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俺とそうして③

『それでこの状況、というわけか』


 夕陽は既に地平の彼方、遠くに見える山間部の麓へと潜り込み、辺りは夜闇の静寂さと、その時刻に合わせて騒がしくなる、冒険者やら役人やら商人やらが、酒場街でのどんちゃん騒ぎをおっぱじめて、文字通りのカオスへと町を侵食していた。

 そんな中でも、この部屋はずいぶん明るいし静かだ。


 こちらの世界がただの中世的な世界観の異世界であるなら、ランプや燭台に明かりが灯されるのみで、明るいとは言っても、昼間ほどではないはずである。


 しかし、この異世界の世界観は言うなれば、青い狸型ロボットの作り出してくれた、「科学技術の代わりに魔法が発達した社会」としてしまえるだろう。


 夜であっても照明として利用可能な魔具さえあれば、現実世界とは何ら変わらない、昼間のような明るさを享受できるのだ。


 だから、この世界の外観上は確かに異世界ではあるのだが、居住に関しては慣れるまでにそう時間はかからなかった。

 もちろん、衣食住の全てが元の通りかと問われれば、そうではないこともある。


 お湯を注いで数分待てば食べられるインスタント食品は存在しないし、二十四時間年中無休でやっているような店もないし、RPGの世界でしか見ないような独特の民族衣裳のような服装を薦められるし(もちろん断わった)、全てに満足出来ているわけではない。


 それでも、だ。

 それでも、それなりになんとかはしてきたし、なんとかなるように周りの人間が助けてもくれた。

 そこには感謝しかない。


 だが、現状にはどうしても抵抗感がある。

 つまり目の前で拘束されているドラゴン一体と、三角座りで部屋の暗がりに蹲っている銀髪の少女一人の、()()()()()()を有してしまっていることに関しては、どう考えても慣れる気はしない。


『要するに、お前の忠誠心と引き換えに、オレとあいつの命を保障したと。つまりは体のいい人質というわけだ』


 目の前のドラゴンはそう言いながら、自身の四肢を拘束している鎖をジャラジャラと鳴らす。


「え、えと、その、も、申し訳ない……」

『何故謝る?

 お前がオレの命を救い、妹と引き合わせ、竜伐隊の連中から身を呈して庇い、更には我らの保護すらも願い出ているのだぞ?

 オレがお前に謝辞を述べることがあっても、その逆は有り得ん。

 あまりにも話が回りくどかったことに関しては少し苛立ちも感じてはいたが、それはそれだ。

 頭をあげろ、ロー』


 いや、まぁ、確かにその通りではあるんだけれど。

 でも、俺が二人を助けたのは慈悲深いからとか、あの領主に屈服してしまったからとか、そんな理由じゃない。


 ただただ怖かった。


 見捨てたときが怖かった。


 それだけなのだ。


 このドラゴンからの報復を恐れた。

 偽善的な行動から助けに応じた、それだけのことなのだ。

 そんなことを気にも止めず、「来るなら来い! ドラゴン野郎!」みたいな感じで、我が道を征き、自分のなりたいようになれるのが特別な人間だ。


 だけども、俺はそうじゃない。

 ただ成り行きに身を任せ、なるようにしかならないような生き方をする普通の人間だ。


 だからこそ俺は、


『扱い的にはあの金髪の奴隷なのか?』


 唐突な一言で現実に引き戻される。

 誰が? 何の?


『お前が、金髪人間の、だ』


 いや。


 それに関しては少し語弊がある。

 まあ、俺が語った内容だけではそう誤解してしまっても、仕方はないことではある。


 御領主様への全面的な忠誠、それはやもすると自身の奴隷化と同一、ということと受け取られてしまってもしょうがないことなのかもしれない。

 プラス、俺自身もそう思ってた。

 奴隷として身も心も捧げあくせく働けよ、と。


 はいそこー、腐ってるとか言わない。

 薄い本要素なんてどこにもないからー。

 ただ単純な労働力なだけだからー。


 こほん。


 で、そう想定していた俺に対して、彼が言い放ったのは、



「奴隷とかじゃないから。

 そういう気持ちの悪い考えはやめて。

 そうじゃあなくて使える部下として、私の下について欲しいのだよ」


 とのことだった。


 そのあとはもうダラダラと、それこそ御領主様のことを語るコーラルさんが如く、延々と話が続いた。

 この国の成り立ちだとか、王政についてだとか、あわよくば自分が王となって反逆を企てようとしているだとか、訊いてもいないことを長々と語り出したのだった。

 この上司にしてあの部下ありということなのだろう。


 そして満足したのか、こう言ったのだった。


「要するに信用できる部下は一人でも多い方がいい。

 君はまだそこまでに至ってはいないが、できればコーラル、ヒワに次ぐ、第三の人物として私を支えて貰いたい」


 とのこと。


 しかしそれにあたって、俺にはあまり多くのことは求めていないそうだ。


「だってロクルくんはさぁ、異世界では戦士だったわけでもないだろう?

 魔法の才能もコーラルから聞いたが、凡人以下だそうじゃないか。

 つまり戦闘面においては期待できないわけだろう?」


 なんかめっちゃ煽られる。

 いや、間違ってはいないんだけどね。

 学生の本分は勉強な訳だし。


 戦闘行為ができるわけがない。

 死にかけたし。


「かと言って特別頭が冴えるというわけでもないだろう?

 突然の襲撃も予期していたわけでもないし」


 貶されている、わけじゃないことはわかってる。

 わかってはいるのだが、どうにもこうにも一発殴っておきたい気持ちにはなった。


 いい意味で、あくまでいい意味で。


 いい意味で殴っておきたい。


「だから君には外での調査を任せたいのだよ」


「言うなれば、『密偵』と言ったところかな」


「私はこういう身分だからね、特に他人から命を狙われやすくもある」


「直接的な護衛という面では、コーラルとヒワ、この二人がいればことは済む……が、実力行使というのは最終手段にしたいと常々思ってきたのだ」


「だからこそロクルくんには、外での調査に赴いてもらいたい」


「主に敵性勢力への潜入、情報収集、自陣への帰還が目的かな」


「無論、君には奴隷のように呪印や首輪をつけることない。

 ()()()()()()()()()


「私からの指示があるまで、君はこの町で待機となるわけだ」


「ただそれでは、君もこの町に居辛いだろう。

 仕事が出来るまで待つのでは、根無し草の一文無しになってしまう可能性だって、この町の人間の反感を買って嬲られてしまう可能性だってある。

 だから君には表の顔としての役割を与えることにした」


「『探偵』だ」



『探偵?』

「そ、そう、探偵」


 そこまで突飛な話ではない、と思う。

 そうでなくとも、与えられた役割が『密偵』というのは、「戦士として戦え」と命じられるよりかよっぽどマシではあっても、しかして、俺にその技能があるわけではない。


 ただの学生に本格的なスパイ行為をいきなり求められても困るというものだ。


 それ故の『探偵』、だそうだ。


 主な活動は調査活動が主となるらしい。


「君の元の世界における探偵が、どういう役割かは知らぬが、こちらでは個人で仕事を請け負う冒険者のことを指す」


「ギルドという組織は仕事の斡旋、失敗時の保険、宿泊施設の紹介、武具屋の手配など、冒険者にとってはあらゆる面で補助を行う組織ではあるが、依頼主に関してはそれに限らない」


「というのも、当然、ギルドへの依頼はカネがかかる」


「成功報酬のほかに、ギルドへの仲介料、あとは諸々の税金とかだな」


「これらを一般市民が支払うというのはなかなかに難しいものであるし、雑多な依頼ほど成功報酬は微々たるものだ。

 にも関わらず、ギルドへの諸費用は高額なのだよ」


「それ故に『探偵』というものは求められる。」


 つまり、『探偵』という名の、要は『何でも仕事を請け負う屋』的なものが必要不可欠なんだそうだ。


「だからといって儲かるわけではない」


「余り物も余り物、小遣い稼ぎぐらいなものだ」


「まぁ、この町の人民からの支持は、少なからず得られるとは思うけどね」


 だからこそ危険性は少なく、なおかつ、密偵としてのスキルも獲得することができる……かもしれない、らしい。


『それでここを拠点にしろと?

 店の主はそれを了解しているのか?』


 俺の心配をしろよ。

 ずぶの素人である俺のこの身の心配をしてくれよ。


「そ、それに関しては全く問題ないみたい……」


 そう、本当に問題ないそうだ。

 ライトラスさんには事前に話は通してあるらしく、曰く、「好きに使ってくれ」とのこと。


 姉御!


 って感じでついて行きたくもなる……んだけれども。

 ここを拠点として使うこと以上に、ドラゴンを匿っていることだとか、それをこの部屋で鎖に繋いでいるだとか、俺が裏切り次第殺処分されることだとか、諸々ヤベェ要素満載の事情も込みでそのことを言っているのだろうか?


 そうなると、ついて行きたい以上に、器のデカさに関して逆に恐怖を感じるほどなのだが……


 なんにせよ、だ。

 俺の安全な居住は確保されたのだ。

 そのことは安心できる。


『まぁ、お前がそう言うのであればそうなのだろう』


 やめて! 俺に対して過度の信頼をしないで!

 俺はそんな大それた人間じゃないから!


『それはそれとして、だ』


 話に一旦の区切りをつけ、目の前のドラゴンは訝しむように目を細め、部屋の隅に目をやった。


『あいつは何故あそこであんな風に蹲って動かないんだ?』


 部屋の隅、横並びで二つのベッドが並ぶ奥。

 壁と寝具との間に、レッドの言うあいつがいた。


 あいつ、それはこの部屋にいる第三の人物。

 俺でもなく、レッド・ドラゴルーツでもない少女。

 先日まで俺が勝手に『ギン』と呼んでいた、銀髪のショートカットがトレードマークの女の子。


 スイ・ドラゴルーツ、その人である。


 レッド・ドラゴルーツはと言うと部屋の端に、それこそ外部との接触を極力取らせないように、鎖で繋がれている。

 それはあくまで本人の意思ではない。

 パプル様曰く、危険性が否定できない相手に対する当然の処置なのだそうだ。


 しかし、スイ・ドラゴルーツというと、レッド・ドラゴルーツとは違い、鎖で繋がれていない。

 その代わりに、彼女の首下には小さな魔法陣が描かれている。


 パプル様が言うに、『呪印』だそう。

 その効果はと言うと、『行動制限の呪い』とのこと。

 なんでも、主人の付近、五メートル以内でしか行動ができない呪いなんだとか。

 それを外れてしまうと、強制的に首元が締め付けられ、呼吸が困難になる。


 彼女の主人は俺という扱いなので、要は俺のそばを離れると彼女は死ぬのだ。


 これには俺が彼女と過ごした数日間という実績がありつつも、竜伐隊という対竜種のスペシャリスト達をただ一人で一掃した経緯があるためということなのだが、しかし元鞘という以上に、より酷な状態であるには違いない。


 だが彼女はそのことに関して、不満そうな表情は出さなかった。


 その代わり、といってはあれかもしれないが、自ら部屋の隅に蹲り、微動だにしていない。


 レッド・ドラゴルーツとは対角線上に位置どっている彼女は、時折顔を上げることはあれど、兄であるはずのレッド・ドラゴルーツに視線を向けることはない。


 まあ、俺には何というか、よく分からない顔を向けてくれているあたり、状態に対する不満というよりは、人間関係(ドラゴン関係?)的な不満なのだろう。


 それを兄であるこの目の前のドラゴンは気づいていない。


 自身に対して何かしらの不満があるとは一切思っていない。


 挙句の果てに、


『恐らく腹が減っているのだろう。

 オレも腹が減った。

 ローよ、何か美味いものでも持ってきてくれ』


 なんてことを言い出した。


 何でこういうときにだけ察しが悪いんだよ。



 ギャルゲーの主人公かお前は。

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