旅館に潜む
ようやく僕も七崎先輩から解放された。
「え……それ安いっていうか……いわく?」
「部長? あたしも初耳なんだけど、一体どういうこと?」
「あ、いや。大丈夫だぞ。そんなに心配しなくても」
そして部長の尋問が開始された。
がんとして話さないということはなく、七崎先輩に凄まれた部長はすぐに吐いた。彼の話によると、この旅館には、とある噂があるそうだ。
「一年前、一人で宿泊した客が三階奥の部屋で首吊り自殺をしたらしい。それをきっかけに奥部屋は封鎖されたんだが、その部屋では自殺者が後を絶たねぇって話だ。この一年間でなんと七人だぜ? もう、ネットで噂されまくって、オーナーがこの値段まで下げたんだとよ」
七崎先輩が無言で部長の胸ぐらを掴んだ。
「つまり、出るってこと? ここ」
「ちょ、ちょっと待てよ。そうじゃなくて、自殺者が多い旅館てだけでなんか出るわけじゃねぇんだって」
「部長……信じられないくらい目が泳いでます」
佐竹が不安そうに言う。部長は相変わらず隠し事ができない。
僕はため息をついて、旅館を見上げた。
「妙な視線を感じると思ったら」
動きを止める女子二人。
「ねぇ、部長? あたし達の部屋、三階の右寄りで隣の奥部屋のドアの取手が外されてたように見えたんだけど」
「お、おお、まさにそこだな」
「そこだな、じゃないでしょう? まったく。自殺があった部屋の隣で寝られるわけないじゃないの」
七崎先輩に同調するように何度も頷く佐竹である。二人とも、霊的なものとか苦手なよう。
「い、いや。大丈夫だって」
「部長、私達と部屋代わって下さい。聞いちゃったらどうしようもないじゃないですか」
ちなみに僕と部長は同室なので、部長が応じた場合は僕も自殺部屋の隣へ移動か。……正直嫌だな。
「七崎先輩」
僕は野菜だけが残った皿を横に置いて、挙手した。
「何? ネクラ君」
「部屋を変わってもあまり意味がないですよ。ほら、見えます? 旅館の二階の真ん中の部屋」
僕がそう言うと七崎先輩だけでなく、部長と佐竹も視線を上へ。
「ベランダの窓が少し開いてますよね? その隙間をよく見て下さい。目を凝らせば恐らく」
三人が目を細めて二階真ん中の部屋を見つめる。
その瞬間、
「ひっ」
佐竹がその場に座り込んだ。七崎先輩は呆然とし、部長は思わずと言った様子で口元を押さえる。
僕は二階の真ん中の部屋を見上げる。ベランダの窓の隙間からこちらを見ているのは黒い顔のようなもの。瞳は白く虹彩は白。影絵のような生首がじっと僕らを見下ろしているのだ。