旅館からの風
茹だるような暑さが続く、八月上旬。噴き出す汗を拭い、照りつける太陽を見上げると日射しが刺さるようだ。生ぬるい風が頬をぬるりと撫でる。このような陽気に外へ出て、文明の利器を使わずに火を起こして肉を焼くなど、 具の骨頂だ。百歩譲って、肉は食べるとしても野菜を焼いて一体どうするというのだ。バカか。
「そういう暗い顔をしてるから、ネクラ君なんて呼ばれるんだよ?」
木陰に入って体育座りをしていた僕、藤嶺蔵江の前に立ったのは若い女だ。黒髪を肩口で揃えた、いわゆるおかっぱヘア。 同色の瞳はくりっとしていて大きい。薄いティーシャツに膝丈のジーンズを着用している。名前は佐竹水果、僕の所属する文芸サークルの一年生だ。つまり同級生である。
「ほら、お肉と野菜を食べよう」
差し出してきたのは安っぽい紙皿に乗った牛の成れの果てと焼き払われた根菜類、ついでに割り箸。 まったく、人間という生き物はどうかしている。同種族での殺し合いを禁止しているくせに他種族へはこの仕打ちだ。
「ありがとう」
僕は内心で同族嫌悪に浸りながら素直にそれを受け取る。 屁理屈をこねてても腹は減るし。
「いやぁ、なんか楽しいよね。文芸サークルの合宿って言うから、もっと堅苦しい感じかと思ってたんだけど、凄く、良いなぁ」
僕達がいるのは海沿いに建つ小さな旅館の庭だ。ここから車道を挟んだ向こうに海も見える。青空には入道雲が浮いていた。時刻は午後十二時半時を回ったところで、太陽は一番高いところで光を放っている。
ちなみに総勢十二名の文芸サークルメンバーは旅館の庭でバーベキューの真っ最中だ。四つ足のバーベキューコンロがニつ。
それらを囲んで飲み食いしている男女が僕のサークル仲間というわけ。二年以上の先輩達はすでにアルコールも入れているようだ。
ふと、僕は顔を上げる。
隣に立っていた佐竹が目を細め、水面が光る海を見ていた。風になびく髪をかき上げる仕草はとても自然で美しい光景に思えた。……そう思うことはできるのにひどく客観的なのだ。感情が動かない僕は、欠陥品なのかもしれない。
「うう」
見ると、佐竹が自分の肩を抱いていた。
「なんか冷たい風が。うー、何これ」
分かってる。それはこの場所が原因だ。