萩山永遠
境内の階段のところに腰をかけた僕は萩山の話を聞くことにした。
「私、空気なんです」
「空気?」
「学校ではいじめの対象にすらなりません。いてもいなくても一緒です。バイトでは仕事が遅くて悪目立ちしてますけど……」
うつむいた萩山の表情は虚ろだった。
「でも、霊感があるって言っただけで人が集まって来るんです。学校でも、バイト先でも。はるこさん……さっきの霊に協力してもらえば、信じ込ませるのは簡単でした。そしたら凄い凄いって言われて。特別な人間になった気がしました」
それで、あのはるこさんとやらは最後に萩山を食おうとしてたわけか。
萩山は続けて、仲の良い友人は一人もいないと語った。共働きの両親とは一ヶ月会っていないという。一人ぼっちなんだな。
それにしても特別か。小さい頃はともかく、僕や萩山くらいの年齢になると、羨望の眼差しが強くなるのだろう。
「事情はわかった。でもやめた方がいい。そういうことをしてると、質の悪いのが寄ってくる」
「そうですね……。はい。止めます。……」
そうは言うものの、萩山は落ち込んだ様子だった。
「どうして、ネクラさんは言わないんですか」
「ん?」
「霊感があるって。ばかにしてる人達を見返せるじゃないですか。それに私の時も言いませんでしたよね」
「聞かれたら答える。でも、誰かに言うことではないと思ってるからな」
萩山は再びうつむいた。僕が羨ましいんだろうか。良いことなんてないけどな。
「相談くらいなら、乗ってもいい」
「…………え!?」
僕を見る萩山。
「つまり、相談相手がいなかったんだろ。解決出来るかはともかく悩みは聞いてやるよ」
こういうのは慣れている。霊でも人間でも。
「えっと、あの……や、優しいんですね」
戸惑っているようだが、僕は立ち上がった。
「暗くなる前に帰ろう」
「は、はいっ」
帰路、僕達は言葉をかわさなかった。
三日後、夏休みに入っていた。補習も回避したのでバイトざんまいの毎日だ。
その日、バイト先の裏口でばったり、萩山と会った。あれからシフトが合わず、たまに合っても忙しく、会話する機会がなかったのだが。
「あ、おはようございます」
「ああ」
萩山はタートルネックのノースリーブを着ていた。
「この服、新しく買ったんです。中々はるこさんの手のあとが消えなくて」
霊障だから、二週間近くかかるだろう。気の毒だが。
「藤嶺さん、今度あの時のお礼をさせて下さい」
萩山はスッキリとした顔で笑った。
「何か奢りますよ。そうだ、悩み聞いてくれるんですよね」
それは約束だ。もちろん。
「ふふ。決まりですね! 後でまたお話しましょう」
萩山はご機嫌な様子で中へ入って行った。