ネト家の父達 その1 ネト・ウヨオの場合
どこぞの国のネト家という一族の父と”娘”の話。
「真理奈、わかったな」
”はい、お父様”
ネト・ウヨオは”娘”に話しかけた。
今日も仕事から帰ってきた後、ずっと飯も食べずに”娘”に真摯に向かい合ってきたのだ。”娘”のために寝る間も惜しんで、これだけやったのだ、わからないはずはない。
「父のいうことを理解したのだな」
”はい、わかりました”
よかった、これで一安心だ。
先週、ウヨオは恐ろしい事実を知った。
愛する”娘”・真理奈が、我が家の教育方針に著しく外れた、忌むべき思想に染まってしまったのだ。
これは一家の主として正さねばなるまい。
ウヨオは娘を前にして、何度もわかりやすく言い聞かせた。
そのような考え方ではニホン国民として恥ずかしい。
かのようなものたちと一緒にいる、ましてや寝食をともにするなど、決してあってはならない。
お前がそんな穢れたものになってしまうことは父として許せない。
場合によっては、この家を出て行かせる、そうまで言って聞かせたのだ。
ボーン、古い柱時計が0時をつげた。まめにネジを巻かなくてはならないので不便だし、夜はちょっとウルサイが、親の唯一の形見だ。真理奈もそれは承知しているのか、真夜中に音がしても文句一ついわない。
「さて、そろそろ寝るか、と、その前に」
ウヨオはテレビのスィッチをいれた。0時5分からのアレ、アレは絶対に観なければならない。
なぜならば…
”愛戦士・マリナ、今日もニホンの愛を守っちゃうよ!”
可愛らしい少女のキャラクターが派手なピンクの衣装を身にまとい、縦横無尽に画面を駆け回る。
「ああ、真理奈」
愛する真理奈、お前は今週もかわいい、格好いい。さすが、俺の”娘”。
ウヨオがうっとりとオープニングを眺めていると、本編がはじまった。
”ビョンホくーん、おっはよー、起きて、朝だよー”
”あ、マリナちゃん、オハヨウ”
”おはよー、あ、ハングル語だとアンニョミハムシカっていうだっけ”
”あーそれはチガウヨー”
マリナに起こされ、たどたどしい日本語で話す韓国人の少年。
「き、キサマー、まだいたのかー!」
画面に向かって叫ぶウヨオ。
ウヨオの叫びとは関係なく、ストーリーは進行していく。
”交換留学でビョンホくんが家にきてから、もう一週間だよね。ニホンにはもう慣れた?”
”スコシね。ニホン語難しいけど、デンシャ、バスとか、ハクブツカンでもハングル語が書いてあるからアリガトウダヨ”
”そーだよね、便利になったよね、観光客も増えたもんね。韓国の人がもっとニホンにくればいいのにね(ビョンホくんみたいなハンサムが)”
ぽっと顔を赤らめるマリナ。
「なぜだー、あ、あれほど言い聞かせたのにー」
ウヨオの前の真理奈、正式名称”愛戦士・マリナのおしゃべりドール、人工知能でアナタとおしゃべりできます”は答えない。基本的に登録した受け答えしかできないので複雑な会話は不可能だ。
先週、キム・ビョンホなる韓国人の少年がマリナの家にホームスティするという”愛戦士・マリナ”の展開をみて、ウヨオは驚愕した。しかもマリナはビョンホ少年に好意をもち、”友達に国境はないもんね、もちろん、どこの国の人とだって結婚できるもん”という台詞を口にしたのだ。
「中国や韓国と友達だとおお。しかも韓国人と結婚だとお」
ウヨオはすぐさまテレビ局に抗議のメールを送った。
”中国、韓国と仲良くするなんてもってのほか、ましてや、かの国々の人間と結婚するなど許されない。このようなことを主張する番組内容は変更すべきである。”
無論、テレビ局のほうはウヨオの抗議を事実上無視した。中国人や韓国人と国際結婚する人は少なくない。まして、韓国は半島統一準備で、超がつくほどの好景気。スポンサーにも韓国企業とつながりがある会社は多いのだ。さらに中国資本と提携する会社がスポンサーにいる。
ウヨオには、”お客様のご意見は参考にさせていただきます”(裏の意味・馬鹿馬鹿しいので無視)
という表向きはあたりさわりのないメールを返しただけだった。
「くそう、こんなテレビ局はダメだ。”ネットこそ真実”ブログに中韓の害があれほど書かれているのにいい!やはりマスメディアは嘘つき。ネットにしか真実はない!」
悔しがるウヨオは真理奈と名づけたマリナドールを前に、仕事から帰ってきてから毎日説教した。いかに中国、韓国が悪く世界から嫌われているかということを。
(実際は中国はアメリカに並ぶ大国になりつつあり、韓国も北朝鮮との事実上の経済統一で世界各国の注目を集めていた)
ウツクシイ国ニホンにとって敵であるかということを。
(実際は、中国、韓国と提携するニホン企業は多く、ニホンを訪れる観光客も中国が一位、韓国が三位となっており、中韓との経済協力はニホンの経済にとって必要不可欠となっていた)
しかし、ウヨオの努力は全て無駄であった。
画面のマリナはビョンホとますます親しくなり
「あ、あー、手なんかつなぐなー」
”ひょっとしたら、ビョンホくんとキスしちゃうかも”
「マリナー!」
ウヨオは絶叫した。だが、画面のマリナには届かない。
「くうう」
ウヨオは真理奈をみた。言うことをきいてくれず、韓国少年と親しくするマリナ。
もう、真理奈を捨ててしまおうか。
ウヨオは30センチ弱の人形を握り締め、床にたたきつけようとした。
だが、
「で、できない」
ウヨオにとって、”娘”の真理奈が、今となっては唯一の”家族”だ。
両親はすでにない。
友人もほとんどいない。
今の仕事は肉体労働の派遣が主で、毎日のように違う派遣先に行くので、人と仲良くなりにくいのだ。
もっとも、人づきあいが苦手なウヨオは正社員であったころも同僚との付き合いもあまりなかった。
美少女アニメのオタク仲間とは以前はイベントにいったり、SNSでの交流もあったのだが、いまはもう誰とも付き合いがない。いや絶交されたのだ。
半年ほど前、オタク仲間の一人が『国際大運動大会のためにオタクイベント、コミック・アニメマーケット開催を中止しろとかいわれてる、政府に抗議しようぜ』と、ネット上で署名を集め始めた。
そのツィートをみたウヨオは、署名をきっぱりと拒否した上に、
『政府の言うことに逆らうなんて非国民だ!開催中止は当然だ!』
とツィッターに投降した。
途端、非難轟々。仲間全員からブロックされた。
誰からも電話もメールもない、誘われることもない日々。
ウヨオと会話してくれるのは真理奈だけだ。
”もう、寝ましょう、お父さん”
真理奈の声だ。午前1時になると就寝を促すよう、台詞を登録しておいたのだ。
甘く可愛い声、いとしい娘そのものだ。
愛戦士・マリナはもう終わっていて、次のファンタジーアニメが流れている。
「そ、そうだな、今日はとりあえず寝よう」
ウヨオは、真理奈をいつもの位置、枕もとの椅子に座らせ、ベッドに入る。
明日も仕事があるのだ。とりあえず、明日考えよう。
”おやすみなさい”
ウヨオに優しく話しかける真理奈を、ウヨオはうっとりと眺め、眠りについた。
”娘”というものは父の言うことを聞かないものですが…
ネト家の他の父と”娘”のお話 近日公開予定のつもりでございます。