旅館の現状
「み、見えた。一瞬だけど見えちゃった。な、なんか変なものが」
「ま、まじかよ……」
「ネクラ君、あれって」
僕は肩をすくめる。
「この旅館、そこらじゅうにいますよ。あれは意識すると見えちゃう類のあれです」
三人はお互いに顔を見合わせる。
「ね、ねぇ。ネクラ君? ネクラ君て霊的なものを感じる体質とかそういうこと?」
七崎先輩の問いに僕は頷いた。冷静な表情とは裏腹に顔が青い。
「実家がお寺なのでその影響かと思います」
「初耳だぞ、おい」
大学では誰にも言ってないから当然だ。
「藤嶺君、あの。どうにかならない? お、お札を張れば部屋に入ってこないとかできるんでしょ?」
簡単に言ってくれるけど、お札は常備してない。
「白い紙とペンがあれば簡単なものは作れるだろうけど」
すると七崎先輩も僕の前に膝まづいた。
「ネクラ君、あたしからもお願いするわ」
「頼む、霊感少年。なんとかしてくれ」
部長まで手を合わせてお願い、のポーズ。いや、部長は自業自得だと思うけど。
「ああ、はい。わかりましたよ。なんとかしてみます」
クーラーの効いた旅館内に戻れるチャンスだ。
僕はゆっくりと立ち上がって、
「じゃあ、行きましょう」
「待ってくれ。中に入ってるって、他の連中に言ってくるわ」
部長は慌てた様子でバーベキュー組の方へと駆けていった。これ以上、事を大きくしたくないのだろう。
数分後。
僕は佐竹、部長、七崎先輩と共に旅館内にいた。まずは女子二人の部屋の様子を見るべくエレベーターへ乗り、三階へ。
やっぱりクーラーは最高だな。ただし右手に佐竹、左手に七崎先輩が引っ付いていなければな。殺人的に暑苦しい。
「別に逃げたりしないので離れてもらえませんか」
時々、人間の温もりが気持ち悪くなる。今は夏で肌と肌が触れ合うので余計に。
「そ、そうだよね。七崎先輩、部長を掴んだ方がいいんじゃないですか?」
「水果こそ」
部長はなんか羨ましそうに指をくわえている。代わってもらいたいくらいなんだけど。
「佐竹、俺の胸に飛び込んできてもいいんだぜ?」
腕を広げ、爽やかな笑顔を見せる部長である。
「大丈夫です」
「即答っ、しかも、目すら合わせてくれないのか!?」
二人に両腕を掴まれたまま、エレベーターを降りる。
と、そこで丁度、小太りでポロシャツを着た男性に出くわした。
「おや、君達。バーベキューはもう良いのかい?」
にこにこと笑いながら問いかけてくる彼はこの旅館のオーナーだ。出迎えてくれた時も思ったけど、穏和そうな人だな。
「どもっす。ちっとこいつらが着替えるってんで、俺らも忘れ物を取りに」
「そうかい。ゆっくりしていってね」
エレベーターに乗り込んだオーナーは終始笑顔で手を振っていた。
「!」
その瞬間、凄まじい悪寒を覚え、後ろを振り返る。
「……」
これは紛れもなく殺気だった。包丁を手に持った強盗犯と対峙した時のような感覚だろうか。まあ、そんな経験はないんだけど。