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俺と女剣士

「名前は?」


 ロクロウ・サクラガワ


「ふ~ん。歳は?」


 十七。


「ふ~ん。出身は?」


 東の外れの島国。


「ふ~ん。一人?」


 はい。


「ふ~ん。何しに来た?」


 換金しに来た。


「ふ~ん。家族は?」


 途中ではぐれた。


「ふ~ん。旅?」


 家族で行商をしています。


「ふ~ん。通行手形は?」


 家族が使っているところを見たことがなかったので、無くても通れると思った。


「ふ~ん。なんではぐれた?」


 山賊に襲われて。


「ふ~ん。何人家族? 家族構成は?」


 五人。父、母、叔父、妹。


「ふ~ん」


 半開きの目をこちらに向け、胡座(あぐら)に頬杖をつきながら、抑揚のない口調で言葉を発する。

 俺の話を聞く、剣士らしき風貌の女性の態度は、終始こんな感じで徹底されていた。


 別に話に興味がないわけではないらしい。


 なんでも、


「真剣に話を聞いちゃうと、感情移入しちゃうでしょ?

 だから、なるべく客観的に話を捉えられるように、返事は一貫させてるの」


 とのことだった。


 まぁ、はっきり言って理解できない。

 と言うか、よくわからない。


 確かに本人は客観的に聞くことで、忌憚のない意見を持つことができるだろう。

 ただ話しているこっちの身としては、ぶっちゃけ話す気が失せる。


 聞かれる態度次第でこうも違うとは、想像もしていなかった。

 もう話すのが苦痛だ。

 苦痛でしょうがない。

 苦痛でしょうがなくなるような事情聴取を、したがる意味が分からない。


 あ、違うか。

 これは尋問か。

 なら苦痛でもしょうがないのか


 いや、どちらでもいいそんなこと。

 なんでもいいから、早くここから出して欲しい。


 ちなみに、ここまでの会話の内容だが、多少省略してはいる。

 ここまでスラスラと嘘を並べられるほどの、図太い精神はあいにく持ち合わせていない。


 たどたどしく、途中でつっかえつっかえになりつつも、単語を、文書を捻り出していった結果だ。


 まず自分には制約があることを忘れてはいけない。


 とりあえず、「異世界」という単語は出さない方が吉だ。


 あのドラゴン、レッドは言っていた。

 異世界からの来訪者は珍しくはない、と。

 その一方で、こうも言っていた。


 認知しているのはごく少数だ、と。


 竜種にとっては珍しくないと言っていたことと合わせて鑑みても、その少数とは恐らく竜種、すなわちドラゴンであると考えてしまっても問題ないはずだ。


 加えて竜と人の関係は悪い。


 互いに憎み合っているのだから。


 だとしたら、ドラゴンが持っている情報を人間たちは、知らない可能性は大いにあり得る。

 つまり、異世界と言うものを知らない可能性だ。


 だとしたら、ここで異世界の話を出すことは得策とは言えない。


 レッドみたいに「嘘を見抜く」なんて言う、チート級の術技を全員が全員持ってるとも思えないし。

 つか、そんなの俺以外が全員持ってる世界なんて居たくねえ。

 なんだよ、その俺だけ手札晒してるポーカー。

 絶対勝てないじゃん。


 とにかくだ。

 嘘を見抜かれないのなら、自然な嘘をついてしまえばいい。

 名前、年齢はそのまま。

 出身は日本なのだから、なんも間違えていない。


 問題はそのあとだ。

 家族構成は父、母は合ってるが、妹なんていない。

 叔父はいるのかもしれないが、記憶にない程だ。

 それ以降は嘘をつき続けた。


 だが、出鱈目と言うほどの嘘ではない。

 自身にとって最適だと考えられる嘘だ。


 家族の職業は行商と言うことにした。

 筋書きとしてはこうだ。


 家族で行商を営む俺ことロクロウ・サクラガワは、この町に来る途中に山賊に襲われ、家族と生き別れてしまう。

 当てもなく放浪し、やっとたどり着いたこの町で、ロクロウは決意する。

 そうだ、家族を探そう。


 こんな思いついたかのように、八つ橋買いに来たかのような言い方になってしまってはいるが、一番筋は通っている気がする。

 そして考え付いた。

 登場人物が足りないのではないだろうか、と。


 父、母だけでも問題はないのだが、それだと悲劇さが足りない。

 それに三人家族で行商なんてできるのだろうかいやできないたぶん。

 

 そこで叔父と妹だ。

 叔父が両親のフォローをすれば、商人として家族で転々としていてもおかしくはない。

 妹と生き別れれば悲劇さが増し、同情を誘うことができるだろう。


 我ながらなんていう作戦。

 なんていう卑劣さだ。

 

 そしてその人物像をどうするか。

 いないことは確かだが、それに近しい人物が今の自分には思いつく。

 レッドを叔父として、その妹「スイ」を自分の妹として扱うことにしたのだ。

 想定外の質問が出たら、彼らを引き合いに出せばいい。


 例えば、


「家族全員の名前を言ってみて」


 こんな質問されるなんて思ってなかった。

 身元確認なのだろうか?

 だとしたらどん詰まりなわけなのだが。


「ただのあたしの興味さ、意味なんてない」


 あっははと笑って言う。


 嘘つけ。

 とは思いつつ言うしかない。

 ここで黙っている方が、余計に怪しい。


 父、母は本当の名前を、叔父はレッド、妹はスイ、と。


「ふ~ん」


 結局それか。


 もう本当に帰してくれよ。


 話の聞き方もそうなのだが、なにより、なんていうか、その、この人物となるべく長時間関わっていたくないのが、正直な感想だ。


 こういうピンチに現れる女性キャラっていうのは、ラノベにおいてヒロインであることが多い。

 ピンチを救ってくれた少女を、今度は自分が救い返す的な。

 ヒロイックなストーリーとしては王道中の王道だ。


 俺も異世界転移しているのだから、そういう主人公系の一人と換算してしまっても、何ら問題はないはずだ。

 だからこそ、自身もそういう道に進む可能性があるにはある。


 だけどなぁ、


 なんて言うかその、


 全然タイプじゃない。


 失礼極まりない発言であることは、重々承知しているのだが、これだけは声を大にして、はっきりと伝えておきたい。


 全然タイプじゃない。


 何でラノベの主人公ってこういうとき、必ずと言っていいほど、本人の好みの女の子と出会うんだろうか。


 理由は単純明快、ラノベだから。

 そりゃそうか、ラノベだもんな。

 創作物ならあり得るわ。


 でも、現実そんな単純じゃない。

 否、単純であってほしかった。


 先ほど熱湯をかけられ、半ば強制的に意識を引き戻された時には、意識が朦朧としていたこともあり、この女性の容姿をはっきりと見て取ることはできなかった。

 しかし、今こうして顔を突き合わせて見てみると、はっきりわかる。


 全然タイプじゃない。


 別に、見た目が醜悪と言うわけではない。

 むしろ、一般的に言って美人の部類に入る顔立ちだろう。

 肉体的にも引き締まっているし、肌の浅黒さもそれを助長させている様にも思われる。


 加えて、元の世界では珍しい赤い髪の毛。

 染めれば日本人でも可能な色だが、そんな人工的なものじゃないのは一目でわかる。


 言葉遣いから察するに、性格は恐らく姉御系。

 上司にしたい女キャラクターランキング、みたいのがあれば、トップに食い込んでいてもおかしくはないだろう。


 鎧も新品さながらの光沢を放ち、肌には傷痕一つ見つけられない。


 断言する。

 道端ですれ違えば、十人中九人は振り返るほどの、美しさを兼ね備えた女性であることには違いない。


 そして、重ねて断言する。

 そこに俺は含まれない。

 十人中一人振り返らない奴、それはきっと俺だ。


 何が気に入らないのかと問われても、明確な答えはきっと返せない。


 なんとなく。


 そう、なんとなくこの人をヒロインにしたくはない。


 こちらの世界へ移動してきた俺を主人公とするのなら、この人をヒロインには据え置きたくない。


 なんとなく、だ。


 それでも、そんなことを表情に出すようなへまはしない。

 また難癖付けられて、質問が長引くのはごめんだ。


 だからここでは笑顔、


「ねぇ、何をそんなに笑っているの?

 何か楽しいことでもあった?」


 で行こうと思ったんだが、だめか。

 そんなにぎこちなくしたつもりはないんだけどな。


「い、いえ、特には……」

「ふ~ん」


 また半開き。

 終いには欠伸をし出すし……。


 ええいままよ!

 ここは一か八か、


「あ、あの」


 こちら側から誘導する他ないだろう。


「ん?」

「えと、ぼ、僕はいつ、ここから出してもらえるんでしょうか?」

「もういいよ、出ちゃっても」


 ですよねー、そう簡単には行きませんよねー。


 ……は?

 出ていいの?

 じゃあ何か? さっきの欠伸とか、つまらそうな態度とかって、演技でも何でもないの?

 だったら、こんな尋問さっさと終わりにして、


「でも、これは返せないわ」


 ほしい、と思うところで、意識を引き戻された。

 さっきまでの退屈そうな表情はどこ吹く風か、目の前の女剣士の面持ちは真剣なものへと変化していた。


 つか、最初からそれでいろよ。

 真剣になるタイミング遅過ぎだろ。


 女剣士はこちらに没収品を見せて来た。

 スマホや自宅の鍵、財布等の中にアレ(・・)も紛れている。


 つい二、三時間程前にレッドから受け取ったアレ。


 竜の鱗が。


「この妙な板や()の入った袋は問題ない。

 少年くん、君の故郷の物でしょう?

 大事にした方がいいよ」


 そう言って鱗を残して、その他の所持品はこちらに投げられた。

 大事にした方がいいとか言いながら、投げ渡すのってどうなのさ。

 手枷があるから上手く受け取れないし。


「だけど」


 そう言って見せつける。

 慎重な手つきであの鱗を。

 あの妙にリアルな音で、自身から剥ぎ取って渡してくれたあの鱗を。


「これは渡すことはできないかな。

 あたしみたいな素人が見ても、一級品だってすぐわかる。

 さっき言っていたことに間違いがないんだったら、君はこれを換金する為に町に這入ろうと言うんでしょう?」


 一級品、そう言われることに違和感はない。


 つか、当然じゃね?

 剥ぎ取って奪ったわけじゃなく、剥ぎ取って頂いてきたものなんだから。

 そりゃ鮮度はいいでしょうよ。


「は、はい、そのつもりなんですけど……」

「あとこれ」


 鱗を慎重に手元に置き、彼女は別のものを取り出す。

 そう言えばそれも貰ってたな。

 すっかり存在を忘れてた。


 リアルな音で剥ぎ取られた素材、パート2。


 竜の牙。


「こっちも換金するの?」

「あ、えと、そっちは、加工してもらおうと……」

「へえ」


 あれ? いつもの「ふ〜ん」じゃない。

 どう言う違いなんだ?


 興味の有無?

 でもそうしたら、この話には興味を持っているって解釈できるけど……

 とてもそんな風には見えない。

 わけわからん。


「まぁ、こっちはそれが正解かな。

 上質だけど、装飾品には向かないからね。

 竜の短剣か竜笛って言ったところか……」


 的確に当てている。

 え、何? 怖い。

 なんて言うか、考えを先読みされているような。

 いや、考え過ぎか。


「どうしても換金しないとダメ?」


 それは、ダメだろう。

 こちらの世界における金銭価値が、どれほどのものかまだわかっていないし、そもそも文無しの身の上だ。

 換金して価値が出るものなら、換金しない手はない。


 ただ、それをそのまま話してしまうと、流石に怪しまれるだろうから……


「ぼ、僕は、その、か、家族を、探さないといけなくて、その、お金を、全然持ってなくて、だから、叔父から受け取ったそれを使って」


 たどたどしいのはご愛嬌。

 自分の中ではスラスラ言えてる方だから、これでも。


「お、叔父から、それさえあれば、この辺りなら、どうにかなるとも、い、言われましたし……」

「確かに。

 それがあるとどうにかなるね」


 珍しく同意の反応!

 これはこのまま話を進めてもいいんじ


「この辺りの人間だったら、狂った様にそれを求めると思うよ。

 それこそ、どうにかなっちまったみたいにね」


 そっちか!

 「どうにかなる」ってそっちの意味だったか!


 考えてみれば、それもそうかと言う気がしてくる。

 「真紅竜」なんて言う、大層な通り名がついたドラゴンの鱗なのだ。

 希少価値がないわけがない。

 そしてそれを欲する人間が少ないわけがないのだ。


 つまり「どうにかなる」。


 う〜む。

 レッドの言葉に、嘘があったっていうわけじゃないんだけど……

 なんか釈然としない。


「まぁ、でも、うん、しょうがないか」


 そう言って、にんまりとした笑顔を浮かべる女剣士。

 何でしょうか?


「少年くん、君の通行を許可しよう」


 え!?

 まじで?

 こんだけ長引いた尋問から解放してくれるの!?

 やった!


「ただし、あたしの同伴だがね」


 別にそんなことは気にしない!

 すぐにでも換金して、この町から出てしまえば、この人と関わらなくて済むはず!

 これで、次のヒロイン候補に会え



「あと、換金した金の一部で、あたしに何か奢ってくれ」



 流石に言葉ぶった切って話すの、もうやめない?

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