身代わりのお守り
僕は数秒の沈黙の後、
「何かって?」
問い返した。
すると、萩山は歩み寄って来て、手を差し出した。
「昨日渡したお守り、出してください」
そういえば、そんなものもらったな。
確か鞄に突っ込んだはず。萩山がどうしても、と言うので更衣室へ取りに行くはめに。
「これか?」
取ってきたお守りを萩山に手渡す。松間、市原、先輩も興味津々といった様子で覗き込んでいる。
「やっぱり」
萩山はお守りを裏返した。見ると、布が斜めに切り裂かれていた。
ハサミやカッターの切り目ではない。強引に布を破いたという感じもする。
「何、どういうこと?」
松間が動揺したように言う。
「このお守りは身代わりにもなるんです。だから、例えばネクラさんが霊的なことで危ない目にあった時に被害を代わりに受けてくれます」
「それって、ネクラの身代わりにこの御守りが切られちゃったってこと?」
市原が真剣な顔で萩山に問う。
「そうです。だからネクラさん、何か、ありましたよね?」
「……さぁ。僕は分からなかったな」
「なら、きっとその傷、霊の仕業ですよ」
萩山がそう断言すると、他の三人が息を飲んだ。
「そ、そういうことなん?」
「うわ……萩山さん、凄い……」
「半信半疑なところあったんだけど、本物ってわけね」
「つまり、ネクラさんが鈍いってことですよ!」
松間に指を指され、僕はため息をついた。
「そう」
萩山の霊感少女ごっこには付き合い切れない。お守りからは何も感じないし、僕は霊に取り憑かれているわけでもない。
昨日の女の霊はたまたまあそこにいただけだ。まだ地縛霊になっていなかったから、どこかへ消えただろう。僕を狙ってまたいた、としても今度こそ消してやるつもりだ。
お守りの布が切れていたことについては想像もつかないが、僕にとっては些細な問題だ。
「あの、ネクラさん。お祓い引き受けます。これ以上何かあったら大変です」
「別に良い。今のところ困ってないから」
僕が厨房へ入って行こうとすると、厄介な三人組が僕の前に立ち塞がった。
「ネクラさん、萩山さんがこう言ってるのに、断るんですか!?」
「あんたねぇ、私達にも影響があるかも知れないのよ? お守りのおかげでそれくらいで済んでるわけでしょ?」
「仕事中に酷い怪我でもしたらどうするんだっての」
面倒臭い……。よりにもよって全員で信じなくても良いだろうに。
萩山は心配そうに僕を見ている。
……ああ、そうか。これに付き合えば解放されるのか。
「…………わかった。じゃあ、萩山に任せる」
「ネクラさん……萩山さんの厚意をなんだと思ってるんですか?」
松間が言うが、無視した。こうして、僕は萩山のお祓いとやらを受けることになったのだった。