憑いてます
バイト先のファミレスである。
夜、ゴールデンタイムを過ぎた時間帯。深夜というにはまだ早い。
先輩が買い出しに出掛けたので厨房には僕一人だった。
外は相変わらずの熱帯夜。夜風が涼しいなんてことはなく、昼間と同じように蒸されまくっている。
だと言うのに。このくそ暑い中、キムチ大鍋定食なんかを頼んだ客がいる。コンロに陶器の土鍋をセットして具材を煮込んで行くのだが、直火を使うだけで厨房内がサウナ状態だ。
僕はとにかく暑いのが苦手なのだ。頬を伝う汗を腕で拭い、土鍋を見下ろす。デカいレンジがあるのに何故手間のかかる調理をしなければならないのか? どいつもこいつも文明の利器をなんだと思ってるんだ。
ところで、冷房の設定を十六度まで下げて、風量を最強にしていたのに先ほど戻された。
厨房と繋がるカウンターの前。客達には見えない裏方と呼ばれるスペース。あそこでお喋りしてる高校生バイト達にな。寒かったら、着込めば良い。暑さはどうにもならないんだ、あり得ない。
僕と思考回路が違うのだろう。
「ネクラさーん」
大学生、高校生女子三人組が厨房に入ってきた。高校生の一人は三十分前に上がったはずで、私服姿だ。そして大学生と高校生の二人はファミレスの制服を着ているので仕事中。
「……何?」
私服高校生、松間が興奮した様子で僕の横に近づいてくる。
「萩山さん、凄いんですよ! 実は霊感があるって」
萩山さん……制服姿の高校生の方。フルネームは萩山永遠……だったか。腰まであるロングヘアを緩く二つに結って背中に流している。印象としては気弱でいつも自信がなさげで、ミスが多い。具体的に言うと皿を割る。
「ネクラも見てもらったら? その場でお払いもできるらしいわよ」
ニヤニヤしながら制服大学生、市原が言う。僕は萩山永遠へ視線を向けた。
「あ、あの、ネクラさん、多分憑いてます」
「……何が?」
萩山永遠は少し躊躇って、
「女性の霊が」
上目遣いにそう言った。