お客様第一号はお酒飲み その3
「あ、美味しい。。。」
かなり多めに割っているはずなのだが、鼻からアルコールが抜ける強い酒特有の香り。
喉から胃に伝わる際に、焼けるように熱いのだが、それが不快ではない。
味は甘みは薄いが、苦味も爽やかな苦味で、後味が残るものではない。
「どうです、美味しいでしょ? これがあれば一応ずーっと飲めますよ」
女性が呑んだ過去のどの酒よりも美味しいのは間違いない。
それをずーっと呑んでいられる。
それは間違いなく幸せなはずだ。
幸せなはずなのだ。
自分が求めた幸せがそこにある。
しかし、何故か、『完璧では無い』気がした。
「とても美味しいです。これを頂きたいのですが、お幾らでしょうか」
美味しいのは美味しいし、満足感も多少感じている。
だが、完璧ではない。
正直肩透かしを食らった気もしている。
しかし、その感覚は傲慢だ。
目の前の店主は、自分の要望を全て叶えてくれている。
そのことに対しては対価を与える必要がある。
彼女は、持っていたバッグから分厚い長サイフを取り出す。
だが、真は、まぁまぁと言いながら手で制す。
「ちょっと飲みましょうよ。せっかくだし、ちょっと付き合ってくださいよ。おーいライラ。何かツマミを持ってきてくれ。持ってきてくれたらお前用にも作ってやるよ」
ライラは戸棚からスルメをを持ってくる。
「これは珍しくてね、完全に見た目はスルメなんだけど名前は『タコ』っていう食べ物なんだよね。乾物っぽく見えるけど、食べるとホタテの味がする。酒のツマミには最適ですよ」
店主は自ら足を一本ちぎり口にし、タライからすくった酒に、ライラが差し出した指を適当に摘んでコップに放り込んだ後一気に飲み込む。
口からは酒臭い息を吐き出す。
いつの間にか復活した指で持って、五本ひと束になっていたタコをそのまま口にし、もしゃもしゃと噛みだす。
「一気に口に含んで、モニュモニュすると幸せ」
口に物を入れたまま喋るなと、真に後頭部を叩かれるライラ。
だが、効いていないのか、無表情のまま、モニュモニュと噛み続ける。
行儀が悪いと敬遠していたが、食べている二人が美味しそうだったので、タコの足を少しちぎり口に運ぶ女性。
「あ、これ美味しいです。。。」
感動するように、そのまま残っていた酒をくっと煽る。
そして笑顔で言う。
「美味しい」
その笑顔を見た真は、ニヤっとして尋ねる。
「そう言えばお客さん、参考までに聞いてみたいんですが、今まで呑んだ酒の中で一番旨かったものはなんです?」