オーナー
夜。
三階通路を移動する影が階段に潜む僕の前を通りすぎて行った。
しばらくして、部屋の扉が開く音と何かを引きずるような音が静かな通路に響き渡る。
そして、再び扉の開閉音。
僕は階段の手摺の影から出て、三階奥の部屋へと飛び込んだ。
「なっ……!?」
殺風景な畳の部屋。淡い月明かりの射し込む部屋にいたのは小太りの男と、隣の部屋から引きづられて来られた佐竹水果だった。薬でも嗅がされたのか、ぴくりとも動かない。
小太りの男は両手に縄を持っていた。
「お、お前は」
「……霊に聞きましたよ」
僕は冷静な口調でそう言って、
「ここの自殺者全員、あなたが首を吊らせたそうですね。今度は、彼女がターゲットですか」
小太りの男は冷や汗を噴き出しながら、唇を噛んだ。
「霊感があるとかなんとか言ってたガキか。見られたら仕方ない。貴様もこの子と首を吊ってもらおう。霊にとり憑かれて自殺したと噂が広まる」
部長の言葉を借りるならば。霊感少年てやつを甘くみないでほしいものだ。
「皆さん、出てきて下さい」
僕が言うと、僕の背後に黒いモヤやら透けた女性やらが一瞬にして姿を現した。
「ひっ……」
オーナーの表情が恐怖に歪む。
自分でやっておいて、中々素敵な反応だ。
「ま、待て。わたしは誰かを殺したかったわけではない。ただ、ス、ストレス解消にっ、婿に入ってからまったく自由がなかったんだ。妻とも冷めきっていて」
殺人の言い訳としてはかなり最低の部類に入る。
霊達も腹が立ったのか、僕から離れてオーナーを囲った。
「や、やめろっ、来るなっ」
「選ばせてあげましょう。選択肢は二つです。その縄で自分の首を吊って自殺するか、彼らにとり殺されるか。二つに一つです」
冷淡に言ってやると、オーナーの顔がさらに苦渋に満ちたものになった。
「は、話を聞いてくれ」
「七人、いや八人ですかね。それだけの人を殺しておいて、自分だけのうのうと生きているのは、罪以外の何者でもないはずです。僕は……偽善者ではないので」
人殺しはダメだとか。復讐は無意味だとか。場合による。すべてに当てはめるのは違うと思う。
「頼むっ、助けてくれ」
「それが、答えですか」
いい年したおっさんの泣き顔は非常に見苦しい。
「それじゃ、さようなら」
「うあ、うああああっ……あ」
旅館中に響き渡ったかと思われた叫び声は一瞬にして静寂に飲み込まれた。
寝息をたてる佐竹と二人きり。僕はため息を吐いた。
翌日、夕方。
帰りのバスにて。
「ふあぁ……なんか眠気が抜けない」
前の席の佐竹が欠伸をしながら眠そうに言う。すると七崎先輩が首を傾げながら、
「昨日、夜中にいなかったけどトイレにでもこもってたの?」
そう問うた。
「へ? なんのことですか」
そんな会話を聞きつつ、僕は隣で眉を寄せている部長へ視線を向けた。
「どうしたんですか?」
「いや、言ってただろ? なんか朝からオーナーの姿が見つからないってよ。大丈夫だったんかな」
「……さあ」
僕は先ほど購入したペットボトルの水を一口だけ飲みそう答えた。
僕は何もしていないけど、彼の行く末はわかっている。きっとそのうち、朽ち果てた姿で見つかることだろう。