわね。あたくしの可愛い下僕を3匹も殺しちゃってくれてさぁ……あんた、何者? どう見ても人間だよね? 勇者の一味とかいう奴?」
その高慢な態度は気に入らないな。
なんかディーテと似ている雰囲気があるし、とても友好的にはできないかな。
「人にものを訪ねるときは……」
「あ――はいはい。そんなお決まりのセリフどうでもいいんだわ! あんた、勇者軍のスパイかなんかじゃないの?」
「勇者軍……それはあたしにとっても今のところは敵」
「ふ――ん、敵ねぇ」
コッコッコッ
玉座から立ち上がり歩きだすサキュバス。
「この刀ってさぁ……この世界の武器じゃないみたいだけど――、確か勇者軍には何名かの異世界人がいるって報告があったんよね――」
あたしの太刀だ……。
正確には欽治の太刀をコピーしたものだけど。
「いろんな仕掛けが施されているみたいね――。こんな変わった刀をこの世界の住人で作れる奴っていないわけでさ――……こんなの持って、はいそうですか――って信じるとでも思ってるわけ?」
「それは貰いもの」
「ふ――ん、貰いものね――」
カチャ
太刀を抜くサキュバス。
あたしの大事な武器を勝手に使わないで欲しいのだけれど。
「んなこと、普通に信じるとでも思っているのか……この人間風情がぁぁぁ!」
ドスッ
「ぐわぁぁぁ! ありがとうございます!」
ヨハンの足に刺して怒鳴る。
あそこまでされても喜ぶなんて、マゾヒストって怖い。
「いいか――よく聞け! 勇者軍がすでに北の大門に集結してんのは知ってんのよ! あっしら柱もそれぞれの領地に戻らされて腹立ってるわけ! わかる!? こんな汚ねぇ所じゃ気持ちよく過ごせられないんだよ! それもこれもてめえら勇者軍のせいっつってんだよ! 都で楽しく過ごせていたのにさぁ……」
まだ何かぐちぐちと言いながら、ヨハンをいたぶっているけど、そんなのはどうでもいい。
何とか、あいつから太刀を奪い取れないだろうか?
この手錠みたいな草を何とかできればいいのだけれど。
「ナデシコ……あいつ、サキュバスや……悪魔族やで」
ミミがあたしの肩まで登ってきて、耳元で囁く。
「ん、悪魔族は知っているけどサキュバスってあいつの名前じゃないの?」
「何や……知らんのか?」
「ま、後で教えて。それより、お願いしたいことがあるのだけれど……」
「お、頼みごとなんて珍しいやん? できることなら何でもやったるで、まかしとき」
ゴニョゴニョゴニョ
「ちょっと、聞いてるわけ!?」
「……」
「この人間が! あたくしを無視してんじゃねぇわよ!」
ギュン
サキュバスが太刀をあたしに向けて振り下ろす。
スッ
「なっ……幻影!? いつの間に?」
「ナイス、ミミ」
「当たり前や」
手は封じられても、足が使えるだけであの技が使える。
「誅武の型、賭殺魔拳」
富山県は武器が無いときに有効な絞め技だ。
サキュバスの背後から足元を蹴り体勢を崩させ、縛り付けられた両手で首を絞める。
ギュゥゥゥ
「ぐっ! て、てめ……あふん」
ガクッ
思っていたより気を失わせることは簡単だった。
あたしの太刀は救出成功。
「これは返してもらうね」
「ひ……姫様!?」
何とか太刀を取り返したが、いつの間にかゴブリンに囲まれている。
ま、相手をしている暇は無いし。
「「き、貴様! よくも、姫を!」」
「ん……死んでないから安心して」
ヒュン
ドンッ!
ドッ……ゴ……ゴ!
「俺を踏み台にしたぁ!?」
……ん、なんかそれアウトなセリフってどこからか聞こえたような。
ゴブリンの頭上に能力で跳び、ゴブリン共の頭や肩を踏みつけ謁見の間から素早く立ち去る。
「ナデシコ、よぅやったやん!」
「ミミもね……幻影魔法ってかなり使える」
「当たり前やで!」
とりあえず、このお城からは立ち去ったほうが良さそうだ。
進路は北にしたほうがいいかな……城があるってことは城下町もあるだろうし、そこで地図を手に入れればいいだけだしね。
「いたぞ! ひっ捕らえろ!」
至るところからゴブリンやオークが出てくる。
人族も思っていたよりはこの大陸にもいるみたいだけど、やっぱり数的にはゴブリンやオークのほうが多いかな。
でも、人族とゴブリンやオークの魔族って共存できるんだ?
アルス大陸の教えではグランディール大陸には人族はいないって幼い頃から教えていられるみたいだけど……。
「もらったぁぁぁ!」
「ん……邪魔」
ドゴッ
「グフッ!」
両手は封じられていても足が使えるなら、蹴り技でこんな雑魚ならどうとでもなる。
ひたすら城の外を目指して走るが、まだ城内が続く。
かなりの広さのようだ。
感じとしては首都グレンと同じくらいあるかも?
お城だけでこんなに広いなら城下町はもっと広いのかな?
それにしても、これだけ広くても都のほうが住みやすいってサキュバスは怒って言っていたけど、どういうことなのだろう?
ま、いいか……今はそんなことに思考を巡らせている暇など無いし。





