何かいる
「なんだか、人の良さそうな人ですね。良いお父さんって感じ」
「ああ。実際すっげー良い人なんだよな。予約入れる時も噂のことを話してくれてさ。本当に大丈夫かって言ってたんだぜ?」
「あんた、心配してくれたのに押し切って予約入れたのね……」
七崎先輩は呆れ顔だ。
「えーと、あ、そいうやあの人、この旅館の婿養子らしいぜ! 前のオーナー、つまり義父が自殺してから継いだんだと」
僕は首を傾げる。
「え、それってあの奥部屋で、ですか?」
「ああ。噂が広まるきっかけになった客の自殺の半年前らしい。もしかしたら前オーナーの呪いじゃないかって話もあるな」
僕は考え込みながら通路を左へ。
「この先だな」
部長が言って、
「荷物を置きにきた時はそんなに感じなかったのに、やけに寒くないですか……?」
佐竹の声は震えていた。
確かに僕も寒さを感じていた。冷房のせいではない。空気そのものが冷たいのだ。
通路を奥へ進むと、すぐに突き当たりが見えてきた。その手前の部屋のドアは確かにノブが外されており、板が打ち付けられている。
「ネ、ネクラ君。い、いる?」
目を細めると、ドアの前に黒いモヤが存在していた。あれは凝視していると絡まれるやつだ。それに素直に教えるべきではない。
「いえ。とりあえず、佐竹達の部屋へ入りましょう」
僕は二人にしがみつかれているので、必然的に部長が開けることになった。
「ほら早く開けなさいよ」
「部長、頑張って下さい」
部長が部屋の鍵を開けて中へと入ると、僕達の部屋と変わらない、畳の部屋が広がっていた。真ん中にテーブル、奥の障子は開いていて、ベランダの向こうには海が広がっている。
僕は再び目を細めた。
いる。ここで自殺したわけではないのに、和室の天井から細い縄でつられた男性が生気のない瞳でこちらを見ていた。口元は笑っている。
「ふ、藤嶺君?」
「……じゃあ、追い出して入れないようにしますね」
そう言った途端、二人の締め付けが強くなった。
「お、追い出す!? 何、どういうこと!?」
「もしかして、何かいるってこと? ネクラ君」
僕は首吊り男を見やる。唇が微かに動いた。感情が複雑に混ざりあった表情は歓喜にも哀愁にも見える。
僕は肩をすくめ、
「聞かない方が良いですよ」
そう言って前へ。とりあえず、腕を離してもらった。
霊を追い払うこと自体は簡単だ。浄めた塩をかけるとすぐに逃げていく。逃げていったところで部屋にさっき作った簡易お札を張り、一時的に霊的なものを入れないようにする。以上のような方法で首吊り男は早々に逃げていった。何か訴えたいことがあるような様子だったけど。
「これで問題ないはずです。部長、残念ですけど、全員の部屋分のお札を作るのは非常に面倒なので、言わない方がいいと思いますよ。悪影響はなさそうですし、夜に怖い思いをするくらいで済みますから」
「お、おう。良いんだか悪いんだかわからないが、とりあえず、サンキューな」
「ありがとう、ネクラ君。君にこんな特技があるなんて」
「今日は頼もしかったよー」
絶賛ではない称賛の言葉の数々にかなり怪しい愛想笑いで答える僕。と、その時。
パタン。
静かに、背後で扉の閉まる音がした。
一斉に振り返る一同。
「な、なんだ?」
部長が慌てて扉を開けて廊下を覗くが、誰もいなかったらしい。そして、再び腕をホールドされる僕。
「ふ、藤嶺君。今のって」
「ネクラ君?」
「いや、霊的なものではないと思いますよ」
そう言いつつも、僕は顎に手をやった。
気になることができた。