俺と主人
一言で感想言ってやろうか?
圧巻!
これだよこれ!
俺が待ち望んでいたのはこれ!
道を往く人それぞれ肌の色とか、耳の形とか違うし、馬じゃないなんかよくわからない三脚の動物で車を走らせていたり。
露天は活気付いてるし、よくわからない魚やら肉やら野菜やらが売ってるし、鎧やら剣やら杖やらが売ってる店もあるし。
街道は石畳だし、立ち並ぶ家屋はレンガ造りっぽいし。
すごく整備も行き届いてて、まさに理想!
理想の異世界!
猫耳、犬耳、トカゲ頭に鶏頭。
重装備の鎧みたいなの着込んでるおっさんもいれば、ローブみたいなの羽織ってる子供もいる。
嗅いだことのない食欲をそそる匂いが、あちこちから漂って来てるし、ときどき聞こえる怒号すら心地良く思える。
都内のスクランブル交差点を初めて見た田舎の学生みたいになってるわ俺。
もうハイテンション中のハイテンション。
終いにゃ普通に、
「すご……」
とか口に出して言っちゃってたからね。
当然の様にあっははって笑われたし。
「そんなに珍しいかい?」
「は、はい、とても」
正直な感想だ。
そして同時に特別感を感じる。
なんか、欲しかったものを一気に貰えた気がする。
側にこの女剣士がいなかったら、高笑いしてたかも。
異世界って楽しいわ。
でもって、楽しいだけじゃなく一つ疑問も湧いた。
とりあえずぶつけてみるとしよう。
「あ、あの」
「なんだい?」
「こ、ここって、「町」なんですよね?」
「……へえ」
またこの返事だ。
あの尋問中に、一度だけ発された関心の言葉。
普段「ふ〜ん」を徹底しているのに出てきた言葉。
でも、そんなに意識する必要性はないのかも。
疑問に対して「ふ〜ん」で回答するのは、それはそれで変なだけなのかもしれないし。
これは尋問じゃないし。
何はともあれ謎ではある。
そして謎と言えば、この町自体も謎だ。
町に違和感がある訳じゃなくて、
「こ、ここ、ま、町って言うには、人、い、居過ぎじゃないですか?」
そう、多い。
あまりにも多い。
国家の中心を為す、巨大都市ならいざ知らず、ここは町なのだ。
どんなゲームでも大抵、始まりの「町」って言うのは、片田舎に過ぎないことが多い。
主人公にとっての故郷的な意味合いになるからだ。
でもこの町は、街道が整備され、人もわんさかいて、とても賑やかで、派手やかだ。
もう町だなんて言えないんじゃないだろうか。
「確かに多いね、町にしちゃ。
でもここは確かに町さ、都市じゃない」
そう言うと、女剣士はこちらに自慢げな顔を向ける。
鬱陶しい。
「この町、アフリアって言うんだけどさ、つい三年前までは何もないところだったんだよ。
目立った特産品もなく、ダンジョンもなく、特殊なモンスターすら出やしない。
あ、でもその頃から竜種はいたなぁ」
ドヤ顔。
どう言う意味じゃ。
「でもそのくらいなもんさ、竜がいたって。
それで町が活性化するわけじゃない。
でもあの人がやってきた」
あの人?
どの人?
「新しい領主様さ」
――――――――――――――――――――――――
そこからその話は止まらなかった。
否、止まってはいない。
現在進行形である。
「……そうしたら領主様はこう言ったのさ」
今もなお、話し続けている。
恐らく一、二時間程は経過しているはず。
道すがら歩いてはいるものの、どこに行くのかわからないし、腹は減りまくりだし、溶けるくらい暑いし、話は止まらないし、最悪な気分だ。
要するに纏めると、
新しい領主は自身の豊富な人脈を使い、町を大きく発展させた。
かなりの金持ちらしく、町の整備なんかも自分で執り行ったらしい。
住民も最初のうちは、古き良き町並みが台無しになるだとか、前領主様に申し訳が立たないとかで反対していたのだが、それを懐柔。
最終的には一致団結して、開発事業を行い、町の商いを活性化。
一大流通拠点として確立させたらしい。
とのことだった。
つか話が長い!
こんな数行で纏められる文章に、いったいどれだけの時間使ってんだ。
俺はいつ換金所とやらに着くのさ。
「それでな、領主様が」
「あ、あの」
思い切って話を止めてみた。
そうわかりやすく不機嫌そうな顔すんなよ。
「なに?」
圧がすごい。
「あ、あの、換金所って、ど、どこにあるんですか?
か、かれこれもう、数時間は、歩いてると思うんですけど……」
「もう通り過ぎたよ」
馬鹿じゃなかろうか。
目的忘れて、領主自慢とか。
いや、心酔してるとか、傾倒してるとか、そういうのが悪いわけじゃないんだよ?
話が止まらないのもわかる。
でもそれって、主な目的じゃないよね?
あんたって俺のお目付役でしょ?
何してんのさ。
「ああ、はいはい、わかりました。
換金所に行けばいいんでしょ、行けば。
案内するからついて来な」
何で俺が悪者みたいなのさ。
俺、普通のこと言っただけだからね?
「こっち」
先程まで近くを歩いていた女剣士は、いつの間にか俺を離れ、人混みを避けた路地裏を指差していた。
不貞腐れんなし。
「こっち」
右に入り、
「こっち」
左に入り、
「こっち」
左を突き進み、
「そっち」
「あっち」
「こっち」
「で、ここ」
え?
「ほ、本当にここですか?」
そう聞き返した途端、女剣士の顔がまた自慢げなものになった。
なんでじゃ。
「そう、本当にここさ」
堂々と答え、立派なアーチを潜り中へと入って行く。
それに俺は、ただついて行くと言う形を取らざるを得なかった。
違和感。
ただただ違和感だ。
俺が紹介された換金所は、想像していたそれとは違う。
周囲の家々よりもずっと背が高く、横に広い。
材質が遠目で見ても、他とは違うことがわかる。
豪奢な装飾品に、広大な庭園。
噴水まであるし。
敷地はぐるりと鉄柵で囲われ、跳び上がっても届きそうもない。
控えめに言って豪邸だ。
換金所ってそんなに儲かるのか?
まぁ、元手が無ければ始められないとは思うけど。
それにしても、なぁ。
そして館へ辿り着く。
前方には巨大な扉。
レリーフって言うんだっけか?
そう言うものがいくつも彫り込まれている。
よくわからないが、こちらの世界のモンスターなのだろう。
角の生えたライオンみたいなのとか、頭の二つある犬みたいなのとか、大蛇っぽいものまで、扉には形どられている。
圧倒的な美術品感。
こんなのファンタジー映画でしか見たことないわ。
「今呼び出すから、ちょっと待ってな」
そう言って女剣士は右手の平を、扉に軽く触れさせた。
何やってんだ? これ?
それ以上の動きはないし、声を出す素振りもない。
ただ扉を見つめ、手を離さない状態が続いている。
……いや、もしかするとこれ、相手を呼び出してるのかも。
見たところ呼び鈴のようなものは見当たらないし、海外ドラマで見るような、扉をガンガン叩くようなライオンの頭部もついてない。
恐らく扉の方か、もしくは手の方に仕掛けがあるのだろう。
それがこの世界、独特の文化と言ったところか。
だとすれば、便利、なのか?
普通に声かけちゃったほうが早いような気がしないでもない。
「さて」
手を離し、後方にいるこちらに顔を向けた。
「入るとしよう」
そう言い、今度は両手を扉に触れさせる。
すると、重厚感のありそうな扉は、その見た目とは裏腹に軽く開いた。
いや、全然誇張はしてないからね。
ほんと、ふわっと開いたのよ。
それこそ、紙かなんかでできてるんじゃないかなって、一瞬考えちゃったくらいに。
「入りなよ」
そう言う女剣士は、もう既に屋敷の中へと入っていた。
だから、俺のお目付け役なんだろ?
勝手に動いてんじゃねぇよ。
もっとこっちを見て、合わせろよ。
なんて言えるわけない。
精々、
「は、早いですね。
い、今行きますので、少し、ま、待ってください」
くらいなもんだ、うん。
それにしても何だろう。
屋内に入ったのはいいが、何というか味気ない。
否、殺風景だ。
外装を見る限りでは、相当な金持ちが造らせた別荘の様なイメージでいたのだが、中に入るとしかしそんなことはなかった。
広さは外観からのイメージ通りで申し分ないのだが、それだけだ。
調度品も装飾品もないし、その上明かりすら灯っていない。
かろうじて外の日の光が強いからいいものを、夜になったら真っ暗じゃないか? これ?
そして妙に埃っぽい。
本当にここに人がいるのか?
「おやおや、だれかと思えばコーラル、君か」
前言撤回、余裕でいた。
暗がりの向こう側に誰かいる。
声からして若い男の様だ。
…………ヒロインじゃないのか。
「どうも、ぱ、ヴィオさん」
ぱ?
とうとうおかしくなったのか?
「今日はどうしたんだい?」
声の主はゆっくりとこちらへ近づき、そしてわずかに日の当たる正面に現れた。
白衣に短めの金髪、身長は俺より低めか?
若く見えるが、それが本当に若いためなのか、ただ単純に童顔なだけなのかはよくわからない。
小さめの眼鏡をかけ、手には魔術師が使うようなぶっとい杖を携えている。
顔は笑ってはいる、ように見える。
のだがどうにも不気味だ。
貼り付けたような不自然さ。
異世界で苦手な奴、三人目かもしれない。
……人間の友達がほしい。
すぐさまここから出たくなっちゃったんだけど、
「少年くん、紹介するよ。
こちらがこの換金所の主人、ヴィオ・カーバッジさんだ」
「よろしく」
とは行かないよね。
行かせてもらえないよね。
帰りたいって言っても無駄だろうしね。
「よ、よろしくお願いします」
こう答えるしかないよね。
……換金しなくてもいい、わけないよね。