女性の霊
僕に女性の霊が憑いている? 両肩と背後を確認するが、別に憑いてはいなかった。周囲の霊気を探るが、気配すらない。
「ネクラさーん。話聞いてました? 萩山さんには見えるってだけです」
クスクスと笑う松間。市原も笑いを堪えている。
「ほんとズレてるね、あんた。萩山が霊感少女だって話よ」
霊感少女? 落ち着かない様子でチラチラと僕を見る萩山永遠。
「……そう」
僕は三人に背を向けて、コンロの火を止めた。少し煮すぎたか。
「あ、あの。あまり良くないものです。早くお祓いをした方が良いと思います」
「うえ、マジ? ちょっと、ネクラ、一体どこで憑けてきたのよ」
「ネクラさん、めっちゃ取り憑かれそうですもんねぇ」
何か見間違えているんだろう。それに萩山永遠から霊気は感じない。
僕は煮えくり返った土鍋に蓋をした。
「できたから、よろしく」
「八番卓のお客? わかった持ってくわ」
市原はお盆と鍋引き、小鉢やご飯味噌汁などを用意すると、フロアへ出て行った。
「よかったら、お祓いしましょうか」
「え……?」
萩山永遠はそう言ってから視線をそらし、手を擦り合わせた。
祓うと言われても今は何も憑いていないが。
「ネクラさん、このままだとうちの店にも影響あるかもですよ~? 萩山さんに任せた方が良いですって! 私なんか、今動物霊を祓ってもらったんですけど、一発で肩が軽くなりましたもん!」
動物霊? このファミレスに霊的なものは感じないが。そもそも僕がこの店のバイトを選んだのは霊の出入りが極端に少ないからなのだ。もちろん、例外はいる。
「……どういう女性が見えるんだ?」
萩山に聞いてみる。
憑いている本人には見えないし気配も感じさせない特殊能力を持った霊ということもあるかも知れない。当然聞いたこともないが。
「白い着物を着ています。髪が長くて、顔が青白いです。ネクラさんの、右肩に手を置いて笑ってます」
「ひっ」
小さな悲鳴を上げたのは松間である。
「あ、悪霊?」
「その類です」
彼女には何が見えているんだ?
「それは」
僕がさらに質問をしようとした時である。冷たい風が厨房内に吹き込んできた。