梟の森 ある女の子のお話
ある小さな街に、女の子が住んでいました。
いつもニコニコ優しく笑う女の子です。
お母さんとふたりで暮らしていますが、お母さんは病気で起き上がれないことが多く、その日食べるごはんにも困るくらいです。
だから女の子は街のみんなのお使いをしながら少しずつお駄賃をもらってお母さんを助けています。
毎日とっても大変ですが、それでも女の子はいつも笑っていました。
冬のある日。
街の大通りに不思議なお花屋さんがお店を開きました。
なにが不思議かって、冬だっていうのにお店の中にも外にもたくさんのお花が咲いているのです。
お店はたちまち評判になって毎日大賑わいでした。
女の子はお花が見たくて、何かあるたびにお店の前を通るのですがお店の周りはいつも人だかりができていて中々近づけませんでした。
ところがある日、お使いの帰りに通りを歩いていると、珍しくお花屋さんの周りに人が少ないことがありました。
女の子は嬉しくなってお店の前に駆けていきました。
ちょうどお使いのお駄賃をもらったばかりだったので、お母さんにお花を買ってあげたくなったのです。
遠くからチラチラ見たことしかなかったのですが、近くで見てみるとどの花もビックリするくらい大きくて立派です。
しかも見たこともないようなお花もいっぱい。とってもいい匂いがします。
女の子はいつもにも増してニコニコしながらお花を見ていました。
そのとき、お店から太ったおじさんが出てきました。
顔を上げた女の子と目が合うと、おじさんはちょっと眉をしかめ、ジロジロと女の子の姿を見て不機嫌そうに鼻を鳴らしました。
おじさんが見ているのは、継ぎのあたった服やぼろぼろの靴だと気づいた女の子は恥ずかしくなって小さくなりました。
「お嬢ちゃん。お金はもってるのかね?」
女の子は急に怖くなってポッケに入れていたお金を取り出してみせました。
おじさんはまた鼻を鳴らします。
「字が読めるんなら値札を見てみな」
そう突き放すようにいうと、女の子を押しのけるように仕事をはじめました。
女の子はチラッと値札を見るとビックリしました。
女の子の持っていたお金ではとても買えないどころか、花一輪で三日分のごはん代にもなりそうな値段だったのです。
「ほらほら、金がないならさっさといったいった!」
おじさんは野良犬を追っぱらうようにいうと、並べてあるお花をそれぞれ何本か引き抜いて乱暴にゴミ箱に放り込みます。
「花の持ちが悪くなってやがる、あいつサボりやがって・・・」
なんてブツブツいいました。
女の子は、冷たくあしらわれたことも一生懸命がんばってもらったお金を笑われたことも悲しかったのですが、それよりもお花が可愛そうになって、ションボリとうつむきながらお家に帰りました。
次の日の夕方。
森のきこりさんに、りんご酒を届けた帰り道です。
女の子は浅く積もった雪道を薪に使う枝を集めながら歩いていました。
雪の中から拾う枝は重くグッショリ湿っていて、上手に抱えないとフラフラしてしまいます。
両肘に枝をはさんで、かじかんだ手にホウッと息を吐いて温めました。
そのとき女の子は、雪の上にキラリと光るものを見つけました。
指先でつまんでみると、それはまん丸のレンズがついた小さなメガネでした。
「おもちゃのメガネかな?」
でもおもちゃにしてはとってもしっかりした作りなのです。試しに覗いてみると向こうの景色がクニャリと曲がりました。
「小人のメガネだったりして」
女の子はウフフと笑いました。
そのとき少し遠くからフクロウの鳴き声が聞こえてきました。
ただでさえ日が短い冬なのに、森の中はもっと夜が早く、辺りは随分暗くなっています。
女の子は森の出口へ向かって足を速めました。
フクロウの声が聞こえてきます。
「ホー。ホー。こまったホー」
女の子は、「あれ?」っと立ち止まります。
なんだか、「こまった」って聞こえた気がしました。
「ホー。ホー。メガネがないと見えないホー」
今度ははっきり聞こえました。メガネってもしかしたら・・・?
「フクロウさ~ん。お探しのメガネはまん丸メガネですか~?」
ちょっとドキドキしながら控えめに森の奥へ呼びかけます。
でも返事がありません。
「まん丸メガネならさっき拾いましたよ~」
もう一度呼びかけましたがやっぱり返事がありません。
女の子は首をひねってしばらく待ちましたが、仕方なく元の道を歩きはじめました。そのとき。
「ホー。ホー。そうだホー」
用心深そうな声が返ってきました。
女の子は集めた木の枝を下に置いて、声のした方へ歩いていきました。
暗い森の中をしばらく歩いていると、突然真上から、「ここだホー」という声がしました。
上を見上げた顔をぶわんと風がたたき、音もなく目の前に降りてきたフクロウは、大きな目でジッと女の子を見ています。
はじめてフクロウを間近に見た女の子はビックリしてしまいました。
なんとなくカラスくらいの大きさを想像していたのですが、そのフクロウは女の子の腰くらいまである大きなフクロウだったからです。
それでも女の子はそっと近づくと、その顔にメガネをかけてあげました。
するとフクロウはペコリと頭を下げて、「助かったホー」といいました。
そして自分の体にごそごそとくちばしを突っ込むと、大きな羽を一本抜き取り、女の子に差し出しました。
「お礼だホー。お布団に縫い付けるといいホー」
そういうとまたバサリと風を起こし、森の暗闇に消えていきました。
「ありがとうホー」
遠くからお礼の声が聞こえました。
森から帰ると女の子は、さっきあったことを楽しそうにお母さんに話しながらさっそくお布団にもらった羽を縫い付けました。
お母さんはちょっと元気がない様子でしたが、それでもニッコリ笑って女の子の話を聞いてくれました。
お家では新しいお布団も中々買えず、冬場、女の子はお母さんにくっついていないと寒くて眠れません。
ですがその夜は、なぜだかベッドもお布団もふかふかであったかくて。
ふたりは安心してぐっすり眠りました。
夜、ぐっすり寝られるようになってからしばらくして、女の子の周りでは不思議なことが起こるようになりました。
まずはなんといってもお母さんの調子がいいのです。
起きていられる日が増えて、仕事もできるようになりました。
寝込んでしまう日があっても、あったかいお布団で横になるとすぐに元気になりました。
女の子はというと、なぜか目や耳や鼻が前よりもよくなってきたように感じます。
世界に感じるキラキラしたものが増えて、それがとっても楽しいのです。
気がついたら女の子は、風の音や空気の感じから次の日の天気を当てたり、お料理屋さんから味付けの意見を聞かれたり、病気の人のにおいがわかるようになっていました。
前は毎日いろんなお店やお宅にいって、「何かお手伝いはありませんか?」と聞いて歩いていましたが、今では、「次はいつ来てくれるの?」と逆に聞かれてしまいます。
おかげで毎日ごはんも食べられるし、お母さんの分も一緒に古着の温かいコートも買えました。
そんなある日。
お使いの帰りにあのお花屋さんの前を通った時です。
「たすけて~」
と、小さな声を聴いた気がしました。
立ち止まって辺りを見回しますが何も見つかりません。
首をかしげて通り過ぎようとしたら今度は、テン。テン。と何度も小さな音が聞こえました。
お花屋さんの中から聞こえるようです。
気のせいだと思いましたがどうにも何か引っかかった女の子は、そっとお店の裏へ回り込んでみました。
窓から覗いてみると、事務所のような食堂のようなとにかく色んなものが乱雑に並んだり散らばったりしてる部屋でした。
壁際の机に座って何かしているおじさんの背中が見えます。
その隣の棚の上に透明の大きなガラス瓶が置いてありました。音はそこから聞こえてくるみたいです。
女の子は瓶に目を凝らしました。何かが内側から瓶を叩いているのです。
それは小さな妖精でした。
もとは花びらのような形だったことを思わせる髪はしおれたようにクシャリと丸まっていて、体もひどくやせっぽっちです。
おじさんに捕まっているんだとすぐにわかりました。
なのにおじさんは立ち上がって瓶を両手に掴むと乱暴に揺らして怒鳴りました。
「やかましい! てめえがしっかりしないせいでうちの花は買ってもすぐ枯れるってここんとこ商売あがったりだ! ちゃんと働きやがれバカ妖精!」
そしてまた乱暴に瓶を置くと、表の方へズカズカいってしまいました。
瓶の中で妖精が小さくうずくまっているのが見えます。はっきりとは見えませんが泣いているのはわかりました。
女の子は妖精を助けてあげたくなりました。
裏口に回り込んでみましたがドアには鍵がかかっています。覗いていた窓も開きません。
上の方に換気用の小窓が小さく開いていましたが女の子では背が届かない上、もし届いても小さすぎてくぐれそうもないです。
「どうしよう・・・」
そう思っていたとき、背中側の塀の上を一匹のブチ猫がやってきました。
女の子は猫の方を見てつぶやきました。
「もしあなたがその窓から入って棚の上の瓶を割ってくれたらお魚ごちそうするんだけどな・・・」
でも猫に言葉がわかるわけがありません。
どうしようかと、もう一度部屋の中を覗き込んだ時、女の子の上でトンと音がしました。するとさっきの猫がゆうゆうと部屋の中を棚の方へ歩いていくではありませんか!
バリーン!
すごい音がしました。
凄い勢いでおじさんが戻ってきたその足の隙間を、さっと猫はくぐり抜けます。
「まてー!」
おじさんが叫びます。
ですが妖精はフラフラと頼りなく飛び上がると小窓から外に出て、そのままどこかへ飛んでいってしまいました。
女の子も急いでその場から逃げ出しました。
通りに戻るとドキドキした顔を見られないように必死にうつむいて歩きました。
なんだかとっても悪いことをしてしまったような、でもとってもいいこともできたような不思議な気持ちがどんどん昇ってきて、頭がカーっとなっています。
それでも行かなくてはならないところができました。
女の子はギクシャク歩きながらお魚屋さんへ向かいました。
それからすぐにあのお花屋さんはなくなってしまいました。
噂によるとあのおじさんは妖精の誘拐容疑がかかっていて、夜逃げしたところをお城の兵隊さんが捕まえたそうです。
逃げ出した妖精はお花の妖精で、無理やり花を咲かせるように命令されていたということでした。
女の子はホッとしましたが、それと同じくらい逃げた妖精の行方が心配でした。
随分弱っていたように見えたし、まだまだ寒い日が続く中、お花の妖精が無事にどこかであったかくしていればいいなと思いました。
その夜。
このところ一度寝てしまうと朝まで絶対に目を覚まさないはずの女の子の耳に、小さな声が届いてきました。
「このお家?」
「そうだホー」
「にゃ~」
「そっか、ありがとう」
でも女の子は夢を見ていたんだと思い、またすぐに眠ってしまいました。
次の日。
女の子はあるおばあさんのお家を訪ねました。
ひとり暮らしのそのおばあさんは膝を悪くしていて思うように動けず、女の子はよくお手伝いにきているのです。
「おはようございます」
「おはよう。今日も早くから悪いねえ」
杖をつきながらヨタヨタと出てきたおばあさんは女の子をお家の中に招き入れました。
ですがその時、ドアノブを掴んでいた手が滑っておばあさんが倒れそうになりました。
「あぶない!」
咄嗟に女の子が抱きついて支えます。
なんとか倒れずに済みましたが、おばあさんは驚いたのか女の子に抱きつかれたまましばらく動きませんでした。
「・・・だいじょうぶだった? どこか痛くした?」
女の子が心配そうにそっと顔を上げると、おばあさんはそのまま優しく女の子を抱きしめました。
「大丈夫だよ、ありがとうねえ。それよりもねえ。こうしてるとあんたがとってもあったかくってそれにあんまりいい匂いがするもんだから動きたくなかったのさ」
「いいにおい?」
「そうだよ。あんたからは花のにおいがする。それにこのあったかさはまるで春みたいだねえ」
そういってゆっくりと女の子を放しました。
「いけないいけない、このまま眠っちまいそうだったよ。さあ今日は何からお願いしようかねえ」
おばあさんはにっこり笑うとそのままスタスタお家の中に入っていきました。
「・・・おばあちゃん」
「んん~? どうしたい?」
「足・・・杖・・・」
女の子がゆっくりおばあさんの足を指さすとおばあさんは、「ありゃ!?」と素っ頓狂な声を出しました。そのままパタパタと足踏みします。
「こ・・・こりゃどうしたことだい? 痛くないよ! 歩けるよ!」
そのままおばあさんはその場で踊り出しました。
「こりゃ奇跡だよ! あんた天使かなにかになっちまったのかい?」
それから女の子のうわさはまたたく間に街中に広まりました。
寒くなるとひどくなる腰痛や関節痛。神経痛なんかも女の子がギュッとその人を抱きしめると立ちどころに治ってしまうのです。
女の子は前にも増して大忙しになりましたが、やっぱり女の子のおかげですっかり元気になったお母さんが、無理のないようにしっかりと予定を切り盛りしています。
そのおかげで森のフクロウさんに会いに行ったり、ブチ猫にごはんをあげたりしています。
姿を隠していたお花の妖精さんが、ずっとそばにいてくれてたこともわかるようになってきました。
なので最近はふたりでこっそりお話したりもしています。
街の人たちもふたりのことをとても大事にしてくれて、中には街の小さな聖女様なんて呼ぶ人まで出てきました。
それでも女の子は相変わらず優しくニコニコ笑っています。
お母さんも街の人たちもみんなニコニコ笑っています。
女の子はとっても幸せでした。