この旅館を選んだのは
「ほら、そろそろ藤嶺も皆のところへ行こうよ」
佐竹から視線をそらす僕。
「ここで良い」
日向に出たら干からびる。さらに火のそばへ寄ったら焼け死ぬ自信がある。僕は暑さが一番苦手なのだ。
「いい」
「良くないってー」
元々、合宿に来るつもりはなかったのだ。部長に頼み込まれて人数合わせで参加したに過ぎない。
「おーい、どうだ、ネクラは。動いたか?」
そう言って僕達に歩み寄ってくるのは部長で三年生の大岐将月。ライトブラウンに染めたロン毛をゴムで束ねている。面長で切れ目のイケメンチャラ男。しかし、かなりの本好きで純文学から漫画までなんでも読む。雑食なのだ。
「動きませんよー。食べはしてますけど」
僕はすでに割り箸を割って、焦げ気味の牛肉を口へ運んでいる最中だった。野菜は全力で排除する。皿の上の戦いだ。
「お前、良い根性してるよな」
苦笑を向けられても。部長の頼みで来たのだから、僕は努力しなくても良いと思うのだ。
僕は肉を咀嚼した後飲み込んで、
「美味いですよ、この肉」
ぶっちゃけ普通の牛肉だけど、安い参加費で食わせてもらっているので、お世辞の一つでも。
「いや、お前、目が死んでるぞ。そして野菜も食えよ」
「そのうち」
「ぜってー食わねぇだろ」
「ちっ」
僕の軽快な舌打ちが海風に流されていった。
「あからさまだな! おいっ」
「まぁまぁ」
佐竹が 大岐部長をなだめていると、再びこちらへやって来る影が。
「何々? ネクラ君を囲んで何やってるのかしら」
同じくサークルメンバーの二年生、七崎朝陽だ。
オレンジブラウンのロングヘア、タンクトップにミニスカートと黒のレギンスを合わせている。
「囲んでねぇよ。根を張って動かねぇから、こっちへ来いっつってたんだ」
「ネクラ君はしょうがないわねぇ。お姉さんと向こうでピーマン食べよ?」
「ここで肉を食いたいです」
すると七崎先輩は僕の頭を撫でながらふふふと笑う。
「野菜から、でしょ?」
「う!?」
いつの間か七崎先輩のアイアンクローが炸裂していた。彼女、握力が男性平均より上なのだ。まるで頭が割れるような痛みが僕に襲いかかる。
僕は無言で彼女の腕を叩いてギブアップを訴えるが、さらに力が強まったような。
「はぁ、もう。あ、それにしても、部長、こんな良い旅館なのに参加費五千円で本当に大丈夫なんですか?」
そう問うたのは佐竹である。
部長は顎に手をやって、意味ありげに笑う。
「実はこの旅館は、ちっとしたいわくがあってな。そのお陰で一人一泊四千円なんだ。もちろん、二食付きでな」
途端に女子二人が動きを止める。
いわく?